勇者の俺は異世界で女装少年に迫られています (承)
二話目は前半だけ微エロ。
俺、詩与田翔太17歳は今怯えている。
猛烈に怯えている。
何に怯えているかって?
それは、俺が近頃購入した例の可憐なショタ奴隷に対してである。
普通に考えれば、豊富なチートスキルに恵まれ、魔王軍だって恐れるに足らずと豪語できる勇者の俺がか弱い少年一人如きに怯える故など無いはずだ。無いはずなのだが・・・。
俺の受難は朝起きる時から始まる。
いや、正確には起きる前から始まっている。
もっと正確に言うと起きる前に終わってしまっている。
今朝も俺は心地よい満足感と解放感とともに目が覚める。ここ最近は常に起きた時、この最高の気分での素晴らしい目覚めを味わっている。
が、しかしである。
その幸福な感覚を味わうと共に、その事それ自体が一気に俺を冷めさせる。
俺は怯えながら目線を天井から俺の寝ているベッドの布団の上に落とす。
すると、布団はこんもりと山のように隆起している。まるで、小さな子供が一人丸々入ってしまえるほどの大きさに。
俺は恐る恐る布団をめくり取った。
居た。
予想通り、いらっしゃった。俺の可憐なショタ奴隷様が俺の脚の間に座っていらっしゃった。
見れば、白いフリルの付いた可愛らしい黄色のハンケチでお口を拭っていらっしゃる。
男の子のくせに、メイド服なんて着込んでやがるのだが、女顔をしている為か、これがまた大変良くお似合いで。
コイツはオタク趣味の俺が思わず喜んでしまうのを知っていて、わざとこんな服を着ているのだ。
しかも、白の長手袋をしているくせに、ノースリーブで肩を出す格好に自分で裁断しているあたり、俺の趣味をしっかり理解しているようで恐ろしい。
可憐なショタ奴隷様が林檎のように赤いプリッとした唇からハンケチを優雅に離すとメイド服のポッケにしまう。
そして、俺と目線が会うと長い睫毛を揺らしながら、目を瞬かせてゴクンゴクンと何かを飲み下すように喉を二度三度動かして、フゥと小さく可愛らしい息を吐いた。
そして、甘いサクランボのような紅い舌を出して、艶のある唇を一舐めすると、天使のような可愛らしい微笑みを浮かべた。
「おはよう。ショータ。」
鈴の音のような透明感のある声で、俺に朝の挨拶をしてくる。
奴隷の癖に、こいつはご主人様であるはずの俺に対して呼び捨てだ。
「おはようございます。」
答えたのは俺である。
寝そべったまま、硬直して動けない俺。
主人のはずなのに、奴隷に対して敬語を使ってしまう俺である。
「ところで、カインさん。」
「なぁに?」
俺の呼びかけに、可憐な銀髪女顔のショタ奴隷、カインは鈴の音に甘えたような声音を含ませて尋ねる。
首を傾げる角度も計算されつくしたような絶妙な艶めかしい角度である。
コイツなら鏡を前に何百回も練習していてもおかしくは無い。
「つかぬことをお聞きしますが、先ほど飲み込んでおられたものは何でしょうか?」
俺の質問を聞くと同時に、カインの笑みが純真無垢で天真爛漫な天使のそれから、蠱惑的な小悪魔のそれに変貌する。
怖すぎる。
「勿論、ショータにご奉仕していたんだよ。」
カインは俺の脚の分岐点、腰のあたりに手を伸ばし、俺の体に触れるか触れないかの距離を保ちながら指を円を描くように動かす。
うん。分かった。と言うより、初めから分かっていた。
なんせ、このやり取りがここ最近の俺の朝の日課になりつつあるんだからな。
「えーっと、カインさん。毎回言っているけど、別に奴隷だからと言ってそんな事までする必要はないと思いますが。」
「ショータ。僕も毎回言っているけど、ご主人様だからやってるんじゃなくて、ショータだからやっているんだよ?」
これも日課のやり取りだ。もはや儀式化している。
この後は、カインが悪戯っ子な笑みを浮かべながらベッドから降りて、俺もベッドから起き上がりながらヤレヤレ仕方ない奴だと諦めるのがいつものパターンだ。
どうにかして、この習慣となりつつある行為を止めさせる方法は無いものかと思いながら、上体を起こそうとした所、カインの様子がいつもと違うことに気付いた。
悪戯っ子のそれではなく、蠱惑的な笑みのままだ。
おかしい。異変に気付いた時はもう手遅れだったのかもしれない。
「それに・・・。」
