第5話 未知とのソーグー?
「まずは、寝床!」
浮かんだまま、ズタ袋を置いていた岩陰に戻る。辺りはみるみる暗くなって、頬に触れる風が冷たさを増す。
「やば! 明かりと、保温しなきゃ」
魔力で空気中の細かい粒をぎゅっと集めて、「光れ」ってイメージでエネルギーを流し込む。粒が光り続けるように魔力で場を固定すれば――じゃじゃん! 光球完成!
手のひらの上の明かりは影が柔らかくて、目にやさしい。前々世の間接照明みたいな落ち着く光。岩壁にふわっと浮かべる。
「次、保温……空気シェルター? いや、この先のこと考えたら、空気服がいるよな」
昼間の飛行訓練で空気を押したり掴んだりしてたせいか、なんかもう空気魔法は身に染みついてる。
それに魔力循環と身体強化で体温上がっても、猛スピードで空を飛ぶのは危険!
風圧=冷気の暴力。ただ浮かぶだけなら平気でも、空を切り裂く速度になった瞬間、体温なんて一瞬で奪われる。
まして今のオレの服は穴だらけのボロ布。
もはや服というより布の名残。すり切れた繊維の隙間から冷気入り放題だし、ちょっと引っ張ったらビリッといきそう。
鳥の魔物と空中戦なんてしたら、風圧だけで全裸コース!
だから、
「空気で包めばいいじゃん!」
空気って、実はめちゃくちゃ断熱性能が高い。
熱は“固体→液体→気体”の順に伝わりにくくなるって、前々世の知識チート!
つまり、空気は熱を通しにくい最強のフワフワ素材。
魔力で空気を薄く均一に圧縮して、体の周りにぴったり貼りつくように固定する。
空気は分子同士の間隔が広くて熱が伝わりにくいから、一定の厚さで閉じ込めると断熱層になる。その空気の膜に包まれると、まるで透明なスーツを着ているみたいな感覚!
「……おお……あったか……!」
冷気が遮断されて、体温が逃げなくなる。空気の層が断熱材として働いて、外の寒さがまったく入ってこない。
つい今朝だって布団もなくて寒さに凍えてたのに、今は魔法でぬっくぬく!
「空気って……すげぇ……」
ただし顔と指先はそのまま。そこまで包んだらメシも息もできないし、さすがに不便。
よし、水分補給。ちょっとあったかめのお湯の球を出して、ごくごく。生き返るね!
そして、例の袋から初めての食材を取り出した。
干し肉。ビーフジャーキーみたいなやつ。
もちろん、過去のオレは食べたことある。でもこの身体は肉というものを一度も食べたことがない。
だから、味は知ってるのに、身体にとっては未知との遭遇。
おそるおそる、はじっこをちょびっと噛む。
「……しょっっっっぱ……!」
舌がびりっとするほど塩辛い。塩の塊をかじったのかってレベル。 口の中の水分が一瞬で全部持っていかれる。でも、
「……うま?」
脳がビリビリする。過去の記憶のうまみとは違うけど、原始的な快感。身体が初めての栄養に、全力で歓喜してる感じ。
「……くっさ……なまぐさ……でも、うまい!」
噛むたびに、獣の脂のにおいが広がる。獣臭さ。むしろ今のオレの鼻には調味料! 味が濃くて、歯ごたえが強くて、エンドレス噛み噛み……!!
「これ、何日でも持ちそうだな」
袋の食べ物はまだほとんど残ってる。
だって灰ネズ、胃が小さい。昼のパンだって半分も食べてないし、今だって干し肉五センチで腹いっぱい。
「まあ、こんだけしょっぱいんだし、寒いし空気も乾燥してるから、しばらく大丈夫だろ。なんならカビが生えてもいつものメシだし……」
ほんと、せつない。
だけど思い起こせば前々世、引きこもった部屋の中、PCの前で一人で高級フルーツグミもぎゅもぎゅしてた。
今は山の中でなまぐさい干し肉もぎゅもぎゅ。
場所は違う。世界も違う。食べ物の味も天地の差。
(……でも、このぼっち体制って、なんか落ち着くかも)
――ぐしゃっ。
その時、小さな音が聞こえた気がした。
「……ん? 今の音……下?」
光球のぼんやりした明かりに照らされて、足元になにか転がっている。黒っぽくて……でも、動いてる? コウモリ?
(さっきまで、なにもなかったのに……)
光球に魔力を送り込んで、光の粒の密度マシマシ、灯りを強くする。
黒ってより灰色? しゃがみ込んで、指先でつんとつつく。
「……冷たっ」
びっくりするほど冷たい。でも、かすかに上下してる。
呼吸……してる? 生きてるけど、もう限界。断末魔の最後の一息みたいな、そんな弱々しい動き。
死にかけの灰色の物体X。
死にかけだった灰ネズ。
なんとはなしに手が動いていた。
そっと両手に包み込むと、指先に伝わるのは氷みたいな冷たさ。
軽い。放っておいたら、次の瞬間には動かなくなりそうな、そんな命の軽さ。魔力が勝手に流れてく。
(これ、トリのヒナ? 鳥かぁ……唐揚げ……焼き鳥……。いや、食い物じゃダメだ。回復! 食うから離れて、癒し……風呂……あー、早くヴァルムホルンの温泉に入りてぇ……)
ぽかぽか温泉の湯気、湯面のゆらぎ。あの全身がほどける感じをイメージして熱を帯びたエネルギーをゆっくりと流し込む。
冷たかった物体Xは手の中で少しずつあたたかく、ぬくもりが戻るたびに、かすかに震える。
弱々しい命が「まだ生きたい」と訴えてるみたいな……と、ぱあっ、と淡い光が弾けた。
「……え、黄色!?」
謎の生物は突如として、真っ黄色に染まった。いや、染まったどころじゃない。もう別の生物だ、これ。
丸っこいフォルム。つぶらな目。短い羽。 そして――。
「……ラバーダック?」
まるで風呂に浮かべるアヒルのおもちゃみたいな、ビタミンイエローの鳥のヒナが、オレの手の中でぷるぷる震えてる。
「なんで? てか、かわ……いや、なんでっ!?」
「ピィ!」
元気よく鳴いた。完全回復どころか、テンションまで上がってる。
でも、記憶のどこを探してもこんな生き物いない。魔力の気配もない。鳥にしては丸すぎるし、羽短すぎて飛べる気もしない。
(……でも、黄色で可愛い……)
卵の黄身の黄色。ぽかぽかした陽だまりみたいな明るさで、見てるだけで元気になるような色だ。まあ、ピィって声も可愛いし。
「……”キイロ”」
つぶやいて、ふっと笑った。
黄色――日本語。
この世界のだれも使わない、オレだけの言葉。
でも、もういい。だれに遠慮する必要もない。オレはオレの好きに生きるんだ。
「そうだ。キイロ。今日からおまえはキイロだ」
「ピィ!」
キイロはオレの指にすり寄って、そのまま安心したように丸くなった。
弱くて、小さくて、なんの鳥なのかもわからない。完全に未知なる生き物だけど、どんな役立たずでもオレは捨てない。
この三度目の人生で、どこのだれが灰ネズを捨てたにせよ、
「――オレはオレを捨てない。目の前の小さな命も捨てない」
その夜のオレは知らなかった。この世には前世の挫折を上回る、未知の絶望が存在することを……。




