勇者の俺は異世界で女装少年に迫られています (転)
この第三話ではR15は保険タグではありません。
免疫力の無い方は回れ右。
俺はカインととんでもない約束をしてしまった後、昼食を食べると逃げるようにして騎士団の訓練場へと赴く。
そこで、騎士達相手に一心不乱に訓練した。
カインとの約束はグリモワル共和国にいっしょに行くという事だけだ。
そこで何をするかという約束までさせられたわけじゃない。
大丈夫。問題ない。俺はちゃんと魔王を討伐してみせる。勇者が奴隷一人に怯えるなどあって良いものか。
夕暮れになって帰ろうかという時、例のなんちゃって御目付役なイケメン騎士にカインの様子を尋ねられる。
カイン購入の理由を秘密の特訓用と説明してある為、進捗具合が気になるらしい。
と言っても、出鱈目の理由なので、進捗などありはしないのだが。
俺は適当に、まだまだ時間がかかる。研究が必要だと言って煙に巻く。
ついでに、これは特殊な特訓なので、安易にカインの真似はしないようにと厳命しておいた。
つい最近、カインが俺の家の中ではメイド服で女装していることを知り、騎士たちがメイド服を着込んで訓練場へと行進してきたとんでもない事件を考慮してのことである。カインのせいでメイド服が特訓に必要な必須アイテムだと誤認しているらしかった。
まあ、そう誤認してくれていなかったら、俺が少年奴隷にメイド服を着せて女装させて楽しむ変態だと思われていたことだろう。騎士たちの純朴さに感謝である。
イケメン騎士と別れて、家路につく。
俺は歩きながら、未だ明日の朝の対処法を考え付いていない事を思い出していた。
今朝のは不意打ちのようなものだった。
だから同じ手で来られても、跳ね除けることが可能だと思う。
勇者は二度も同じ手に引っかかりはしないのだ。
とは言え、カインのことである。
その程度は計算に入れてくるだろう。
その上で、俺が俺自身の理性を飛び越えてしまうような仕掛けを練ってくるはずだ。
うむむ、敗北を認めてしまう事になる気がして今までやらなかったが、ここは俺の寝室の扉を寝る前に釘で打ちつけておくしかないか。朝起きる度に、釘を引っこ抜かなければならないのは面倒くさいが。
因みに、鍵は毎晩かけている。カイン曰く、あの程度のちゃちな鍵なら針金一本でどうとでもなるそうだ。恐ろしい子である。
俺は帰り際に、閉店間際の金物屋に寄って釘と金槌を買って帰った。
家に辿り着くと、俺が何もしないうちに明かりがつく。
扉を開けて玄関に入ると、カインが三つ指ついてお帰りなさいと出迎えてくれた。台所からは美味しそうなスープの香りが漂ってくる。
全く、出来すぎた嫁である。
・・・これが、冗談だと笑ってられなくなるかも知れないのが、恐ろしい所だがな。
俺は自室に大工道具を置くと、飯を食ってから風呂に入る。
風呂はこの国では一家に一つあるというような一般的なものでは無い。
俺が、王国から持ち家を賜るという話になった時に、要望を尋ねられて風呂付きの家が欲しいと言うと文官たちが困ったような顔をしていた。風呂付きの家などというのは、高級貴族の持ち家くらいのもので、流石にそれを追い出して俺に提供するわけにもいかないという事だった。というわけで急遽突貫工事を行い、空き家になっていたそれなりに広い邸宅に風呂を備え付けてもらったのである。
なお、俺は古式ゆかしき檜風呂っぽいものを想像していたのだが、蓋を開けてみれば、ギリシャ風の大理石で出来た広い風呂だった。かなり金がかかっただろうに。俺の我が儘に付き合って貰って、ちょっと申し訳ない。
