Joe Bar Team
うるさかった蝉の声が懐かしくなる頃に、僕のSRはやって来た。
「SRはキックスタートだけど、やり方はわかるかい?」
「わかりません、教習所のCBはセルだったので教えてもくれませんでした」
「だろうなぁ」 ※教習車CB400
なぜか相田さんのお父さんはうれしそうだ。
「これはSRの儀式だからね、そして適正の検査でもある」
「えっ」
「教える方法でキックして5回以内にエンジンをかけられないようなら、
そいつはSR乗りの資格が無いってことだ」
そんな決まりがあったとは…………
「嘘だよ」
「勘弁してください」
本当に相田さんのお父さんはうれしそうだ。
その後は至ってまじめにSRの乗り方を教えてくれた。
キックスタートは失敗すると点火プラグをガソリンで濡らしてしまい、再始動
が困難になるということで、尚のこと入念に教わることとなった。
「もう大丈夫だろうエンジンも無事かかったし。タイヤとブレーキは新品だから
しばらくは 丁寧に 運転するんだよ」
「ありがとうございます安全運転で行きます。念願のSRですから」
キックスタートを始める。
ガツン、スカッ。
ガツン、ドルゥン!ドルドルドルッ!ドルゥン!
よし2回でかかった。
最初は全くエンジンをかけられなかったけど、始動ペダルを蹴るタイミングを
誤らなければ 3回以内にできるようになった。
エンジンが安定し始める。
はじめは荒々しかった排気音がだんだんと優しく、心地よく変わっていく。
夢ですら聞こえた、あの張り革のゆるい太鼓を指で弾く音に変わっていく。
今が夢のようだった。
僕がバイクにSRに乗れるなんて……
隣で相田さんのお父さんが何かを言っている、でも聞き取れない。
まごまごしてると、突然に背中をパンと叩かれた。
ふっと、力が抜けていくのがわかった。
「お父さん、今から行ってきます」
「気をつけてな、あと俺は君のお父さんじゃないからな」
思わず口元がゆるみながら、右手でアクセルを回し左手のクラッチレバー
を放し始めた。
トットトトッ
ゆるゆるとSRが進み始める、思ったより力強い。エンストはきっと大丈夫。
やがて完全にクラッチがつながりアクセルも本格的に操作し始める。
「うわぁ」
風になった。
体すべてに風が突き抜ける。
景色が後ろへふっ飛んでいく。
視野がグンと狭くなる、ズームのように視界がぼやけていく。
ふと初めての経験なのに懐かしさがよぎった、そして即座にそれが何か
を理解した。
子供の頃、自転車に補助輪なしで乗れたときの高揚感だ。
どこまでも走っていける、何時間でも進んでいける。
お腹が空いて動けなくなることも、足がつかれて一歩も踏み出せなくなる
こともない。
僕は今、完全に自由の世界に踏み入った。
それからの僕は早寝早起きが日課になる。
日の出とともに家を出れば、空いた道を充分に楽しんでからでも学校に
間に合うからだ。
休日は最高だ。
出発したら学校のために一度家に帰らずともよく、そのまま遠くに行って
しまえるから。
家の周りの道は全て走った。
京都の道もくまなく走った。
歴史の資料集に書いてある名所も全て見に行った。
海にも行った。
日本海を見た日のうちに太平洋も見ようと走り続けたら、帰宅が深夜に
なり母に怒られた。




