Keeps me runnin'
処女作です。
拙い内容だと思います。
バイクと、それに乗る女の子が好きで書きました。
僕、辻村徹はかけっこが好きな少年だった。 ※つじむらとおる
風が体を吹き抜ける、景色が後ろに飛んでいく。
気持ちよくて気持ちよくて、できることならずっと走っていたかった。
でも子供の僕では、どうがんばっても五分ともたない。
だから自転車に出会えた時はうれしかったんだ。
自転車なら一時間だって走り続けられたのだから。
幼いときの記憶はいつも自転車と一緒。
暇さえあれば走りに行ってた気がする。
なんせ僕の住む京都には長い自転車道があって、場所だけには困らなかっ
たしね。
転機が訪れたのは高校2年生の夏。
自転車でいつものルートを走り、嵐山のコンビニで休憩をしていた時にそれは
起きた。
最初に気がついたのは耳だったと思う。
ポロポロポロッと張り革のゆるい太鼓を指で弾くような音がどこからか聞こえ
てくると、 目の前に一台のバイクが滑るようにあらわれ停まった。
それはキラキラとラメを振りかけたような緑色のバイク。
最初はその緑に目を奪われたけど、よく見ればとても面白いデザインをして
いる。
まずエンジンがおどろくほどシンプルな形なんだ。
機械に詳しくない僕でも中身が想像がつくほど、中学の技術家庭で見た
教材と瓜二つ。
ライトの下にジャバラがあるし、どろ除けよけはすごく大きい、グリップなんて
樽の形。 バイクをじっくり見たのは初めてだったけど、自転車と同じつくりの
ホイールに親近感が 湧いてくるのが妙に愉快だった。
「バイクに興味があるの?」
声をかけられ僕は我に返る。
考えてみれば、他人の持ち物をジロジロと見るのは失礼なことだ。
怒られるのかな?と少し焦ったけど、声色に咎めるものがなかったことに
ホッとした。
「うん、きれいなバイクだね」
「ふ~~ん」
そのライダーは意味深に息を吐くとヘルメットを脱ぎ始めた。
光がこぼれた
いや淡い金色の髪がサラサラと流れていくのをそう錯覚したんだ。
ライダーは若い女の子だった、それも髪を左右に結わえた同い年くらいの人。
「あれ、もしかして相田さん?」
「そういう君は辻村くんだよね?」
※あいだすずか
相田涼夏さんは同級生だ。そして学校では知らない人などいないとびっきり
の有名人。
イギリスだったかの親御さんをもつハーフの帰国子女として。
そして何よりその外見で。
でもなんで僕の名前なんて知ってるんだろ?大して有名じゃないと思うん
だけど。
「なんていう名前のバイクなの?」
「相田さんって、バイクに乗ってるんだね?」
「どれくらいのスピードが出るの?」
「重さは何キロくらいあるの?」
「ちょっとすごい勢いで質問するのね」
かぶりつくかの如く質問を浴びせる僕を、相田さんは愉快そうな表情を
して止めた。
「ごめん、あまりにもきれいなバイクだったから」
「いいよ、いいよ、褒めてもらえて気分も悪くなかったし」
相田さんは、そのまま愛車の説明をしてくれた。
「このバイクはSRっていうの、パ、父が乗っていたのを譲ってもらったんだ」
「もう乗り始めて1年以上になるんだよ」
「あまり速くないよ、スピードを出すより景色を楽しんだりするためのバイク」
「たぶん170キロくらい。重いけどダイエットになるって自分に言い聞かせてる」
相田さんはお父さんがバイク乗りだったんだ。
乗って1年だとか、秘密を打ち明けてもらったようで少し気分が良かった。
「バイクをこんなにも近くで見たのは初めてなんだけど、面白い形なんだね」
「褒めてくれるのはうれしいけど、面白い形って悪口じゃないよね?」
相田さんはフフッと笑みを浮かべると、とんでもない提案をしてきた。
「そんなに興味があるなら、ちょっと後ろに乗ってみない?」
「えっ、それって相田さんと二人乗りするってこと?」
「そうよ、バイクはちゃんと二人で乗れるようになってるんだから」
いや、僕が驚いたのはそういうことではないのですけど…………
でも相田さんとお近づきになれる機会をみすみす逃すなんて、洛高男子に
あるまじき行いだ。
「うん、お願いするよ。バイクに乗れる機会を逃すなんてもったいないからね」
ごめんなさい、嘘をつきました。
「わかった、今からエンジンをかけるし、ちょっとどいていてね」
相田さんはまたシートに跨り、器用にその足を折りたたむようにすると、エン
ジンの横に勢いよく蹴り下ろした。
ドルゥン!ドルドルドルッ!ドルゥン!
エンジンが吠えた。
「えっ、なに、いまなにしたの?」
「SRはね、キックでエンジンをかけるの。車みたいにスイッチをひねるんじゃないのよ」
キックでエンジンをかけるはわからないけど、相田さんの足が長いことは
よくわかった。
相田さんから予備のヘルメットを借りて、指示されるまま後ろのシートによじ登る。
「どこを持てばいいの?」
「右手は君のお尻のあたりにパイプが通ってるからそれを掴んで」
「左手は……左手は私の腰のあたりに手を添えて」
「えっ」
「用意はいい?行くわよ?」
「ちょ、ちょっと待って、いま手を添えるから!?」
相田さんは勢いよく、とはいかず、意外にもスムーズにバイクを発進させた。
目の前に相田さんの背中がある。
オフホワイトの革ジャンの襟から覗く、光を集める髪から目が離れない。
せっかくの好意でバイクに乗せてくれたのに、邪念でいっぱいなのはさすが
に失礼だ。
僕は懸命に意識を景色に向けようと努力した。努力し……
「うわぁ」
声が出た。
体が地面を滑っている。
腕が足が首が背中が風で洗われていく。
経験したことのない勢いで映像が切り替わる。
目の処理速度がぜんぜん追いつかない。
「なんだこれ!すごく気持ちがいい!!」
「そうでしょ!これがバイク、バイクなの!!」
気が付くと、コンビニに戻ってきていた。
でも頭が戻ってこない。
「どうだった?バイクって楽しいでしょ」
相田さんが尋ねる。
「う……ん、なんて言えばいいかわからないけど、楽しかったんだと思う」
「辻村くん、ポオッとしちゃってるよ、そんなに刺激的だった?」
相田さんは楽しそうだ。
でも僕はせっかくの相田さんとの会話なのに、言葉が出てこなかった。
いつの間にか家に帰っていた。
相田さんとはその後も話をしたようだけど、何を言ったかぜんぜん覚えていない。
ぜんぜん覚えてないまま服を着替え晩ご飯を食べ歯を磨き服を脱ぎ風呂に入り
パジャマに着替え布団に入って寝た。
バイク、楽しかったなぁ……