さて風呂である。
当然の如く、カイン様も付いていらっしゃる。
最初は勿論主人の威厳たっぷりに叱りつけて遠慮してもらったとも。
しかし、カインはご主人様のお背中を擦るのは奴隷の仕事ですと言って譲らない。
必要ないと言って力説しようとしたところ、カインに、ところで騎士様がおっしゃっていた秘密の特訓とは何ですか? ご主人様の名誉の為に話を上手く合わせておきましたが? と言われて以降、カイン様に背中を擦って頂いている。
ただ、幸いなことに、カインは一緒に風呂の中にまでは入ろうとはしない。
入ろうとすればメイド服を脱がねばならない。メイド服を脱げば女装の魔法が解けてしまう。12時を超えてしまったシンデレラだ。
俺はたちどころにカインを少年という枠組みで認識することだろう。
カインは未だ女装をしていない時に俺にアプローチを掛けた事はない。
おそらく、カインの中では、未だ俺を女装無しの男性性を持つ生身の自分の魅力だけで落とすのは無理と判断しているのだろう。
それは逆に言えば、取りも直さず、俺が未だ辛うじて健全な道に留まっている事の傍証でもある。
まあ、つまり、カインが男装姿で俺にアプローチを掛けてきたり、あるいは服を脱ぎ捨てて風呂の中に侵入したりし始めたら赤信号なのだ。と言うか、そうなった時には既に俺の性嗜好が手遅れになってしまっている可能性が高い。なぜなら、カインがそう判断していなければ、そういった行動に出ないだろうから。
俺は風呂から上がると寝室へ向かう。カインにはちょっと騒音がするだろうが気にするなと告げてある。
さあ、大工仕事の時間だ。
ドンドンと大きな音を響かせながら板を一枚張り付け、釘を打ち込んでいく。
近所迷惑になるといけないので、これでも出来るだけ小さな音で済むように小刻みに金槌を動かしているのだが。
おそらく、カインにはだいたい何をやっているかバレているだろう。
ま、分かったところでどうしようも出来ないはずだがな。
かくして、俺はその晩安心して眠りについたのである。
翌朝。俺は目が覚めたとき、目覚めは悪かった。日も高く昇り始めていた。
俺はほんの僅かに憂鬱な気分で以って、扉から釘を引き抜き、板を外す。やはり面倒くさい作業だ。
確認してみた所、鍵も閉まったままだった。カインは昨日の大工作業を知って鍵を開けようともしなかったという事なのだろうか。
俺が着替えて居間へと降りるとカインはいつものメイド服で出迎える。
俺と朝の挨拶を交わすと、朝食を温めてくると言って急いで台所へと行ってしまった。俺が起きるのが遅くて迷惑をかけてしまったようだ。
怒っているだろうか?
俺はそんな一抹の不安を抱いていたが、カインは特に変わった様子もない。
朝食後もいつも通りだった。時々セクハラすれすれの小さなアプローチを仕掛けてくるのも平常運転である。特にストレスが溜まっている様子も悲しんでいる様子も見受けられない。
あまりにも普通過ぎて、密かに恐れを抱いてしまったほどに。
二日目の朝。昨日と同じく、目覚めが悪い。
俺は昨日と同じ様に、僅かに憂鬱な気分で扉を丁寧に開放する。鍵はやっぱりかかったままだった。
カインも昨日と同じで全く変化がない。これでは、まるで俺が一人で踊っているように思えてくる。
いや、きっとそう思わせる作戦なのだ。
俺が、こんな事をするのは馬鹿馬鹿しいと思うようになって板を打ち付けるのを止めれば、即座に俺のベッドに潜り込んでくるに違いない。カインは優秀なハンターだからな。ライオンはシマウマが隙を見せるのを待っているのだ。