カインが鈴の音の声を途中で区切る。
カインは座った姿勢から前傾し、両腕を俺の腰の脇に伸ばしてくる。そこから膝を立ててお尻を上げると四つん這いの格好になった。
そして、猫のようにユックリと伸びやかに、しなやかに一歩一歩前へと進んでくる。
俺の腰を超え、腹を通過して、胸の上まで来るとカインは蠱惑的な笑みを湛えたまま、その美貌を俺の顔に近づける。
俺の額から汗が滲み出た。
耳の奥の血管が煮え立つようだ。
息が詰まるように感じる。
カインは俺の脇の間に突き立てた左手で上半身の体重を支えながら、右手を俺の顔へと伸ばしてくる。
そして、そっと壊れ物を扱うかのように俺の左頬にその右手を添えた。
そのままユックリとした動作で右手を動かし、優しく俺の左頬を撫でる。愛撫が如くに。
カインの手の温もりが頬の皮膚を通して、俺の体の中にまで伝わってくる。
そのせいだろうか。
俺の頬は焼けるような熱さを感じ、体中が熱を帯びたような感覚に囚われる。
その感覚と共に、頭の中に痺れる様な甘さが広がってくる。
視界に、カインの少女としか思えぬ芸術品のような美しい顔を収めながら、俺は甘美な熱の中に意識が沈み込みそうになる。
「・・・ショータも嫌いじゃないでしょ?」
カインが俺の耳元に顔を近づけて息を吹き込むかのように、囁く。
ゾクリと何か得体の知れないものが背筋を駆け抜けていく。
息が苦しい。苦しいのに、嫌じゃない。
嫌いじゃない。
俺は無意識のうちに、カインに倣って右手を宙に浮かべ、スッとカインの左頬へと伸ばしていた。
右手が左頬に触れる。
ちょっとヒンヤリしている。
熱を帯びた俺には気持ち良い涼やかさだ。
プニプニしていてモチモチしている。
いつまでも触っていたい。
触れているだけで、俺の脳内は沸き立ちそうだ。
いつの間にやら、俺とカインは共に手で頬を撫で下げ、撫で上げる動きを連動させていた。
俺の視線とカインの視線が絡まりあい、交じり合う。
俺は果たして今どんな表情をしているだろうか。
カインの眼がトロリと蕩けた様になっている。
おい、やめろよ、そんな顔。
こんな状況で、そんな顔されたら・・・もう・・・。
「勇者様ー! 勇者様ー! もう起きておいでですかー?」
階下で玄関のあたりから青年文官の大声が響いた。
敵襲を知らせに来たのかとすら思える大音声に俺は夢から覚めたかのようにハッとする。
「あ、ああ。ちょっと待っててくれ。」
俺は視線と右手をカインから無理矢理引きはがし、扉のほうを向くと階下に向けて届くほど大きな声で返答した。
「チッ。」
カインが舌打ちした。
見れば、蕩けた表情は消え失せ、一瞬だけ悔しそうな顔をした。
俺の頬から手を除けると酷く残念そうな表情をしながら俺の上から降りて、床の上に立つ。
「ショータが着替えている間に、あのお邪魔虫を居間の方にて持て成しておくね。」
カインはそう言うと俺の寝室から出て行った。
あ・・・。
危なかった・・・。
完全にカインのペースに流されていた。
あのまま青年文官が訪ねて来なかったら、俺は禁断の扉を開いてしまっていたことだろう。
取り返しの付かぬことになる所だった。
今回はかの青年文官は俺にとっての救世主である。
しかし、困ったことになった。
今日は青年文官の不意打ちなゲリラ訪問で助かったが、明日以降どうなるかは全くの未知数である。
俺は危機に瀕している。
カインは計画的に獲物を追い詰めていくタイプだ。
朝一のご奉仕もそうだ。
一番初めの時は驚いてしまって厳しく叱ったので、反省している素振りを見せて一週間は何もしてこなかった。
次の時も強く叱ったつもりだったが、俺にカインを追い出したりする気が全く無いことを確信したらしく、3日すると再び潜り込んできた。
また叱ってみたが、潤んだ目つきでセツセツと訴えかけてきて、なぁなぁなお説教で終わってしまった。
すると次の日にも再び犯行に及んでくる。俺は上目遣いに俺の様子を窺う可愛いカインを建前上で叱る以上のことが出来なかった。
そうなると、もうカインの行動を阻むものは無い。
次からは当然の如く毎日朝のご奉仕を始めた。それこそ日課となってしまうほどに。
俺が叱ろうとしても、カインは笑みを浮かべて嬉しそうにするだけなのだ。
