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トンネルを抜けて

作者: 工藤光

 やけに長いトンネルだ。つい先ほどうたた寝から起きたが、それからもう10分は経っている。だが、不思議と違和感は感じない。ぼんやりとした意識の中で、私はこんなことになったわけを思い出していた。



 寒い雪の日になった、今日。私は東京を離れた。

 何か大きなことを成そうと上京したのが、7年前。あの頃の私は希望に胸をふくらませていた。幸せな未来も描いていた。だが、私が抱いていたいくつもの夢は上京して3年のうちに、ひとつまたひとつと破れていった。

 後の4年間は、こんなみすぼらしい結果で故郷に帰りたくはないという、変なプライドが私を東京に縛り付けていた。職を転々とし、たまに「大きくなろう」と変な気を起こしては失敗してまた職を変える。そんな、何も残らない空虚な時間が過ぎて行った。

 やがて生活は行き詰まりどうしようもならなくなった私は、最後まで取っておいた電車賃を握りしめ、わずかばかりの持ち物をしょってアパートを出た。

 せめて東京を離れる日ぐらい良い日であれかしと祈ったのに、天気はあいにくの雪。身を切るような冷風が、くたびれたコートの隙間から侵入してくる。めったに降らない雪がどうして今日に限って降るのかと、私は空を見上げ、こんな天気にした「何か」を恨んだ。

 東京駅の二十一番線ホームに止まっている「あさま」に乗り込む。上田は、もうだいぶ雪が積もっているだろう。両親はきっと雪かきに大忙しだろう。そんなことをぼんやりと考えているうちに、新幹線は発車した。

 新幹線というものは、基本的にすることがない。あるとすれば景色を見たり、車内誌を読んだりするぐらいだ。だが、今の私は景色をのんびりと眺めるような気分ではない。車内誌はもう読んでしまった。

 することがなくなった私は、リュックからMP3プレーヤーを取り出した。まだ金に余裕があったころに買った、唯一の贅沢品だ。適当にプレイリストを選び、再生する。今の気分には合わない、やけに明るい歌や恋の歌なんかが流れてくる。別のプレイリストを選ぼうとしたが、暗い曲を流したらもっと悲惨な精神状態なりそうでやめた。

 ふと、聞き覚えのあるイントロが流れてきた。夢を追って故郷を旅立つ男と、それを見送る恋人の、二人の視点から歌われている歌だ。東京に出てきたころはこの歌を聴いて自分を励ましていたが、いまの私には歌詞の一つ一つが突き刺さってくる。私は自嘲気味に笑った。

 そのうち、意識が遠のいていった。



 それにしても長いトンネルだ。一体いつまで続くのだろう。こんな長いトンネルはなかったはずだ。私はほかの乗客の反応が気になり、立って車内を見渡した。皆、いたって普通だ。電車を間違えたかもしれない。不安になったがもう手遅れだ。どうにでもなれと投げやりな気持ちになってきた。

「すみません」

 頭の上から声が聞こえた。お隣さんが来た。見上げると若い女性が立っていた。長く艶やかな黒髪、すんだ黒い瞳、整った顔つき。なかなかの美貌の持ち主だった。

 私は席を立ち、いったんわきへよけた。彼女が奥の席に座り、私は座席に戻った。

 私は彼女のことが気になった。彼女の美貌が原因のすべてではない。彼女はこの世の存在ではないような、そんな不思議な雰囲気をまとっていた。

「夢が破れたのですね」

 ふいに話しかけられ、私は驚いた。

「どうしてわかったんです?」

「夢に破れた人は皆、そういう表情をします」

 彼女が微笑みながら言った。不思議と腹が立たない。やはり、彼女は何か違う存在だ。

「あなたは、トンネルは何だと思いますか?」

「え?」

 私は訊き返した。あまりに唐突で意味がよくわからない。

「トンネルは何を象徴していると、何に似ていると思いますか?」

 突然の問いに戸惑いながらも、私は答えた。

「トンネルは……暗いですし、陰気な感じがします。だから、絶望や死。そう言ったものを象徴していると思います」

 言った瞬間、私は「しまった!」と思った。こういうたぐいのホラー小説は知っている。大抵この後主人公は死ぬ。世間には列車脱線事故と報じられて……

「私は」

 彼女に話しかけられ、心臓がはねた。おしまいだ。

「トンネルはそんな暗いものではないと思います」

 その言葉に私は彼女の方へ振り向いた。実に意外な言葉だった。

「確かにトンネルは暗いです。ですが、その先には必ず光があります。どんなに小さく、弱くても。常に光り続け私達を導く光が。希望が。だからトンネルは絶望であると同時に、希望でもあると思うのです」

 彼女が真剣な表情で言った。いままで絶えず浮かべていた微笑みは姿を消している。

「だから、あなたもくじけないでください。いま、どんなに苦しくてもその先にはきっと希望があります。止まることなく、恐れることなく前に進んでください。冬来たりなば春遠からじ、です」

 最後に彼女は、もう一度微笑んだ。全てを包み込むような、優しく温かい微笑みだった。

 その微笑みを見つめながら、私の意識はまた遠のいていった。



「次はー上田ー。上田ー。しなの鉄道はお乗り換えです」

 車内アナウンスで私は目が覚めた。降りる準備をしてふと隣を見た私は驚いた。そこには誰も座っていなかった。そこに彼女が座っていた痕跡すら残っていない。私は狐につままれたような気分になった。やはり彼女はこの世の存在ではなかったのだろうか。

 その時、新幹線はトンネルを抜けた。

 トンネルを抜けると懐かしい故郷が広がっていた。ここで、両親や旧友に囲まれて暮らしていくのも悪くない。私は新たな希望を胸にホームへ降り立った。


 はじめて会う方、はじめまして。そうでない方、お久しぶりです。工藤光です。

 今回が初の投稿なので、短編小説にしてみました。

 この小説は以前に書いたものに、若干の加筆修正を加えたものです。直しているうちに、ふと昔を思い出して懐かしくなりました。

 ここでこの小説の補足説明的なものを少し。

 JR長野新幹線の上田駅に止まる前の車内アナウンス。本当はトンネルを抜けた後にあります。今回は話の都合上変えました。

 「私」が聴いていた歌はいま大人気の「いきものがかり」の「KIRA★KIRA★TRAIN」です。いい歌ですよ。「いきものがかり」はお気に入りです。

 では今回はこれでお別れです。この小説を読んでくださった方、本当にありがとうございます。それではまたどこかでお会いしましょう。

                                  平成二十四年二月  工藤 光

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