一日もおろそかならず
即興で書いたので変なところがあります、たぶん。
申し訳ありません(><)
なあ、言ってしまえ。
お掃除用品が並んだ陳列棚を見上げている、彼女の横顔。
授業中ノートに板書を写し取っているときによく見る彼女の横顔と今目の前にいる彼女の横顔がまったく同じだったので、僕は妙に浮かれてアゲアゲな気分になってしまった。
なんて説明したらいいだろうか。小腹がすいて立ち寄ったコンビニで、お目当てのスナック菓子を見つけたときの「あっ、あった!」という喜びに似た、ちょっとした運命的な出会いというか、何ていうか。
だからだ。母親に無理やりおつかいに行かされたドラッグストアで彼女の姿を偶然見かけたとき、もうひとりの僕が僕にささやいたのは。
なあ、言ってしまえよ。来年こそ、特別な一年にしたいだろ? ほら、今がそのチャンスだ。冬休みだっていうのに、こんなところで会えたんだ。それだけで、かなりヤバメの運命的な出会いだと思わないか?
「ん、んっ!」
彼女の横に並び、わざとらしくもさりげに咳払いしたら、しめしめ。うまくいったぞ。彼女は僕の方を向いて、「あ、山口君」と驚いたように言ってくれた。
「お、鈴木じゃん。何してんの、買い物?」
今はじめて君の存在に気がついたぜ! なんて感じに言う僕。だけど、その反対に僕の心臓はどっきんどっきん。フルマラソン走った後みたいに汗もかいちゃって大騒ぎだったんだ。
「うん、そーなの。お母さんに洗剤頼まれちゃって。でもいっぱいあるから、よくわかんないんだよね」
さっそくチャンス到来。「どれどれ、ちょっと拝見」と自然に近づき、彼女が手に持っているメモを覗き込んだ。あー、至福のひとときだ。彼女から漂う女の子らしいいい匂いを思いっきり鼻をおっぴろげて吸い込む。
「うちのお母さん、こだわり持ってるらしくって。このメーカーの洗剤じゃないとダメなんだって」
おっと、危ない。彼女の話もちゃんと聞いておかねば。だが、彼女がそう言って指差した文字は、僕が全然聞いたことも見たこともない商品名だった。
「あー、これね。僕も知ってるよ。うちもおんなじヤツ使ってるんだ。よく汚れが落ちるんだってね」
どういうわけか、こういうときだけ僕の脳みそはよく働くんだ。商品の知識がないくせに、適当なことを彼女に言う。
「へえ、そうなんだ。山口君、詳しいんだね」
驚くべきことに、僕の繰り出した小技が思いがけずクリティカルヒット。彼女は、にこりと可愛らしくほほ笑んだ。
「でも、あんな高いところにあるから手が届かないの」
僕の顔をちらりと見た後、彼女は再び陳列棚へ視線を移した。なんていじらしいお願いの仕方なんだ。「うーん、どうしよう」ってな具合に小首をかしげちゃったりして。僕に任せてよ。君より一応背が高い男の僕には、お茶の子さいさい。なんてことないさ。
「ちょっと待ってな。取ってあげるよ」
けっこう男らしくアピれたんじゃないかな。僕は、難なく彼女のお目当ての商品を手に入れ、彼女の感謝の眼差しも手に入れることが出来た。
「山口君、ありがとう」
僕から商品を受け取ると、彼女は黄色のカゴの中に置いて僕に礼を言った。
これで彼女の僕に対する好感度はアップした、と思う。いや、間違いなくアップしたはずだ。
なあ、言ってしまえよ。
ごっくん。僕は生唾を飲み込んでから、本題を口にした。
「あ、あのさ。今夜、初詣なんか……行っちゃったりする?」
なんだよ、僕は。ここは男らしく「初詣一緒に行こうぜ!」って言うべき場面じゃないか。もう一人の僕よ、許してくれたまえ。これが今の僕の精一杯なんだ。
「うん。もち、行くよ。山口君は?」
買い忘れがないか確認しているんだろうか。僕の気持ちを知る由もない彼女は、しきりにカゴの中の物を気にしていた。
「うーん、ちょっとね。寒いの苦手なんだ。行こうかどうしようか迷ってんだけど……」
季節外れの線香花火が消えるように、シュンとしぼむ僕。せっかく二人で話してるのに、つれない態度だよな。胸がギュンギュン苦しくなってきた。すると、彼女がパッと顔を上げた。
「じゃあ、一緒に行こうよ」
――え?