俺が外面をどんな風に取り繕うとしても、カインには全て透けて見えてしまっているかのようなのである。
まるで、俺がカインの掌の上で踊らされているような。
まるで、主人であるはずの俺が奴隷であるはずのカインに調教されてしまっているような。
次第に、その他の諸事全般においてもこの傾向が見受けられた。
まあ、そういうわけで、俺はいつしかカインに対して恐れを抱くようにすらなっていたのである。
恐ろしいのは、そのあたりの事もカインには想定済みだったのか、俺が動揺しながら敬語で話しかけた時にも全く驚く顔を見せもせずに余裕のある笑みでタメ口を返してきた所だ。
最近ではすっかり主従逆転の有様である。
尤も、そうなってしまったのは俺が例の男だらけに囲まれている生活を続けているせいで、私生活に咲く唯一の紅き造花であるカインに対して“ベタ惚れ”している事に最大の要因があるのは間違いない。勿論、それを理解した上で、乗じてくるカイン本人の才質も大きな要因だと思うが。
まあ、そういうわけで、この俺が一奴隷に対して怯えてしまっている理由も御理解出来たと思う。
いや・・・これだけだと未だ怯えている理由の半分か。
もう半分は、まあ、主従逆転を果たしつつあるカインの望みと、俺自身の本能的な問題が混成して生じていると言えるだろう。
要するに、カインによる朝一のご奉仕が冗談めいた中途半端な気持ちで行われているわけではないという事だ。
結局、俺はパジャマから普段着に着替えて身支度を整える程度の短い時間では、良い考えが思い浮かば無かった。
諦めて、階下のリビングへと向かう。
俺はカインの言葉を思い出して恐る恐る扉の隙間から覗き見る。我ながらすっかり臆病犬になってしまったものだ。勇者が聞いて呆れる。
居間では、文官青年が紅茶片手に寛いでいた。
傍らには、カインが佇んでいて、文官青年と楽しげに言葉を交わしている。聞き取れた言葉から推測するに、どうやら二人で俺を褒め称え合っているようだ。
文官青年はキラキラと純粋に。一方、カインはどこか毒を含む笑みで以って。
あれだけ大声を上げて我が家に突貫してきた文官青年の用事は何のことはない。王宮からのいつものお知らせであった。各地の情勢などについて定期的に報告するように頼んであるのだ。特に目新しい情報も無かったが、俺は救世主を手厚く持て成す。
普段は、あの手この手で追い払おうとする所なのだが、今日は逆だ。俺はこの後でカインと二人きりになるのが堪らなく怖い。カインにどんな事をされるか分からないのが怖いし、自分がどんな事をしでかしてしまうか分からないのが怖い。
というわけで、今日はコミュ障の俺が最も苦手にしている分野である雑談というものを文官青年相手に一生懸命仕掛けて、何とか居すわらせようとしている。
文官青年の方は普段素っ気無い俺が積極的に話しかけてくるものだから、大層喜んでいるのが丸分かりだ。カインもこれくらい分かり易ければいいのに。いや、きっと、カインから見ると、俺がこの文官青年並みに分かり易いのだろう。手玉に取られても当然というわけだ。
俺はカインのご機嫌や如何に? と、偶にチラリと見る。
おそらく、俺の文官青年引き留め作戦はバレていると見て良いだろう。
そうなると、カインの反応が気になる。俺の思惑に対して怒ってたらどうしようかと気にしてしまう。
俺はまるで奴隷がご主人様の機嫌を伺うかのように、カインの顔色を探った。
カインは平然としていた。
母性を感じさせるようなニコニコした笑みを浮かべて、紅茶のお代わりを継いだりと甲斐甲斐しく世話をしてくれている。
用の無いときは部屋の隅に佇む。
不貞腐れた様子も見せない。視線が合っても愛らしい笑みを見せるばかりだ。
謎である。
これについては、後で正解を教えてもらった。
どうやら、主人のくせに奴隷である自分の顔色をビクビク伺う俺がとっても可愛かったらしい。チクショーー。
文官青年は3時間ほど居すわっていたと思う。ただ、彼は残念ながら今日は処理しなければならない案件が多いらしく、昼食前に帰ってしまった。ひょっとすると直ぐに帰るつもりだった所を無理に引き留めてしまっていたのかもしれない。だったら悪いことをしてしまった。後で、普段多大にお世話になっている分、今日の救世行為諸共の感謝を示す物でもあげた方がよいか?
