美味しいコーヒーは恋の味
ことりと私の目の前に置かれる湯気立つコーヒー。辺りに広がるコーヒーの匂いに体中の力が抜ける。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーです」
耳を擽るバリトンの声に視線を上げれば、ギャルソン姿の男性が穏やかに微笑みながら立っていた。きっちりとセットされた髪に隙の無い洗練された立ち姿にはいつ見ても惚れ惚れする。この人はこの喫茶店でギャルソンをしている有定さんといって私の思い人でもある。
「ありがとうございます有定さん」
「いえ。今日は何のスケッチですか?」
「秘密です」
手元のスケッチブックを覗き込もうとするので全力で阻止したら、有定さんは面白そうに笑って仕事に戻っていく。む、遊ばれたかな。見せれる訳無いじゃないか、小さな画面いっぱいに彼の姿が描かれているなんて。
こんな些細な触れ合いがとても幸せ。彼にとって私なんてただの常連客に過ぎないのだから。でもこうして少しでもコミュニケーションを取り続ければ私に何かしらの感情を抱いてくれるかもしれないから。こんなのただの独りよがりだってわかっている。
嗚呼、せっかく彼が入れてくれたコーヒーが冷める前に飲んでしまおう。一口、口に含めば広がるコーヒーの苦みとほんのりとした甘さ。ブラックを頼んだ筈なのだがいつも出てくるコーヒーはほんのり甘い。ここだけの話、ブラックは苦すぎて飲めないのだけれどついつい頼んでしまう。
夢中でスケッチブックに絵を描いていたら、マグカップはすっかり空になっていた。
「お客様、カフェラテはいかがです?私こう見えてラテアートが得意なんですよ。サービスしましょうか?」
「そうなんですか?じゃあお願いします。柄は有定さんが得意なので」
「かしこまりました」
キッチンへと去っていく後ろ姿を見つめながら一人でニヤついてしまう。また一つ彼の事を知れた満足感に満たされる。
しばらくして彼はラテの入ったマグカップを持って戻ってきた。ことりと音を立てて置かれたマグカップの泡に描かれていたのは可愛らしいハートのイラストとLoveの文字。呆気に有定さんを見上げれば、彼は耳まで赤くして私を見ていた。その視線はとても熱いもので私の知らない表情に混乱する。
「お返事お聞かせください。私はずっと貴女を見ていました。ブラック飲めないのに泣きそうになりながら飲んでいる姿を見て可愛い人だと思いました。あまりに泣きそうなものだから内緒で砂糖を入れて出していました。勝手なことをしてすみません。夢中で絵を描いている姿は綺麗だと思いました」
嗚呼、神様これは現実ですよね?答えなんて決まっている。ラテを一口飲んで心を落ち着かせてから私は口を開いた。
「こんな美味しい愛の告白は初めてです。こういう告白の仕方も素敵ですが、私は有定さんの口から告白の言葉を聞きたいです。答えはその後ということでいかがです?」
彼が息を飲むのが聞こえて思わず口元が綻ぶ。ずるいじゃないか私に言わせて自分は言わないなんて。数瞬後有定さんが口を開いた。
「私は貴女が好きですお付き合いさせてください」
少し声が震えているのに気付き顔を上げたら真剣な顔の彼と目が合った。視線を絡めたまま私は唇を開く。
「私も有定さんが大好きです。私でよければお付き合いします」
有定さんが出してくれるコーヒーが甘いのは砂糖の甘さだけじゃなくて、愛という隠し味があるからだと私は思っている。