フレンズ
やがて季節は山が色づく頃になった。
紅葉を観光客のいない時に見たくて、いつもどおり早朝に出発した日
にそれは起きた。
エンジンがかからない。
キックしてもキックしても、エンジンは息をしてくれなかった。
僕は山の中にいた。スマホも当然に圏外だ。
「SRを置いて、電波の届く所まで歩いて行けばいいか」
ん?SRを置いていく? 今、僕は何を考えた?
置いて行くなんてあり得ない!エンジンはかからなくても押していけるんだ!
まだ早朝だ、日が暮れるまで12時間はある。一緒に電波の届く場所
まで行けるはずだ。
歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く
辛かったのも、やがて感じなくなり始めた。
登り坂でも時間をかければ上がっていける。タイヤは丸いんだ。
歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く
歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く
お腹が空き始めた。
でも自転車の時に経験している、体が動かなくなるのは空腹を感じ
なくなってからだ。
まだまだ行ける。
歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く
歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩
歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩
汗が出なくなってきた。これはヤバイ。
脱水症状は即ダウンにつながる、水を取らないと……歩いて水の
ある場所に……いかないと……
歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く
歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く
歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩くく歩く歩く歩……………
「辻村くんっ!大丈夫!」
気がついたら相田さんが目の前にいた。
口にスポーツ飲料のペットボトルが当てられている。
水が……美味しい……
「本当にびっくりしたんだよ。同じ色のSRが停まってるなぁと見たら、
辻村くんがバイクの横で倒れてるんだもの」
「助けてくれてありがとう、今回ばかりはヤバかったようだね」
相田さんに事情を説明した。
感謝で唇が震えそうだったけど、なんとか堪えてちゃんと話した。
「あっきれたぁ、バイクを置いていくのは嫌でも、死んじゃったら元も
子もないでしょ?」
仰るとおりです。
でも置き去りにするのだけはどうしても許せなかったのですよ……
「なんでかなぁ、パパの整備したバイクでトラブルって珍しいのに」
そう言うと相田さんは僕のSRに近づいてゴソゴソいじり始めた。
手が汚れちゃうよ!
「わかったこれだよ、プラグがかぶってる」
相田さんはやったとばかり、油に汚れた指で摘んだ点火プラグを
見せてくれた。
「辻村くんがキックに失敗したことでプラグがガソリンで濡れちゃった
んだね。普通は何度かやり直せばエンジンはかかるんだけど、ここま
で濡れてるともうプラグ交換だね」
相田さんはポーチから替えの点火プラグを取り出し、僕のSRに
組み付けてくれた。
エンジンは見事に復活した。
唇がふるえて、お礼の言葉がうまく口に出せなかった。
「さて、どうしようか。プラグの代金を払ってくれると言ってたけど、
それよりお昼を一緒に食べに行かない?この先に いいカフェがある
のよ。ごちそうしてくれたらチャラでいいよ」
お昼をご一緒しながらたくさん話した。
バイクのことばかり喋っていた気もするけど、大好きなSRの話
なら飽きなかった。
家族のことも話した。
相田さんのお母さんはイギリスではなくドイツの人だった。
なんでもお父さんが昔レーサーをしていた時にドイツのサーキットで
出会ったらしい。
お店の屋号はそのサーキットの名前なんだって。
相田さんは僕の家族のことも聞きたがった。
妹がいると話したら、とても羨ましいと言ってた。
楽しかった。
バイクの話ができる友達がいることが、こんなにも楽しいことだとは
知らなかった。
それから僕たちはいつも一緒に遊ぶようになった。