三日目の朝。目覚めの悪さは代償である。
俺はこの二日間と同じように、やや憂鬱な気分で扉に張り付く板を釘ごとひっぺがす。鍵は確認したが閉まっていた。
カインは当然のようにいつもと同じ振る舞いをする。
いや、ちょっと変化があった。俺がトイレへ立つと、必ず後をついてくるのだ。そして、俺がトイレに入ると扉の前で掃除を始める。一生懸命丹念にそれでいて恐ろしく静かに掃除を開始する。それは俺がトイレから出てくるまで確実に続いた。
他には、俺の部屋から洗濯物を回収する時に、俺の前で念入りに隅々まで匂いを嗅いでいたことだろうか。ちょっと変態チックだ。
四日目の朝。目覚めは相変わらず悪い。初日よりひどさが増した気がする。
俺はこの三日間と同じように、憂鬱な気分で扉に張り付く板を毟り取る。釘で打ち付けられている部分が残ってしまった。鍵はちゃんと閉まっていた。
カインの様子は3日目とほぼ同じだったが、少し変化があったのも又3日目と同様であった。夜、風呂に入るときに一緒に付いてくるのは例の如くなのだが、俺の背中を擦り洗い流し終わった後もじっと佇み続け、風呂でノンビリする俺を観察するような眼で見詰めていた。
他には、家中の紙や布といった類のものを数え上げていたぐらいか。
・・・因みに、この世界にはティッシュのような便利な物は無いという当たり前のことを付記しておこう。
五日目の朝。少々の不快感と共に目を覚ます。
俺は今まで通り、けっこう憂鬱な気分で板を殴って叩き割る。勇者の俺にはこれぐらいは造作も無い芸当である。一応確認してみるが、やはり鍵はかかっている。
不機嫌になっている俺を癒すためか、カインが新しく取り寄せた南国のお茶を入れてくれた。中々に美味だった。何杯も飲んだ後でどういうお茶なのか聞いたところ、ニンニクとイモリの黒焼きの成分がたくさん入っているお茶らしい。俺は一時的に高揚した気分になって、元気よく騎士団の訓練場へ向かったが、その日はあまり訓練に集中できなかった。
俺は訓練中、頻繁に休憩を取っては、訓練場の隅で膝を立てて抱える三角座りをした。その状態で羊が一匹羊が二匹と数える俺の体調を騎士たちが心配してくれた。ほんと良い連中である。カインと違ってな!
六日目の朝。不快感と少々の閉塞感を伴って起床する。
俺はいつも通り、かなり憂鬱な気分で扉の鍵を開けると、湧き上がってくる暴力的な衝動そのままに力づくで扉を押し開けた。ミシミシと板が悲鳴を上げながら弾け飛んでいく。俺の寝室の扉はここ最近の惨憺たる扱いのせいでひどい有様になっている。抜かずに突き刺さったままの釘やら、張り残っている板の破片やらで見苦しいことこの上ない。まあ、特に気にはならなかったが。
カインはいつも通りだ。この上なくいつも通りだ。なんだか腹立たしいほどに。
俺は相当にいら立っていたらしい。普段なら絶対に言わないような意地悪な事をカインに向かって言ってしまった。言ってしまった直後に俺は深く後悔した。冷水を頭から被ったかのような感覚に捕らわれながら、俺は恐る恐るカインの顔色を伺う。しかし、カインが俺に見せた表情は怒りでもなく、悲しみでもなく、失望でもなかった。どこか、悪辣な軍師の笑みに似た表情で、眼光を光らせていた。俺は恐ろしくなって、謝罪の言葉を残して、騎士団の訓練場へと逃亡したのだった。
七日目の朝。ひどい不快感と閉塞感の中で目覚める。
俺はいつも通り、酷く憂鬱な気分で扉に向かう。
が、そこで俺は気付いた。俺は昨日扉に板を釘で打ち付けるのを忘れていたのだ。
・・・忘れていたのだ。
