第9話 世界を救ったオレの現状
――夢を見た。前世の夢だ。
この世界には七つの大陸がある。
人が暮らすのは中央の聖属性・エルディシア大陸。
その周囲には火・水・風・土・闇・光の六大陸が広がり、それぞれの属性に応じた亜人や魔族が暮らしている。
エルディシア大陸の中でも、聖光樹の森を中心に築かれたテラグリウス帝国は別格だ。
帝都グラン=テラシアの中心にそびえる聖光樹は一本の大樹ではなく、世界の魔力を巡らせる主樹と、周囲に芽吹く数千の若木──精霊の卵が織り成す光の森である。
主樹は世界の心臓、若木は血管。
森全体が脈打つように魔力を巡らせ、七つの大陸すべての精霊を支えている。
ゆえに帝国は”世界の心臓を守る国”と呼ばれてきた。
だが、その中心である聖光樹の森に異変が起きた。新たな若木が芽吹かなくなったのだ。
同じころ、帝国各地で魔物被害が急増し、遠い国々からは迷宮崩壊による大規模魔物氾濫の報せ。
身近でも魔導具の誤作動が相次ぎ、ついには魔力の少ない下級貴族が魔法を使えなくなった。
その異常はやがて、魔力の多い貴族へ――そして皇族にまで及んだ。
帝国は魔物との戦いが日常の、魔物対策国家だ。
なのに、帝国軍でさえ対処が困難となり、社会の根幹が揺らぎはじめる。
異変はさらに拡大し、大陸中で火山が荒れ、海は濁り、風は乱れ、大地は軋み、闇は深まり、光は弱まった。
明らかにすべてがおかしい。
原因は精霊の弱体化――そう最初に指摘したのは聖環神殿で、精霊庁もすぐに世界規模の異常を認めた。
――では、なぜ精霊が弱ったのか。
理由を求めて皇子ルクレオンが旅に出ることになったのは、そんな状況でもただ一人、安定して魔法を使えていたからだ。
……まあ、無詠唱ってことにしてたけど、実際は呪文ゼロ! 精霊に祈る魔法じゃなく、科学知識で魔力エネルギーを直接いじってただけですが!
六大陸を巡る旅は大変だった。 だけどオレは孤独じゃなかった。
頼れる仲間がいて、テンプレ王道少年マンガ的展開! 魔物と戦って、仲間同士でぶつかって、夜通し語り合って、気づけば絆が深まってて……みたいなやつ。
皆で力を合わせて、精霊たちの歪んだ感情――怒り、悲しみ、混乱、恐怖、絶望、希望――を一つずつ調律していった。
そうして世界が落ち着きはじめた、その矢先。
大陸を越えて届いた光還――テラグリウス帝国・皇帝崩御の知らせ。つまり、オレの父上が死んだということだ。
慌てて帰国したオレが見たのは、帝都中を覆う黒い瘴気。
発生源は聖光樹の森。父上はその森に突如現れたラスボス級の魔物に倒されたらしい。
瘴気が濃すぎて誰も近づけないかつての聖域。
けれど、オレだけは入れた。
『……我らがテラグリウス帝国を、いや、この世界を救ってくれるか、ルクレオン』
目の下真っ黒にした兄ちゃんに頼まれるまでもない。
だってルクレオンは、帝国各地のSOSに常に全力で応じてきた。 瘴気いっぱいの魔の森でも迷宮崩壊現場でも、元気いっぱいに魔物バイバイ魔法駆使!
……やー、公務で遠征すると学院の授業が全部“特例欠席”扱いでさ。 追試なし、補講なし、単位は最高評価!! つまり合法サボり……いや、人命救助を優先してたオレ、偉いな!!
実はルクレオン、精霊に瘴気を浄化してもらっていたわけじゃない。科学知識で結界を作っていた。
瘴気は汚染された魔素。酸素よりずっと大きい粒子みたいなもので、動きは風と電荷で決まる。
だから外へ流れる空気の流れと静電バリアを重ねれば、瘴気だけ弾ける。酸素は通すけど瘴気は通さない。
……って、前世のオレ、マジ天才!
