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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者、英雄あるいは魔王と呼ばれた男

作者: 健康な人

 勇者


 生まれながらにすべてををもつもの。

 敗北を知らず挫折を知らず喪失を知らない。

 彼あるいは彼女が戦った相手とは倒すべき悪である。

 すべてを持っているがゆえにつまらないと感じる。



 英雄


 努力をするもの。

 敗北を知り挫折し何かを失いすすむもの

 最後には勝利するか目的を果たす。

 そのために手段を選ばないがそれすら称賛されることが多い。

 山があり谷がある、つまり憧れるがなろうとは思わないもの。



 魔王


 悪の限りを尽くすもの。

 英雄や勇者以外には絶対に負けない。

 力を持っている割にはなぜその力を持っているかが分からない存在。

 どれほどの力を持っていても最後には倒されるというもの。

 ゆえに決められた流れに逆らうもの。



 男は英雄と呼ばれた。


 小さなころに男を除く村の住人を魔物に殺された。


 単なる偶然。

 魔物に滅ぼされた村の話など珍しいかもしれないが探せば見つかる程度のものである。


 だが人は理由を求める。


 かわいそうに。

 きっと魔王が襲わせたんだ。

 そうに違いない。


 そうして魔王が生まれた。


 男は力を求めた。


 あの時自分に力があればなにかが違っていたかもしれない。


 覆ることない過去を夢想する。


 あの時こうしたら、もしあの時に俺がいたら。


 男は酒の席でその話をする。


 自分が辿るべきであった最も正しい道を。


 勇者の誕生である。


 男は仲間とともに魔物を狩りつくす。


 血に酔い、己の力に酔い、すべてを蹂躙する己自身に酔う。


 最高の気分だった。

 魔王が血に、力に、己に酔った瞬間であった。


 そして仲間が倒れる。


 助けを求めようとも乾いた返り血で赤黒く変色した己と仲間たちを見て助けてくれるものは誰もいなかった。


 また喪った。


 過去しか見ていなかった男は先に進むという成長をしていなかった。


 男は仲間の喪失とともにそのことに気づく。


 殺戮の繰り返しはやめて未来に向かって生きなければ。


 そう思うがほかの仲間は止まらない。


 ここで仲間を見捨てて出て行ってしまえば男は自ら仲間を捨てたことになってしまう。


 それだけはできない。


 男は殺した。

 戦うべきだった魔獣を、戦争前は一緒に酒を飲んだ知り合いを、そして最後に狂いきってしまった仲間を。


 再び味わう喪失。


 虚しさをかかえ男は考える。


 どこで間違えたのだろうか。


 戦争に出たことか、魔獣を殺しつくしたことか、それとも魔獣を恨んだことか。


 男は戦争を裏で操っていた魔王を倒したことになっていた。


 魔王などいなかった。


 敵国の兵も自国の兵も口をそろえて言う。

 戦場で敵も味方もなく殺し続けた恐ろしい五人組がいた。

 誰が見ても最も強い男が死体の山に足を取られて視界から消えた。

 そのあと死体の山から出てきたのは返り血に染まった黒い服の男ではなく青を基調にしたところどころに赤の混じった服を着た男だった。

 その男は殺戮を続ける4人組を一刀のもとに切り伏せた。


 それは仲間を切った男の話だった。

 返り血を吸いすぎて重くなった服を脱いだだけである。

 下の服まで濡れていないのは服がいつ魔獣の返り血で真っ赤に染まっても仲間がけがをしたときに人に助けてもらえるようにと特注したというだけである。


 だが男は怖かった。

 真実を告げいもしない魔王として扱われることが。


 男は英雄になった。


 英雄は語る。


 返り血を浴びるのは勇敢な戦士かもしれぬ。

 だが真に勇敢な戦士は血で己を汚すことはしない。

 戦い死した戦士を威嚇のように使う真似は決してしない。


 これは己への自戒でもあった。


 英雄の言から戦いとはいかに相手を殺さないように終わらせるかを競うようになった。


 男はかつて語った物語のように正しい行いに救いを求めた。


 莫大な金を使い貧しいものを助ける。


 凄まじい武でもって盗賊を屠る。


 男は万能感に包まれた。


 かつて感じた己に酔っている気持である。


 だがそれでよかった。


 男はとうに酒では酔えなくなっていた。


 血と力に酔うことを許せない男は自分に酔うしかなかったのだ。


 だが男は自分が勇者と呼ばれていることを知る。


 かつて男が夢想したもの。


 間違いを犯さぬもの。


 正しい道を正しく歩んだもの。


 よりによって自分が勇者だと?


 仲間を殺すことで魔王から英雄になったような男が勇者だと?


 男は吐いた。


 それと同時に勇者に酔っているという酔いも醒めたような気分だった。


 終わらせなければ。


 英雄と呼ばれていた男は大戦の後町を出て放浪の旅に出たらしい。


 魔王と呼ばれた男は大戦の最中に四人の部下ともども英雄に討たれたらしい。

 だが四人の部下の死体は見つかったが魔王の死体は見つかっていないらしい。


 ならば勇者とよばれている自分はどうやって死ぬのだろう?