・・・・・・本当に忘れてしまっていたのだ。決して、わざと忘れたわけじゃないぞ。本当だぞ。
鍵を確認すると閉まったままだった。
どうやら、カインは俺が昨日の夜に扉に板を張り付け忘れた事に気付かなかったようだ。もしそうでないならば、今頃俺は爽快な気分の中で目覚め、ベッドの上でカインとご対面しているはずである。残念ながらそうなっていないので、カインは俺の寝室の扉を開ける試みをしなかったというわけだ。
俺は朝食の席でカインにさり気無く話を振った。近頃、鉄の需要が増えて、値段が上がってきているという話である。
鉄の値段が上がるという事は、釘の値段も上がるということである。だから釘を大量に買ったり、無駄な事に使うのは止めるべきだ。お金は大事だ。浪費するわけにはいかない。勇者だって社会で生きている以上、それは同じことだ。だから俺は暫く釘を使うような事は止めようと思っている。というような事を語って聞かせる。
カインはへぇそうなんですか、そうですね、などとしか返答しなかった。俺が意図している事を分かっているのか、分かっていないのか判然としない態度である。いや、カイン様のことだ。きっと俺の事はすべてお見通しのはず。
これで、明日の朝は鍵を開けて俺のベッドに潜り込んできてくれるに違いない。
認めよう。今回の勝負はカインの勝ちなのだ。
カインが初日に動揺していなかった様子から見て、いづれ俺が自室を封鎖することくらいはお見通しだったのかもしれない。しかしカインには勝利の展望が初日の時点で見えていたのだろう。既にカインの朝のお勤めに慣らされてしまっていた俺の肉体を計算に入れて、トイレの前で静かに掃除し続けることで、どんな音でもカインには丸聞こえの状況を作り、風呂場でも監視の目を絶やさず、更には精力増強の飲食物を俺に与える等俺を追い込み続けた。そして恐らく慎重な性格の俺が外聞を気にして家の外で処理の当てを見つけられないヘタレだと見抜いていたのだ。
俺の負けだ。しょうがない。白旗を振ろう。俺は一週間も粘ったのだ。俺は俺を責めたりしない。
たった一週間しか我慢できないのかと詰られるかもしれない。しかし、言い訳させてもらうと、俺はこっちの世界に来て勇者となってからはあらゆる力が劇的に増幅しているのだ。体力しかり、筋力しかり、精力しかり・・・。
それでも明日には全て解消できるのだと、俺はカインに出された珍奇な食材をふんだんに使った料理も構わず食した。スッポンみたいなのも入っていたような気がする。その他の食材の効用は知らないが、カインのあることである。大凡見当はつくというものだ。これで、明日カインが朝に来てくれなかったら気が狂うかもしれないなと、思いながらも珍味に舌鼓を打つ。
俺はその晩、部屋の鍵だけをかけて眠りについた。明日への期待と共に。
八日目の朝。猛烈な不満感とひどい閉塞感に包まれながらベッドから這い出る。
俺が最初に認識したのはカインが俺のベッドの中にいない事で、最初に思ったのは早く起きすぎたのだろうかという事だった。
しかし、窓から差し込む日差しの角度から言って、ここ一週間続いた目覚めの悪さを続けている事に気づく。
なぜだ?
なぜ、カインはいない?
なんで、カインは来てくれなかったのだ?
俺は扉に駆け寄る。
まさか、連日の素人大工工事のせいで立てつけが悪くなり、針金じゃ鍵が開けられなくなったのか。それで入ってこれなかったのか?
ところが、驚いたことに鍵は開いていた。
昨日、俺は寝る前に鍵を閉めたはずだ。間違いない。板を打ち付けない代わりに、鍵だけをかけたのだから。
いったい、どういうことだ?
