第4話 この世界の常識≠オレの常識
実は前世、オレはいくつか……いくつも挫折したことがある。
てか、内向的な日本人メンタルが邪魔して、貴族の社交界での笑顔の皮をかぶった心理戦とか、姫君との恋愛イベント強制発生システムとか、まっっったく参戦できなかった。
だけど、もっと根本的な問題。
一番最初に意識が覚醒して、赤ん坊転生キタキタ! なら定番設定、丹田に魔力? まずは『ステータスオープン!』って思うじゃん?
それが、その後延々と続く苦悩のベイビー時代の幕開けだった。
まず耳が聞こえるようになっても、言葉わかんねぇ……。
目が見えるようになって、やたら豪華な室内とキラキラドレスの周りの人とふわふわ精霊に異世界転生確信したけど、≪鑑定≫できねぇ……。
とにかく必死に単語を覚えて、三歳くらいで難しい魔法の本が読めるようになったけど、どこをどう探したってマジックバッグが出てこない!
で、このへんでようやく気づいた。
この世界、魔法の前提がそもそも違う。
魔法は七属性――聖・火・水・風・土・光・闇――の精霊に“お願い”して発動する方式で、精霊が扱えるのは自然現象だけ。
オレの常識的な魔法はこの世界には存在しない!
レベル表示、スキル経験値、鑑定魔法、アイテムボックス、転移魔法、瞬間移動、時間停止、テレパシー、飛行魔法に浮遊魔法ですらないんだよ!!
理由は単純。
この世界の魔法は〈属性 × イメージ × 精霊〉でできているから、精霊が理解できない概念は形にならない。
だからこそ、精霊にイメージを伝えるための“呪文”が必須で、人間は魔力を対価に精霊へ依頼し、望む現象を起こしてもらう――らしい。
精霊は“自然現象の人格化”みたいな存在で、自然界に存在しない行為は担当外。
ステータス画面?
精霊は“数字で人間を評価する”なんて発想を持たない。自然界に「数値で生命を測る現象」なんて存在しない。
鑑定魔法?
精霊は“物や人の本質を読み取る”という行為そのものを理解していない。自然界に「情報を抽出する現象」なんてないし、精霊にとって世界は見える・触れる・感じるもので完結している。
空間魔法?
精霊は“空間”という抽象概念を認識していない。自然界に「空間を折りたたむ現象」なんて存在しない。精霊は地面・風・水・光といった“目に見えるもの”しか扱えない。
転移魔法?
精霊は“人間を瞬間移動させる”役割を持っていない。自然界に「生物が一瞬で別の場所に移動する現象」なんてない。
そして――飛行魔法?
精霊にとって人間は“空を飛べない生き物”。
自然界では、人間は地面を歩いて、鳥が空を飛ぶ。自然界に「人間が空を飛ぶ現象」なんて存在しない。
結果、この世界には飛行魔法が存在しない! これが常識!!
だけど、ぼくちんルクレオンは、言語や常識を知る前から、ばぶばぶ魔法修行に励んでた。
腹の中の魔力をぐるぐる全身にまわしながら、イメージするのは“空気の分子”。
目に見えないけど、空気は無数の小さな粒が高速で飛び回っている集合体で、主成分は窒素(N₂)と酸素(O₂)。
この分子の運動を魔力で刺激すると、分子の動きが速くなって“熱”になる。空気が温まれば膨らんで軽くなる。その分、周りの空気が流れ込んでくる――これが、ルクレオンの風だ!
やーもう、ほんと、オレ、天才って感じだよね?
だけど前世持ちで、人一倍空気の読める幼児ルクレオン。
この世界について知れば知るほど、「隠さなきゃ!」って隠蔽工作に必死になった。
だって、精霊を介さない魔法なんて、異端そのもの!
