第6話 さよーなら!
「ふあぁぁぁぁ……よく寝た」
常夜灯レベルに落とした光球よりも、ずっと明るい夜明けの光が岩陰に差し込んできた。
昨夜は結局、この場所でそのまま寝た。
森の中、しかも氷点下の土の上。普通なら凍死か、魔物のエサコース。
だけど、オレには空気服がある! 寒さゼロ、風ゼロ、湿気ゼロ。地面のゴツゴツもふわっと消える。むしろ孤児院の床より快適だった。
しかも魔力ぐるぐる常時発動だから、威圧で魔物も近寄ってこない! ……まあ、この辺で一番強いの、昨日の蛇だったっぽいし。
「いや、ほんと、オレって最強?」
でも、どんなすごい魔法使いでも生理現象には逆らえない。
岩の裏手に回って、広大な大自然のどこでもトイレを使わせてもらう。
「ふぅ……スッキリした」
手のひらにぬるま湯を作って、手洗い洗顔、口も漱ぐ。
すると、「ぐぅぅぅぅぅぅぅ……」って、健康的な腹の音。
「おお、この身体、だいぶ正常になってきてるよな。朝メシ、一人前くらい食えるかも……?」
平たい岩の上に置いていたズタ袋の口を開けて、中身を取り出そうとした。
「……ん?」
ズタ袋の中の革袋。中には黒パンと干し肉がまだまだたっぷり入ってたはずだ。なのに、
「……は?」
ぺしゃんこ。空っぽ。なにもない。ひっくり返して振っても、パンくず一つ落ちてこない。
慌ててズタ袋本体もひっくり返す。中身の入ってない水袋。そして、火打石だけが、ごろんと転がり出てくる。
理解が追いつかない。いや、理解したくない。
「ウソ、だろ……」
胃の奥がひゅっと冷たくなる。寒さじゃない。
これは――絶望。
当面の食料はあるから、しばらくなんとかなる。そう思ってた淡い希望が、ぺしゃんこにしぼんだ。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ……」
追い打ちみたいに腹が鳴る。空腹。飢餓。ふらっとブラックアウトしかけた視界の端で黄色いものが震えた。
「ピィ」
そこにいたのは、満腹・満足とでも言いたげに、お腹をぽこんと膨らませた黄色い謎生物――!
「おまえかあああああああああああああああああああああ!?」
三回分の人生で一番キレたオレの叫びが岩にこだまする。
黄色いヒナもどきはびくっと震えて、「ピィィィ!?」――って、その声、犯人の自白だろ!
「おまえ、どんだけ食ったんだよ!? あんなにあったのに、パンも干し肉も、ぜーんぶ、きれいさっぱり食いつくし!? てか、体積おかしいだろ!? パン一個だっておまえよりでかかったし、そもそもどうやって袋の中に……!?」
「ピィピィ」
「は? うまかった? 感想いらねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
オレがちまちま食べていくはずだった食料を、一晩で全滅させた大食らい。
昨日助けてやった恩を、見事に踏みにじる役立たず。
(……こいつ、マジで捨てたい!)
まだ寒さの残る森にこのまま置いていけば、すぐに凍えるか、なにかに食われるだろう。
こいつさえいなきゃ、もっと余裕を持って秘密基地を探せた。
こいつさえいなきゃ、今こんな空腹と絶望を味わわずに済んだ。
(捨てる? 今ここで、おさらば?)
黄色い謎生物は、オレの顔を見上げて「ピィ」と鳴く。
お腹まんまる、目はつぶら。恩知らずの大食らい。
だけど――オレが名付けた“キイロ”。
「……っ、あーもう! なんで名前なんてつけたんだ、昨夜のオレ!? これで捨てたら、ただのクズじゃん!!」
前々世、親のすねかじり。
前世、弱者切り捨て皇子。
三度目の人生で、拾った命を自己都合でポイ捨て?
「ったく……」
こいつのせいでメシは消えた。
でも、こいつを捨てたら、もっと大事なものを失いそうな気がする。だから――。
「……上がるしか、ないよな」
落ちるところまで落ちて、絶望は十分味わった。
これ以上、下を見ててもなにも変わらない。
なら、見るべきは、上だ!