カインが俺が就寝してから起床するまでに針金を使って鍵を開けたのはおそらく間違いない。
しかし、開けたにもかかわらず、何もしなかったということなのか。
俺は身支度すると階下に駆け降りる。
居間へとつくと、いつものメイド服を着込んだカインが笑顔で朝の挨拶と共に俺を迎えた。
俺とは対照的になんだか楽しそうである。悪戯が成功した小学生が纏っていそうな雰囲気だ。
「おはよう。ショータ。」
「ああ。おはよう、カイン。・・・ところで、カイン。今朝俺の部屋には入らなかったのか?」
「今朝は入らなかったよ。」
俺の質問に屈託の無い笑顔でカインは答える。
今の俺にとっては小憎たらしい顔だがな。この野郎、この場で張り倒して、無理矢理・・・。おっと、危ない危ない。冷静になれ。冷静になるんだ。
「嘘つくな。部屋の鍵が開いてたぞ。」
「寝顔と寝言を堪能したよ。」
「やっぱり入ったんじゃねーか!」
俺が不満げにあげる抗議の声に、カインは余裕のある笑みを浮かべるだけで肯定も否定もしない。
俺は子供の悪戯に気疲れした大人のように、やや脱力気味に椅子に腰を落とした。
「で、その、何もしなかった・・・のか?」
俺が伺うように尋ねると、カインは既に地引網の中に魚を大量に捉えてしまった漁師を髣髴とさせるようなニマニマ笑いをする。
「何かして欲しかったのかな? ご主人様?」
カインはそう言いながら椅子に座る俺の太腿の上に柔らかく細い手を乗せて体重を預けながら、下から覗き込むようにして俺に顔を近づける。
近い。顔も近いが、太腿の上に置かれた手の位置も際どい近さにある。
俺は気を抜くと暴走を始めそうな俺自身に鞭を加えながら、蕩けてしまいそうなカインの上目遣いから視線を逃す。
カインの戦略は分かった。
きっと、今回の事を切っ掛けにしてそろそろ次のステージへと行こうとしているのだ。
今までは、毎朝俺が一方的にカインに頼んでもいない御奉仕をされるという形だった。少なくとも形式上は間違いなくそうだった。実態として、俺が受け入れてしまっていたかどうかは別として。
だが、それを形の上でも俺から同意を取り付けるつもりなのだろう。
もう八日目だ。カインは俺が音を上げると確信しているに違いない。既に策が成ったという気でいるのだ。
流されてしまうわけにはいかない。
俺はカインに教えてやらねばならない。
そう世の中、なんでも自分の思い通りにいくと思ったら大間違いである。ということを。
俺にだって考えがある。
「ははは。まさか。そんなわけないだろう。」
俺は正面からカインを見据えて、笑ってやる。
俺の不敵な笑みを前にしてカインはしばし真面目な表情を作って思案気な顔をする。
きっと、俺の予想外の抵抗に作戦の練り直しを迫られているのだろう。さあ、悩むがいい。傲慢なハンターよ。
俺はその日の午後、騎士団の訓練を早めに切り上げて、商店街へと急ぐ。
まず古着屋により二束三文のボロ布を何枚か購入。二束三文とは言ったが、一般庶民には安価であれどもホイホイ買える値段ではない。金のある俺にとっては使い捨てのつもりで購入できる金額だ。
本当は優しい肌触りの絹みたいなのが希望だが、そういう高級品を一回きりの使い捨てにしてしまうと、もったいないお化けでもでそうだ。
次に、香油屋に向かう。ここは古着屋のようにはいかない。最低 品質の物でもそれなりの値段がつく。そもそも香油屋という商店自体が王都の様な富の集まる都市にしか存在しないタイプの店だ。
あまり無駄遣いはしたくないが、酒もギャンブルもやらない俺がこれくらいの贅沢をしても罰は当たらないだろうと、ちょっと奮発して品質の良いものを一壺購入する。なんせ、これは潤滑油と芳香剤の二つを兼ねているのだ。とても重要な品なのである。油は布と違って商品そのものの性質が完全な消耗品であるところも、贅沢な使い道を咎めだてる俺の良心に優しい。