そして、瘴気に侵された聖光樹の森の奥へ一人で踏み込んだオレは、ようやく精霊弱体化の真相を知った。
この百年で魔導具が普及し、人々の生活は便利になった。
けれど、その裏で精霊は休みなく働かされ、自然魔力は減り、魔素の循環は乱れ、小精霊が生まれにくくなった。
その歪みが積み重なり、魔物は暴走し、迷宮崩壊による魔物氾濫が各地で起きた。
なのに人間は大規模魔法で応戦し、精霊はさらに疲弊。
限界に達した精霊たちの悲しみが――”負の精霊王”を生み出した。
その闇は触れた者の魔力を腐らせ、精神を壊し、命を奪う。
聖光樹の祝福を最も受けた皇帝――父上でさえ、歯が立たなかった。
でも、オレは精霊を使わない。祈らない。
精霊魔法の外側に立つ魔法使い。
だからこそ、世界の理を変えられた。
そもそも精霊が弱っても、オレは魔法を使えていた。
なら、この世界の魔力そのものが消えたわけじゃない。
正確には魔力じゃなく、その材料になる自然界の魔素。魔素は空気みたいに世界中に満ちていて、減らない。
……ただし、この”魔素”って概念はオレの日本人的な理屈だ。
学院の授業ではこう教わる。
「魔力は霊核に宿る精霊の光」
「霊核は精霊の祝福が宿る聖なる座で、祈りと血統によって輝きを増す」
「丹田の霊核が弱ると魔法が出なくなる」
まとめると、帝国の“公式設定”はこうだ。
魔力=精霊の加護
霊核=その光を受ける座
魔法=祈りの延長
……はい、これが”正解”。こう書かないと追試決定!
でも、オレの感覚じゃ違う。
霊核なんて霊的な珠は存在しない。
丹田にあるのは――大気中の魔素を魔力に変換する”小さな臓器”、魔力核だ。
精霊が弱ろうが、加護が離れようが、魔力核さえ生きていれば魔法は使える。
逆に魔力核に異変が起これば魔法は止まり、完全に消えれば魔素中毒で死ぬ。
霊核の光だの加護だのという教科書の説明は、魔力核の働きを全部精霊に結びつけているだけだ。
そして、魔法の余波として散る熱、光、音、衝撃。
あれは全部、魔力核が魔素を変換したあとの”排熱”。
エネルギー保存則が働いている以上、魔力は消えない。ただ形を変えて散っているだけ。
問題は――その散った魔力が魔素の循環に戻らなくなっていたこと。
魔法文明が魔力を使いすぎたせいで精霊は酷使され、消費が回復を上回り、魔素の循環は乱れ、余剰は瘴気に。
その負荷に精霊は弱り、小精霊はほとんど生まれなくなった。
なら、答えはひとつ――散った魔力を、もう一度“魔素の循環”に戻す仕組みを作ればいい。
風の流れ、光の収束、水脈の流れ、大地の脈動。
自然現象そのものを魔力の回収路として再設計し、散逸した魔力を魔素へ戻す回路を世界中に張り巡らせる。
精霊に働きかける魔法陣も魔導陣も使わない。
世界の地形、気流、光路、地脈――それら全部を魔素循環の配管として組み替えるイメージだ。
オレが作ったのは、『魔素 → 魔力 → 余波 → 魔素』の循環を強制的に閉じる、世界規模の再生システムだ。
その結果、散逸していた魔力は風・光・水脈・地脈を通って大地へ帰り、世界は魔素を集め、自然へ返す呼吸を取り戻した。
魔素循環の永久機関。魔導具文明も魔法文明も、ずっと未来へ続く世界だ。
ただし、これを動かし続けるには、とんでもないエネルギー源が必要だった。
世界規模の循環を維持できるだけの、桁外れの魔力量と安定性を備えた“核”。魔素を吸い、変換し、供給し続けられる炉心。
