呪われた先生の話
整然と並べられた書類の上には埃が積もり、蛍光灯が点滅している。ゆったりしたスペースがありながらも、それ故に寒々しい部屋の片隅から四人の声が飛び出していく。机に向かう太郎が最終確認をすれば右隣の篤から否定し、それを聞いた左隣の茂が議論を始める。幾度となく繰り返されたやり取りだ。これまでと異なる点と言えば太郎が怒りで腰を浮かせたことだ。しかし、それを真後で黙っていた康平が制す。
「ええい、静かにしないか。口の前に頭を動かしたらどうだ」
真っ当な意見であろう。議論は止まった。
しかし、三人の口は止まらない。「お前は何か意見をだせ」と言い返されてしまった。口も動かさなければ頭も動かしていないのだから当然だ。彼が動かしているのは人である。
「四人とも遊ばないでよ」机に置かれた古びた日本人形から声が発せられる。
「他人事だからと手を抜くなんて最低ね」
「手を抜いてるわけないじゃないんだ。しかしだね、非現実的なことが目の前で起こると慎重にならざるをえないんだよ」
篤が日本人形に弁明を始めた。そうすると、慎重すぎると茂から非難が降りかかる。こうして議論が始まってしまうのだ。太郎は項垂れた。待たされるのには飽きてきたのである。そうこうしてると康平が進言した。
「俺はこうして人を集めたわけだが、現状を把握できていない。一介の学校ごときに隠し部屋があることは不思議だ。しかし、その他に不思議なことがあろうか?」
「その部屋で中野さんが意識をゲーム内に閉じ込められたから困ってるんだよ!」
頭の螺子を何本か落としてしまった康平の発言に、篤も声を荒げてしまう。机に置かれていた説明不足の薄い冊子に怒りを覚えていたところに、自分を呼んだ人物が自体の深刻さを理解していない現実が重くのしかかってくる。殺意が行動に移っても許される状況であろう。他の二人も同意しているのだから。
「なるほどな。して、解決方法は分かってるのか?」三人が諦めた瞬間だ。
「結局ゲームクリアするしかないんでしょ? 篤君と茂君は私との会話をどうにかしたんだから、クリア方法ぐらいあんたが考えなさい」
然りと首肯で答えた。
「クリアすればいいのだろう? ならば問題ない。太郎は一部で有名なゲーマーだからな、彼が居れば自作ゲームなんて余裕でクリアできるさ」中野からは変な友人が多いのねと哀愁よりは嘲笑を含んだ言葉が返された。
「だけどよ、人をゲームに閉じ込める奴がクリアするだけで現実に戻してくれるとかさ、考えに難いんだけどよ」茂が口を挟む「ならよ、接続を断った方が安全じゃね?」
阿呆みたいな口調からは考えられぬが、彼にも考えがあるらしい。しかし、それは逆にも言える事であるために、篤と議論をしていたのだ。
「ゲームを進めよう」康平が言った。「接続を切るのはクリアした後でもできるだろうし、少しでも間違えば脳を損傷させてしまうかもしれない」
一言で皆の方向性が決まった。そう決まると太郎は机に向き直った。前の画面にはキャラクターが二人居る。そのうちの一人が中野であり、もう一人はプレイヤーキャラクターである。中野のステータスを見ると剣士であった。資料には『男女を判断し、職業を決めます』と書かれているのだが、機械の調子が悪かったのだろう。康平はそれに対し言及しーおもしろがってだー中野、もとい日本人形の怨念で呪い殺されかけている。もっとも、その時は人形遣いの茂が止めてくれて、ちょっとした骨折で済んだ。だが、次は無いだろう。
「さてと、さっさと魔王倒して捕らわれの姫を助けるですよ」太郎の声は頼もしい。
スタート地点は王宮、姫がさらわれるところから始まった。中野曰く、美人な姫であるそうだ。ゲーム外の人間からはドット絵にしか見えまい。魔王の姿も然りだ。
太郎はキャラクターのレベル上げから始めた。町外れの草原ステージで何体もモンスターを狩っていくのだが、中野が下手で下手でしかたなかった。何度も死にかけ、回復薬を使い果たし、なおも死にかけるので町の宿に戻る羽目になった。お風呂というサービスシーンもあり、男達は歓喜に震えた。同級生の裸なんて、そうそう拝めるものでは無いからだ。ちなみに、ドット絵である。呪い殺されるのを篤が思念の流れをカットして止めた。
一時間をレベル上げに費やし、ようやく進み始めた。当然ではあるが、難なく進んでいった。剣士が死にかけ、魔法使いが敵を倒す。回復ポーションの使用までが一連の動きだ。ゲームバランスの良さから勘違いされそうだが、これは一人のクリエイターが作ったゲームだ。複数人で作っていれば超大作になっていたかもしれないが、展開があまりにもはやい。一時間でレベル上げをしたと思えば半時間で中ボスまでたどり着いた。あっけないものだ。
しかし、中ボスとあたった時に勢いが止まった。剣士は勿論、魔法使いの体力は残りわずか。太郎もお年頃であるから、闇属性の魔法ばかり覚えていたのです。相性最悪の中ボスと対峙したものだから負けかけている。
「中野、とにかく剣を振るうのがよろしい」
戸惑いながらも中野は中ボスに切りつけてみた。ヒットポイントに九九九九と表示された。カンストである。驚きのあまり太郎は目が飛び出し、篤は眼鏡を落とし、茂は筋肉でカッターシャツさえも破いた。康平ですら書類を手から落とし、日本人形は口をあけて驚いた。
残りのステージは二〇分で終わった。康平は剣士の特徴が書かれた説明書を運よく発見できたようで、皆にも伝えた。剣士は防御力が低く攻撃に特化したタイプで、敵の注意を引くようなバランスの取り方をされてると言っていた。
やはり、書類は隠しておくべきだったか。今回の悔やまれる点だ。しかし、なかなか面白い見世物であったからまた何かしようと、次は何をしようと考えるのであった。中野君も無事だったし、流行のVRゲームは作って成功だったようだ。失敗してても教師が自分の生徒にちょっかいをかける背徳感を知ってしまった今では止める選択肢は無い。僕はディスプレイの電源を落とした。紙と鉛筆を引っ張り出して作戦を練ることにした僕に違和感が沸き起こってきた。見てみると肘に古びた日本人形が当たっていた。ディスプレイに夢中で気付かなかったようだ。よく見ると薄ら笑いを浮かべ、少しずつ髪が伸び、僕の喉に両手を伸ばしてるように見える。ディスプレイをみつめることで脳が疲れたのだろう。僕は寝ることにした。
izumiさん、eyeconさんと同じテーマで作品を書きました。
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