ところで、香油屋は俺の顔を知っていたらしい。流石は貴族階級なんかも出入りする店の主人ということなのだろう。
俺を見て何か納得したような顔をすると、お風呂で アロママッサージに使う用途でしたらといくつか商品を取り出して説明してくれた。
勇者が自宅に風呂の突貫工事をさせたことは割と有名なのだ。それで、きっとこの香油屋の主人の頭の中で、勇者⇒風呂+香油=アロママッサージとなったのだろう。もしかすると、風呂付きの邸宅に住む高級貴族たちの間ではアロママッサージが流行っているのかもしれない。
俺は勧められた物の中で、最も滑らかで、香りの良いものを選んで購入する。
それにしても、良い事を聞いたものだ。カインに見つかっても堂々とアロママッサージ用だと言って、実際に風呂場で背中に塗りこませるとかすれば良いのだ。決して別の用途などないかの如くに振る舞って。
最後に薬屋によって、消臭剤を購入する。粉状の物と、気化する液状の物と二種類だ。
これで準備万端である。俺はボロ布をシャツの下に巻きつけて隠し、消臭剤はポケットに入れた。香油壺は割れるといけないので手に持っている。かくして、俺は帰宅したのであった。
俺を出迎えるカインの目線は自然と俺の手の中にある香油壺へと注がれる。
カインが何ですかそれはと訊いてくるので、中に入っているのが香油である事と、用意していた通りの言い訳であるアロママッサージについて話して聞かせる。
「そうなんだ・・・。じゃあ、これはお風呂場に置いておくのが良いよね。」
と言って、俺の説明が終わるや否や、素早く香油壺を風呂場へと連行しようとするカイン。
俺は慌てて、壺を壊してしまったら大変だから小分けにして使うのだと適当に言い訳すると、香油壺を奪還して一旦自室に引き上げる。
ボロ布と消臭剤をベッドの下に放り込んで隠すと、俺は備蓄していた体力回復薬の瓶を適当に一つ取ると中身をゴクゴクと飲み干して、その中に香油を取り分けた。
取り分けた瓶詰の香油を持って、階下へと戻る。
夕食後、風呂に入って香油屋に教えられた通りにアロアマッサージを体験してみる。
俺は大理石の風呂床の上に湿気に強い南国産の赤いカーペットを敷いてその上に腰布だけ巻いて寝そべった。
カインは例のメイド服姿で傍に座ると、瓶から香油を俺の背中に垂らす。香油の香りが風呂桶から漂う湯気の中に混じって風呂場全体に広がった。
奢侈品だらけの空間で、奴隷に香油を塗らせる。映画や資料集なんかで見た古代ローマ帝国の貴族にでもなったかのような気分だ。いにしえの地中海世界やオリエントの王侯貴族達は毎日のようにこんな贅沢を味わっていたのだろうか。現代人がスパでアロママッサージコースを頼んでもこの雰囲気は味わえまい。
俺が中世的世界観の異世界で地球の現代と古代を交差させながら感慨に耽っていると、ふと、背中に柔らかで優しいものが触れる。
カインの掌は香油を馴染ませて俺の背の 上で引き伸ばしていく。柔らかく小さく温もりのある手が俺の肩甲骨を撫で、背筋を撫で、腰の近くを撫でる。またその手が背骨をさすって上がってくるかと思えば、肩の筋肉が細い指に抱きしめられる。
これは気持ちいな。
当初の目的とは違う使い道だったが、素晴らしいレクリエーションだ。香油屋の主人には感謝しないとな。
香油の値は高いが、どうせ他に大した使い道は無いのだ。許容できる範囲で、頻繁にやりたい所である。
・・・香油で身を持ち崩した勇者なんて悪評だけは後世に残したくないものだが。
俺は夢現にカインの手を、じゃなくてアロママッサージを堪能した。
