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大車輪

 教習所に申し込みに行って驚いた。人がいない。

 なんてことだ、予約し放題じゃないか。


 教習はまずは学科から始まるようだった。

 SRでないにしろ、バイクに乗れることを楽しみにしていたので残念だ。

 勉強は不得手ではないけど、個人授業は気が滅入る。


 そうして数日が過ぎたあたりで念願の実技講習が始まる。

 うれしいことに今日からは同期生と一緒のようだ。


「あれ、森中さん?」

「わぁ辻村くんやぁ」


 なんとクラスメートの森中さんがいた。

 森中七海さん。嵐山に代々続く高級旅館の一人娘さんだ。

 つややかな腰丈の黒髪、まっ白な肌、やわらかな物腰。

 はっきり言ってものすごい美人です。

 流れるように優しげな京都ことばがなければ、僕ごときが口を利くの

もつらかっただろう。

 でもなぜこんなバイク趣味とは真逆のような人が免許を取りに来たんだ?


「オードリー・ヘプバーンのローマの休日って知ってる?あれ見たらどうして

もヴェスパ乗りたぁて堪らなくなってしもて」


 ローマの休日は僕も知ってる。先日、妹といっしょにDVDを見たところだ。

 たしかにイタリアの町をバイクで駆けぬける映画でした。


「でも家族が心配しなかった?」

「なぜかはよくわからへんけど、お父さんは反対しぃひんかったよ」



 森中さんは思い立ったら一人で教習所に来ちゃうような女の子だ。

 きっと親御さんも信頼を寄せてるんだろうな。



 最大の難関が待ち受けていた。

 それはバイクの引き起こし。

 僕の人生で200キロ近い重量物を持ち上げた経験なんて無い。


「うっ……ぐぐぐっ…………」


 ダメだ持ち上がらない。腕の筋肉が悲鳴をあげて痛い。

 森中さんも困難を極めているようだ。

 どうかケガをしないで欲しい。



 結局、二人ともどうやっても持ちあげることができず。この日の教習は

終わりとなった。

 ホッケンハイムで対策を尋ねることにした。





「君たちのやり方が間違っている」

「えっ」

「えっ」

「よく考えてみなさい、重量挙げの選手じゃない君らが200キロを持ち上げる

などできるはずがない」


 二人して絶句した。


「そ、それならどうすればいいのですか?」

「足の力を使うんだ。腕と体は動かさず、足の伸縮だけを頼りにバイクを

起こすんだ」

「そんなことを言われてもわかりません」

「ジャッキという機械があるだろ?車に潜り込み、ひし形の伸び縮みで

持ち上げるんだ」


 手にとった実物で説明してもらえるとすぐに理解できた。

 決戦は明日だ。


 珍しく今日は相田さんは留守だったようで店頭には出てこなかった。

 残念。




 昨日の苦労がうそのようだった。

 ビクともしなかった200キロが、一度の挑戦で起き上がった。

 心配だった森中さんも見事に起こしてしまった。この人はやっぱりすごい。



 そのあとは順調だった。

 すいすいと課程が進んでいく。

 第一段階の見極めがノーミスで終わった時には二人して手を取り合って

よろこんだ。




「ただいまぁ」

「おかえり、おにいちゃん。遅かったね、教習所は大変なの?」

「はじめは手こずったけど、もう順調みたいだ。ミスもない」

「おかえりテツ。頑張ってるな」

「ただいま父さん、好きなことだから全然つらくないよ」


 なぜか父さんはじっと僕を見つめたままだった。


「お前、まだヘルメットを買ってないだろ。教習が始まってるのになにを

考えてるんだ」

「ごめんなさい、貸し出しがあるからそれで充分だと思ったんだ」

「心構えがなってない。交通社会の一員になるお前がそんな甘えの

気持ちでどうする」


 正論だった。

 相田さんのお父さんに助けてもらっていらい、人様の好意に甘えるのが

当たり前に考えてたのかもしれない。


「お前はどこか抜けているところがあるから、もうヘルメットは用意しておいた。

部屋にあるからサイズを確認してきなさい」


 部屋に駆け込んだ。白い箱がおいてある。そのまま息もつかせず開けた。


 ひし形ロゴのある、妙にとんがったヘルメットが鎮座していた。



 新しいヘルメットの効果はてきめんだった。

 外界のノイズからシャットアウトされると集中力も増す。

 高いテンションを維持したままどんどんと課程をこなしていく。

 教官の方からも安全装備に気を使う心構えを褒めていただけた。




 最終段階に迫ろうという時、昼食時に森中さんがふと漏らした。


「辻村くんは最近は自転車に乗らへんの?」

「そんなことないけど?」

「でもうちの駐車場で休憩しに来ぉへんやん」


 思い出した。森中さんとの出会いは僕が駐車場で昼寝していたからなんだ。




~~~~~~~


「しっかり、しっかりしぃ。こんなところで倒れたらあかんよ?」


 春の日差しが気持ちよく、つい広場でうたた寝してたら、すごい美人さん

に起こされた。


「ごめんなさい、ここは入ってはだめなところだったのですか?すぐに移動

します」

「なに言ってんの?」

「…………」



 どうやら僕が彼女の家の敷地で昼寝してるのを、行き倒れと勘違いされ

たものらしい。

 家の敷地って…………こんな広大なスペースをなにに使うの?


 彼女いわく、黒くてガリガリで自転車が隣に倒れているものだから、行き

倒れとしか思えなかったらしい。

 窓から寝ている僕を見てわざわざ助けに来てくれるのだから、良い人

なんだろう。

 警察を呼ばれなくてよかった。

 だって、こんな大きな家の人と揉めたら社会的に消されそうだもの。


 その後、広大なスペースは彼女の実家の家業である旅館の予備駐車場

とわかり、なぜか個人的に休憩場所として使っていいというお墨付きまで

得ることができた。

 本当に良い人だったけど、揉めるのだけはやめておこう。


~~~~~~~



「自転車に乗るのはやめてないよ。嵐山のルートを走らなくなったのは

しばらく欲しいバイクを探してたからなんだ」

「そっかぁ、良かった。また来てな。いつもみたいにお茶いれて持っていくし」


 じつは給水ポイント代わりに利用していたんだけど、嫌がられてなくて

よかった。



 最終過程が終了した。残すは試験のみだ。

 こんなにも簡単に終えていいかと少し心配になったんだけど、よく考えれば

確実に複雑になっている課程内容を苦もなくクリヤーしていくというのは、

バイク操作になれた証だろう。

 実際、森中さんの上達ぶりには眼を見張るばかりだ。

 僕がつい集中力が行き届かず雑になりがちな細かいところでも、彼女は

絶対に手を抜かない。それを見る度に気が引き締まる思いだ。

 森中さんといっしょに教習できてよかった。

 いい思い出になった。




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