その条件を満たせたのは――鍛えに鍛え、限界まで強化してきた皇子ルクレオンの魔力核だけだ。
だから、世界の流れを書き換えた瞬間、オレの魔力核は臓器としての形を保てなくなり、光に溶けて消えた。
肉体も、同じように――…。
それが、ルクレオンとしての最後の魔法だった。
◇◇◇◇◇
意識が沈んだり浮かんだり、夢うつつに声が聞こえる。
「こりゃ、いわゆる魔力熱じゃな。魔力の多い赤ん坊がよく出す熱じゃ。普通は一歳……二歳くらいまでじゃが」
あ、これ、じーちゃんセンセーだ。まだ生きてたのか、あのヤブ医者……。
「魔力自体は全身をくまなく順調に流れておりますので、無理に熱を下げるより、このまま身体に馴染ませた方がよろしいかと……」
知らない女の人の声に、目が覚めかけてはまた深い眠りに引き戻される。
「案ずることなかれ。妾はそなたの傍らを離れず。この母の庇護ある身なれば、心静かに眠り給へ、吾がいとし子よ」
遠くで響く母上の声。身体は動かないけど、頬をくすぐるやさしい指の感触だけはやけに鮮明だ。
(……あれ? オレ、前世で最後に母上に会ったのいつだっけ? 旅に出る前日に一緒に晩メシを食べて、翌朝、見送ってもらって……でも、旅から戻って……ヴェル兄上にも、ライ兄上にも会ったけど……母上は……?)
考えようとするたびに、意識が静かな水面の下へと沈みこんでいく。
音も光も遠ざかり、熱に揺らぐ頭は慣れ親しんだ香りにそっと溶けていった。
◇◇◇◇◇
――てな感じで、一週間。
母上に餌付けされたあとバタッと倒れて、オレはそのまま寝込みつづけたらしい。
……まあ、記憶が戻るなりガンガンに魔力を使ったからさ。灰ネズのガリ細ボディに負担かけすぎた自覚はある。
ほとんど夢の中だったけど、覚えていることもある。
額に載せられた冷たい布。爽やかな香油を腕や足にすり込まれ、丁寧に髪を梳かれたこと。
喉がかわけば吸い飲みがあてがわれ、おなかがすけば甘いものが流し込まれる。
背中をさする大きな手。そのぬくもり。
だけど、今――。
熱が下がって完全に覚醒して、緊急事態! 大問題発生!!
「――――――っ…!!」
寝たきりの病人だったオレ。三歳どころか三カ月の赤ん坊扱い! つまりこれ、下、オムツだよ!!
慌てて布団から抜け出そうとしたら、すぐ横から声がした。
「吾子よ。まだ寝ておれ」
「いっ、いや、あの、おっ、おてっ――」
「まだ熱が下がったばかりじゃ。あと三日は安静にせよと医者も治癒魔法師も申しておった」
身体を引き戻されて、布団越しにそっと押さえられる。優しいのに、逆らえない力。だけど、だけどさ!
「……っ、ここ、どこっ? オレ、その、灰ネズって、孤児で――」
「吾子よ。そなたは妾のいとし子じゃ。記憶が戻らぬなら、それでよい。じゃが、そなたは孤児ではない。妾の子じゃ」
きっぱり断言してくださいますが、今のオレはそれどころじゃない!
「オレっ、おてあらい! いっ、行かせてくれない人、キライっ!!」
一拍置いて、母上は静かに立ち上がった。
そして次の瞬間、オレ、縦抱っこ! コアラ赤ちゃんポジション!!
「ひゃあ!? なんっ――!!」
「嫌われては困るゆえ、連れて行ってやろう」
いいえ、全力で遠慮したい。させてください。 だけど――言い争ってる時間が惜しい! 本気でやばい!!
「ピピッ」
と、肩で鳴く黄色い物体。
あ、おまえ、いたの? いや今それどころじゃない! オレの尊厳とプライド、マジで危機一髪ですからっ!!