その後、風呂から上がると日が沈んで月明かりだけに照らされる庭に出て少し涼んでから自室へ引き上げた。
俺はアロママッサージの余韻に浸りな がら、ベッドの上に四肢を投げ出す。
今頃カインは残り湯で風呂を楽しんでいるだろう。香油の残り香もあって普段より長く入りたい気分でいるはずだ。
さて、確かにアロママッサージは気持ち良かった。
しかしである。
気持ち良さというものには色々と種類があるわけで。
俺はそのうちのとある一種類の快楽がどうしても欲しくなっているのだ。
ここ一週間、勇者の有り余る精力旺盛な肉体的渇望とカインが出す精力剤のような食事に耐え忍んできた。
人の評価が気になる俺は家の外で解消できず、家の中でもカインにトイレ、風呂と見張られ、洗濯物は即座に回収されて調べられ、ティッシュが無いこの世界で紙と布のチェックを欠かさずされていた俺は窮地に追い込まれていた。
勿論、猛者ならカインが聞き耳を立てていようが、目の前で見ていようが構わず出来るかもしれない。だが、それは俺のメンタル構造上不可能だった。なんせ俺は小心者の勇者なのだから。
しかし今夜、魚は漁師の網をすり抜けて見せよう。
天網恢恢疎にして漏らさずと言う。
しかし、人間の張る網は漏らすこともあろう。網目が大きくなってしまう場所も出来よう。
さあ、享楽の一人遊びを始めようか。
窓辺から月明かりだけが差す薄暗い寝室で俺はムクリと起き上がる。
まず初めに、扉の鍵を閉めるとベッドの下に隠した消臭剤とボロ布を取り出す。
それから香油壺から香油を取り分けた平皿をベッドの脇の小机の上に置く。
暗いので、間違って引っくり返したりしないように気をつけねば。
ベッドの上にはパジャマと下着がでている。カインが用意したものだ。良い嫁だ・・・。
俺は湿り気のあるバスローブを床に脱ぎ捨てるとパジャマ等には手を触れず、そのままベッドの上に座る。
おっと、その前に念のためボロ布を一枚体の下に敷いておかないとな。
そして俺はゴクリと唾を飲み込むと、ソロソロと香油の入った平皿に手を伸ばした。
右手の指に絡めるように香油を掬うと、一番柔らかそうなボロ布を手に取り、俺は『遊び』を始めた。享楽の一人遊びだ。
予定では、『遊び』の結果出てくる廃棄物を粉状消臭剤入りのボロ布で拭い取り、液状消臭剤を炎熱魔法で高速気化させて部屋に籠るであろう『遊び』の匂いを消し去るつもりである。最終的には、カインが寝入るのを見計らって、涼みに出ると見せかけて目星を付けておいた庭の一角に廃棄物まみれのボロ布を埋めれば終了だ。上から土石魔法で地面を硬化させれば誤って掘り返される心配もない。完璧だ。
『遊び』を始めた俺の頭の中は、純粋な悦楽と背徳的な甘美さで満たされていく。ドンドン頭の中が白くなっていくが気にしない。
「カイン。カイン。」
気づくと、俺はカインの名前を呼んでいた。
そう言えば、脳みそが空っぽになっていくのに引き換えて、妄想の中にカインの姿が映りだしていた。
だって、しょうがないだろう。俺はこっちに来てから周りは男だらけだ。
メイドがやるような仕事も見習い騎士たちが率先して勇者様の為にとやってしまうのだ。
姫様はなんとなくいけ好かなかったし、街を出歩く女性もこの国はひどく少ないのだ。
というわけで、俺が『遊び』の最中に女装姿のカインを幻視して、家事の最中に屈んだ時チラリと見えた太ももを思い出したりしても仕方ないのだ。同じ境遇に置かれれば、みんな同じ状況に陥るはずだ。そう、俺は悪くない!
そして、またも俺は声を漏らした。
「カイン。カイン。」
「なぁに? ショータ?」
突然、返された返事に俺は硬直する。
今のは、俺の妄想、幻聴か?