彼女の目線が僕に向いた。
「ちょうど約束してたんだ。山口君も一緒に行こ? 皆で一緒に行ったら楽しいよ」
「一緒にって、皆で……?」
そういう意味で言ったんじゃないんだけど。いつのまにか僕の目線は下向きになっていた。
「ごめん、やっぱ寒いからやめとく」
「そっか、そうだよね。寒いもんね」
空気が嫌な感じに満ちる。彼女が実にあっさり納得したので、僕もそれ以上何も言わなかった。
「九百八十円になります」
レジで金を払い商品を受け取ろうとしたら、ふいに僕の視界に飛び込んできたものがあった。それは、見事にナチュラルに僕の中にすーっと入ってきた。
『一日もおろそかならず古暦』
レジのお姉さんの後ろに、毛筆で書かれた色紙が飾ってあったのだ。僕がじろじろ見すぎてしまったんだろう。お姉さんが気づいて話しかけてきた。
「中学生の子には珍しいかな? これ俳句なのよ」
「ああ、はい。どんな意味なのかなって……」
「高浜虚子っていう昔のエライ小説家が詠んだものなの。良い事も悪い事もあった一年だったけど全部大事。一日もどうだっていい日はないんだよ、って感じの意味かな。ちょっと違うかもしれないけど」
「へえ、そーなんですか」
「うちの店長がね、こんなとこに書いて置いたのよ。『坂の上の雲』ってドラマあったでしょう? それを見てね、感化されちゃって。登場人物に関係するものなら何でも読み漁ってるのよ、おかしいでしょう?」
「いえ、全然おかしくないです。カッコいいっすよ、そーいうの」
お姉さんのマシンガントークを苦笑いで受け流しつつ、僕は早々に退散した。
店を出て近くの交差点に着いたら、彼女が反対側の道を歩いているのが見えた。
なあ、いーのか、お前? もうひとりの僕が話しかけてくる。このまんまでホントにいーのか? 彼女の方から誘ってくれたんだぞ。
――けど、だけどさ。僕はその他大勢のひとりなんだよ。
わかっちゃいないなあ。一日もおろそかならず、なんだぞ。どーせなら良い事がいっぱいの一年の方がいーじゃん。『坂の上の雲』みたいに国を動かすことは難しくっても、自分の足を動かすことぐらいは簡単に出来るだろう? 僕は、僕なんだからさ。
――もーう、難しいこと言うなよ。僕のクセにさ。
僕は、自分でも信じられないほど大きな声を出して、一生懸命手を振り上げていた。
「鈴木ーっ。おーい、鈴木ーっ」
彼女が立ち止まってガードレールの前に駆け寄ってきた。照れくさそうにはにかんでいたけれど、僕に向かって手を振り返す。僕は、勢いに任せて彼女に呼びかけた。
「僕もやっぱ行くよーっ。何時に集合ーっ?」
「十一時ーっ、学校の西門だよーっ」
彼女も声を張り上げる。
「あったかくして来てねーっ。待ってるからーっ」
「おーっ! 絶対行くよーっ。誘ってくれてサンキューなーっ」
良い事も悪い事も、全部自分でつくる。誰のせいでも、誰のためでもない。全部自分のものなんだ。
一日もおろそかならず、だ。来年もそうありたい。
読んでくださってありがとうございました♪