文官青年が帰った後には世界各地の情報が記された羊皮紙が残されていた。
カインが茶器を片付けながらチラチラそれを見ている。俺はご機嫌取りに使えるとばかりに、見て良いよと言ってそれを渡した。別に機密情報が載っているわけでも無いし、問題ないだろう。
カインは嬉しそうにしてそれを読み始めた。
俺はというと、羊皮紙を囮にして、その間にこっそりと裏庭の訓練場へ行ってしまう魂胆でコソ泥よろしくソッロリソロリと扉へ向かって歩き出す。
が、しかし、カインはそんな風に獲物を取り逃がしてしまうほど軟なハンターでは無かった。
「ねえ、ショータ。ここに書かれている国々には行ったことあるの?」
哀れなシマウマはライオンに捕まってしまった。
カインが俺の裾を掴んで、先ほどの羊皮紙を掲げ持つ。10数ヶ国の名前が列記されている。
「いや、未だ3か所だけだな。」
何を聞かれるかと思ったが、大した話では無いようだ。
言っておくが、俺はいつもカインに敬語を使っているわけではないぞ。ほんとに偶にだ。
「じゃあ、このグリモワル共和国って所は行ったことある?」
「いや。無いな。」
変だ。ただの雑談をふっているにしては、カインの眼光が鋭い気がする。
グリモワル共和国がどうしたというのだろうか?
そう言えば、グリモワル共和国は・・・。
「ここって観光地なんだよね。二人っきりで行ってみない?」
カインが甘く囁くような声で誘う。二人っきりという部分に強いアクセント。
俺は冷や汗をかき始めた。
「えーっと、他にも観光地はあると思うのですが。なんでグリモワルなんでしょうか?」
しまった。無意識に敬語になっている。動揺しているのがバレバレだ。
カインの瞳がランランと光る。浮きが一瞬揺れる所を見逃さない漁師の雰囲気だ。釣り針に喰らいついてしまった魚に未来はなさそうである。運が悪ければ『食べられる』だろうし、運が良くてもせいぜい『飼われる』というわけだ。そして、非常に残念ながらそのお魚さんは俺なのである。
「グリモワル共和国って、この大陸で唯一自由な結婚を公式に認めている国だって事はショータも知っているよね? 結婚に種族を問わず、階級を問わず、・・・性別も問わない。」
「ヘー、ソウナンデスカ。シラナカッタデス。」
俺は在らぬ方へと視線を泳がせながら、丸わかりのウソを吐く。
もちろん、知っていたとも。あそこは変わった国だということで有名なのだ。
「・・・それは良いとして、あの国ってガラス細工とか陶器人形とかの工芸品で有名だし、街並みも独創的で面白いって言われるから、行ってみたいよね。」
何をおっしゃるカインさん。まるで、さっきの話がついでで、工芸品と街並みが本命みたいな言い方をしてらっしゃるが、絶対後者の方がついでだ。いくら俺が馬鹿でもそれくらいは察せる。
まずいな。このままでは、今すぐにでもグリモワル共和国に連れて行かれそうだ。そして、一歩でもあの国に足を踏み込めば、あとはカインのペースに乗せられて流されて、ついには・・・。いかん。それだけはいかん。何としてもそれは避けねばならん。
「そうだなぁ。俺も是非行ってみたい。行ってみたいが、残念ながら俺には勇者としての使命があるからな。魔王を倒し、人々に平穏をもたらすまでは観光で遊ぶなんて事は出来ないからな。俺は勇者だ。分かってくれるだろう。カインなら。」
今のセリフは中々良かったんじゃないだろうか。
勇者としてのカッコ良さと、カインの望みをお断りする両立が出来ている。
「もちろん、分かってるよ。」
カインは澄まし顔だ。全く困った様子を見せていない。
あれ? なんかアッサリ引いちゃった?? なんで???
「だから、魔王を討伐したら、その後直ぐに二人でグリモワル共和国に行こうね。」
そうきたか。
そして、俺が何かを言うより早く、カインはその身を俺にピタリと寄り添わせて上目遣いをして熱っぽい視線で俺の瞳を捉える。
「だめ?」
・・・・・・俺は、結局、魔王討伐後に式典も勲章授与もすっ飛ばしてグリモワル共和国にカインを連れて行くことを約束させられてしまった。しかも、誓約の魔法による拘束付き。もう逃げられない。
魔王倒すの止めよっかな。
二話目でおえぇと思った人は三話目を読まない方が良いです。
三話目を飛ばして最後の四話目だけ読むのをお勧めします。