「上だ。空だ。先を急ぐぞ、キイロ。さもなきゃ、てめーが今夜の晩メシだ!」
「ピィィィ!?」
ぴょんと飛び上がった謎の鳥は、ふんわりオレの頭に着地した。
「あれ? おまえ、飛べるのか? つーか、あれだけ食いつくしてもこの軽さって、質量保存の法則どうなってんだ?」
しかも言葉が通じてんのか通じてないのか「晩メシ」って脅しても、必死にオレの髪にしがみついてくる。ほんっとに変な生き物。
「よし、ちゃんとくっついてろよ。落ちんなよ?」
「ピィ!」
そこでふと思い出して、空き袋を持っていくことにした。
昨日は冒険者にあの重荷を背中へしっかりくくりつけられたが、オレ一人じゃ固定できない。
だからズタ袋をエプロンみたいに腰に当て、中に革袋と水袋、火打石をまとめて放り込む。最後に長い荒縄を腰のまわりに巻きつけて、袋ごとぎゅっと結んだ。
「よし、装備完了。行くぞ、キイロ」
「ピィ!」
空気を押して、掴んで、蹴ると地面が一気に遠ざかる。
「――さっむっっっ!?」
空気服で身体は守られてるけど、顔だけはむき出しだ。刃物みたいな風が頬を切りつけてくる。
頭の上のキイロも「ピィィィ!?」と悲鳴を上げている。
「ヘルメット! ヘルメット作る!」
空気を薄く圧縮して、キイロごと頭をまとめて包む透明バリアをイメージ。呼吸のための微細な穴も忘れずに――空気ヘルメット完成!
「これで寒くないだろ!」
「ピィ!」
空気を蹴って、さらに高度を上げる。森がどんどん縮んでいき、山並みが白い線みたいに遠ざかる。
「視力強化して……っと、城壁発見。あれがあの町か」
他にそれっぽいのがないから、あの城壁が灰ネズが住んでた町だろう。城壁自体は昨日の氷血大蛇が突っ込んでも壊れなさそうに分厚い。
でも、灰ネズを守ってくれるものはなにもなかった町。むしろ、でっかい牢屋だった。
「――さよーなら!」
上空からひらひらと手を振る。もうあそこには戻らない。二度と。
「灰ネズ人生終了。これからはオレの人生、オレだけのもの!」
頭の上で「ピィ!」。こいつ、ほんとに調子いいやつ。
とりあえず、太陽の位置を確認。白い光が差し込むのは東。
ぐるっと見まわすと、妙にまっすぐな黒い帯が目に入った。上空からだと、まるで大地を切り裂く一本の線だ。
「あれって……」
高度を少し下げて近づくと、やっぱり巨大な河だった。黒い水面が朝の光をぎらっと跳ね返している。
「やっぱオルド河!」
この河の向こう岸に広がるのは魔の森。河のあっち側、遥か彼方に霞む黒い木々から不気味な瘴気が漂ってくる。
人の住めない空白地帯。危険な魔物の棲み処で、まともな人間が近寄る場所じゃない。
だけど――前世のオレは魔物の氾濫を食い止めるために、魔の森の迷宮に挑んだ。そのとき飛竜でオルド河を越えたし、ノルドガルド領を上空から見下ろしたこともある。
「よし、まずはオルド河を下って海だ! そっから海岸線を南に行けば……まあ、そのうち見つかるだろ!」
空気服と空気ヘルメットのおかげで寒さも風圧も感じない。
広い空。どこまでも続く自由な空を駆け上がって、鳥も魔物も飛竜さえ届かない高度をオルド河沿いに一気に下る。
「……海だ!」
森と雪原と山――白と黒と灰色の世界が、ぱっと青に変わった。
その青は、地平の端まで続く巨大な鏡みたいにきらきら光っている。
「よし、ここから南!」
潮のにおいを感じながら、海岸線を南下する。
ノルドガルドでもこの辺りは海風と暖流のせいで少しだけあたたかい。雪がまだらに貼りついた山肌から白い湯気が立ちのぼっているのが見えてくる。
「……硫黄の臭い!」
空からでもわかるヴァルムホルン山中の温泉地帯。前世で何度か来た、北方の貴族御用達リゾートだ。
この山のどこかに、前世のオレが作った秘密基地がある。
目印は、特徴的な形の湖だ。
「あった!」
山あいに、くびれのある湖が見えた。上から見ると、まさにひょうたん型!
「――で、えーと、あの岩場だ!!」
ひょうたんの下ぶくれ、そのいちばん底あたりに黒い裂け目発見! 風を切って急降下!!
この先に、前世のオレが残した物資がある。
三度目の人生で、ようやく前世のオレが“本当にいた”って実感できた。