 男はいろいろな場所をさまよった。


 殺してくれ。


 自殺しないのは魔物に殺された村の生き残りとして残った最後の意地だった。


 殺してくれ。


 男は痩せ、髪は伸びもはや勇者としての面影など残していなかった。


 殺してくれ。


 それでも男は強かった。


 殺してくれ。


 すでに初老の域に入りながら男の強さは誰も超えることのできないものだった。


 誰か私(勇者)を殺してくれ。


 男の話は知らぬものがいないほど有名になっていた。


 地獄の底から戻ってきた魔王。


 かつて魔王を倒した英雄は旅から戻らず勇者と呼ばれていた男も十年以上前に行方不明になっていた。


 そんなとき一人の若者が声を上げる。


 私が魔王を倒してみせましょう。


 男はかつて男の村があった場所に来ていた。

 二十年以上前の滅びた村のことなど覚えているのは自分くらいのものであろう。


 手には抜き身の剣を持ち半分ほど白くなった髪は切りまとめもせず後ろに流しているだけである。

 よくて盗賊、悪ければ亡霊にしかみえない。


 男はまだ男の村があったころのことを思い出していた。


 あの頃は魔王も英雄も勇者も居なかった。


 そんなことを考えていると若者がやってきて声をかけてきた。


 私と勝負しろ、魔王!


 ああ。


 ようやく私(勇者)は死ねたのか。

 私は私(魔王)として死ねるようである。


 もはや体に染みついて取れることのないもっとも相手を殺すのに適した動き。


 対峙している若者もなかなかの使い手のようだ。


 ただ男には遠く及ばない。


 若者より三呼吸は速く剣を振る。


 若者は驚愕する。


 忘れることのできないかつての師匠(勇者)の技がそこにあった。


 師匠。


 三呼吸は速かったはずだ。


 声を発するどころか瞬きすら出来るのか怪しい。


 だが聞こえた。


 動きが止まる。


 やせ細った体は何の抵抗も見せず切り裂かれた。


 覚えている。


 誰よりも勇者が好きだった男の子。


 自分よりもはるかにまっすぐな男の子。


 あの時の男の子が立派な若者になったものだ。


 遠くまで来たものだ。


 男を呼ぶ声が聞こえる。


 このまっすぐな青年に伝えなければ。


 勇者は親しいものを切ってはいけない。

 どのような理由があろうとも。

 親しいものを助けられるから勇者なのだ。


 ただ魔王だけは別である。


 涙をのんで討たなければいけない時もある。


 男は魔王である。


 そういい抜き身の剣を渡す。


 十年以上声を出さなかったのどは地獄の底から響くような恐ろしい声を出すことしかできない。

 そもそも致命傷を負い十年以上声を発していないのどで声が出るだけでも奇跡の領域である。


 男が英雄と呼ばれる前から使い続けた剣である。


 戦場の血を吸い、大地を赤く染めるほどの魔獣を切った剣である。


 その歯はもはや血を吸いすぎて最初からうっすらと刀身が赤く染まりいくら切ったところで血で切れ味が鈍ることはない。


 抑えるべき鞘すら簡単に切り裂いてしまう正真正銘魔王の剣である。


 この魔剣をもって魔王討伐の証とするがいい。


 つまりは今がその時であるのだ。


 そういい男は笑顔で力尽きた。


















 後世この時代には二人の勇者と一人の英雄、一人の魔王がいたと伝えられている。


 魔王は勇者か英雄にしか倒せないほどの実力を誇っていたそうだ。


 英雄の誕生に恐れをなした魔王は魔獣に英雄の村を襲撃させた。


 英雄は何もできなかった己を恥じひたすらに己を鍛えたそうだ。


 そして魔王は送り出した魔獣ともども英雄を攻撃した。


 何度も、何度も。


 英雄は返り血に濡れながら魔王と戦った。


 そんな戦いの中仲間が深手を負う。


 治療を頼むが返り血で真っ赤に染まった血気盛んな若者など誰も係わりたくない。

 

 結局仲間は死んでしまう。


 英雄は悲しみにくれながら戦い続ける。


 そして最後の戦い。


 魔王は激突する両軍を無差別に攻撃する。


 頼もしかった仲間は魔王に操られてしまう。


 英雄は仲間を殺し魔王を討った。


 これでようやく平和になった。

 だがそれは始まりに過ぎなかった。


 魔王の本体は剣のほうだったのだ。


 英雄はそれを知りこの剣を誰も来ない場所に隠すことにした。


 だが英雄はその道半ばで魔王に意識を乗っ取られそうになる。


 もう限界だと感じたころに各地を回り人助けをしていた勇者が現れた。


 英雄は事情を話し勇者に剣を渡した。


 無理がたたった英雄は日の出を迎えず死んでしまう。


 勇者は英雄の頼みならと魔王の剣を持ち各地を回りながら誰も来ない場所を探した。


 だが勇者も道半ばで倒れることになる。


 勇者は魔王に体を乗っ取られ十年以上にわたり各地をさまよった。


 一般人を切らなかったのは勇者の精神の強靭さをうかがわせた。


 そして二人目の勇者が現れる。


 かつての師であり恩人でもある魔王となってしまった勇者を見て二代目勇者は思った。


 早く眠らせてあげないと。


 剣の交差は一瞬だったがわずかに二代目勇者のほうが速かった。


 初代勇者は魔王の剣の秘密を伝え息絶えた。


 その後二代目勇者は王城の地下深くに専用の安置部屋を作りそこに魔王の剣を封じた。


 一人の英雄と一人の勇者の犠牲を払い一人の魔王を倒すことができた。





 かつて英雄と呼ばれた男がいた


 かつて勇者と呼ばれた男がいた。


 かつて魔王と呼ばれた男がいた。


 この時代の話にはよくあるのだろうが英雄も勇者も魔王も凄まじい実力を誇り男であったことだけは共通しているというのは有名な笑い話である。




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