ゆっくりと声がしたほうへと向けると、正解があった。
仄暗い部屋の中に窓から差し込む月明かりの直射を浴びて、ともすると幻想的な光景の一部としてカインが部屋の中に佇んでいた。
手には扉を開けるのに使ったであろう針金。
未だ、濡れたままの銀髪からは水滴が月の光を反射しながら落ちる。
バスタオルを一枚巻いただけの体からは湯気が立ち上っていた。
風呂上りで赤く上気した頬と雪のように白い肌。
急いで階段を駆け上ってきたのか、少々息が荒いようで、胸が上下に動いている。その息遣いがなんとも艶めかしい。
今しがた、妄想の中で俺に蹂躙されていた本人が妄想の中以上に幻想的で眩惑的な姿を現していた。
俺は呆然としてしまって、動くことはおろか、話すことも出来ない。
そんな俺の様子を見て、カインは蠱惑な笑みを浮かべると、月明かりの作る光のステージから暗がりの中へ移動する。すなわち、俺の横に。
カインは俺の耳元に口を近づけると小声で、しかし甘く蕩ける様な声音で囁いた。
「ねぇ、ショータ。目隠しして、ベッドに横になって。」
俺はうんともすんとも返事をしなかったが、カインはお構いなしに行動する。
俺は何が何だかよく分からないままに、カインに上質な黒絹の帯を結んで目隠しされ、ベッドの上に横になってしまう。
たぶん。これは凄く不味い。本当に不味い。
俺の本能が告げている。
これは一級の危機的状況であると。
おそらく、今この瞬間にも全身の意思を振り絞って、抵抗しなければ俺は戻れぬ道に突き進んでしまう。
それは百も承知だ。
承知の上で、尚も俺はカインに言われるがままになっている。
先ほどまで『遊』んでいたせいと、突然のカインの登場で脳の処理が追いついていないのは大きな理由だろう。
しかし、結局の所、俺は今の今まで何だかんだ言いつつ抵抗してきたもの、本心では期待してしまっていたのかもしれない。
もし、別の日、別の時、俺が冷静な状態で判断を下すならば、流されているだけだと俺の内心のあらゆる言い訳を一蹴していたことだろう。そして、直ぐにでも目隠しを外して、カインを寝室の外に追い出したはずだ。
だが、今この時、この場で判断を下す俺は、今ここでこの状況下にいる瞬間の俺だ。
それは巧妙に仕掛けられた罠。
凄腕のハンターが獲物の心理、性格、意志薄弱さ、流されやすさ、快楽への渇望度を緻密に計算した上で、作り上げられた時空間。
俺は、自分に言い聞かせる。
俺はアイマスクをしてベッドに寝転がっただけ。
実に普通の行為だろうと。よくある就寝行為だ。その行動に一片の道徳的問題点は無かろうと。
もし何かが起こるとしても、それはカインが自主的にやってしまうことであり、俺の全く想定していなかった事態であって、俺には露一粒の責任も無いのだと。
そう俺が内心で自分を丸め込んだ時、タイムリミットは過ぎ去った。
俺は形式上、口だけでカインに何をしているのか等と疑問を投げ、抗議の声を上げた。
勿論、正確に事態を理解した上で、更に実際の抵抗は伴わずにだった。
その後、月が雲に隠れてしまうとカインにアイマスクを取り払われてしまう。
言い逃れのできない状況下で俺は戸惑うが、既に一度やってしまっているのだから、二度も三度も同じことだと言うカインの悪魔の囁きに押し流されてしまった。
俺の体が一度くらいでは収まりがつかないことを読み切っていたカインの戦略勝ちである。
R18とR15の間隙を縫うのが難しかったです。
夜のお話は本音を言うともっと詳細に描きたかったんですが、R18に抵触したら嫌なので、本編の様な形に。もっと大胆になっても良かったんかね?