テラグリウス帝国の宗教は“聖環信仰”。
世界は七属性の精霊が巡り、人間はその加護を受けて生きている――というのが大前提。
皇帝は聖環の代行者で、魔法は精霊への祈りであり、呪文は精霊に願いを届ける神聖な儀式。
つまり、精霊を使わない魔法=宗教的にアウト。
精霊に祈らず、呪文も使わず、魔力そのものをエネルギーとして現象を起こすなんて、完全に神の領域への冒涜扱い。
だから精霊魔法を形だけ覚えて、
『吹き渡る蒼き風の御子よ、天と地の狭間を巡り、森を揺らし、雲を運ぶ透明の息吹よ。我が祈り、我が息、我が魂のさざめきを捧げ、その囁きをここに授けたまえ。そよぎ、揺らぎ、我が指先より放たれよ――《ヴェント・サンクティア・ウィスパリング》!』
とか、ちゃんとこっぱずかしい呪文唱えてたよ? これで起きる現象? 蝋燭の火がふって消えるだけ……。
まあ、精霊とツーカーな大魔法使いは無詠唱でも魔法を行使できるって、偉大なご先祖様の前例があったから、十歳で無詠唱マスターしたことにしたけどね!
厨二病呪文、さらば!!
だけど皮肉なことに、皇子ルクレオンはこの精霊を使わない魔法で世界救ったんだけどさ……。
とにかく! 今のオレは名もなき孤児!!
もう皇子じゃない。政治的にも宗教的にも気を遣わなくていい。だれもオレに期待しないし、だれもオレを見ていない。
だったら、
「飛行魔法、作ってやる!」
この世界ではだれも、考えることすらしない魔法。
人間は空を飛べない。世界と精霊の常識。
でも、オレは精霊を使わずに魔法が使える。そして魔力は万能エネルギー!
――空気の分子を温めて、膨張させて、圧力差を作って、浮力と推進力を生み出す。
理屈は分かってる。あとは魔力で再現するだけ。
てなわけで、岩陰から出てまずはジャンプ!
脚力強化! 魔力を脚に集中させて、地面を強く蹴る!
「――っ!」
ドンッ! すぐ落ちたけど、身長くらい行けた? 灰ネズ、かなり小さいけど、一メートルくらいの高さまで跳んだ! 着地の衝撃でボロ靴がぱっくり終了したけどね!!
でも、足裏は強化してるから痛くない。OK!
「もう、はだしでいい。オレはもう地面なんて歩かない! ずっと浮いててやる!!」
そう、重力に引っ張られて地面にぶつかるから衝撃を受けるわけで、なら、その重力を空気の力で相殺すればいい。
再び飛び上がって、落下の瞬間、空気の分子に魔力を流し込む。
分子の動きが一気に活発になって、空気が温まって膨張する。膨張した空気は密度が下がって軽くなり、上昇気流になる。
その上昇気流が、下からオレの身体を押し上げた。ふわっと落下速度が遅くなる。
「おおっ!? これこれこれ!」
ちゃんと押し返す力ができてる。
そのまま空気の分子を均一に温めて、身体の下に軽い空気の層を作る。その層が上昇気流になって、見えないクッションみたいにオレの体重を支えてくれる。
「…………っとと、よっ、と」
とりあえず地面から数センチ浮いた状態でバランスをとる。 足の下に、ふわっとした空気の手がある感じ。
「よし、もう靴、いらね!」
でも、ただ浮くだけじゃ飛行とは言えない。
オレは背中側の空気に魔力を流し込む。空気分子の運動をさらに速くして、温度を上げて、膨張させる。
膨張した空気は後ろへ押し出され――その反作用で身体が前へ押し出される。
「おおおおお!? 動いた!?」
すすっと滑るように前へ進む。背中を押す風の感覚。これ、完全に推進力だ。
「いける……いけるぞ……!」
さらに魔力を背中側に集中。空気の分子をもっと速く動かして、もっと膨張させる。
すっ、すっ、と身体が加速する。浮いて、滑って、前へ進む。
「飛んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ほんの数メートル。ほんの数秒。
でも、確かに”飛んだ”。
興奮で笑いが止まらない。何度も何度も浮いて、滑って、跳ねて――そして、ふと気づく。
「……あれ?」
視界が暗い。白く輝いていたはずの山の雪が青黒い影に沈んでいる。
空を見上げると、太陽は山の向こうに沈みかけていた。
「…………え、ちょ、待って。もう夜!?」
飛ぶのが楽しすぎて、時間の感覚が完全に吹っ飛んでいた。
と、腹の虫、ぐぅぅぅぅぅぅぅ……。
「腹、減った……」
飛べた。飛べたけど、記憶戻ってから、オレ一歩も前に進んでないよ!!
今夜の寝床もないし、夜の森は危険な魔物だらけ。皇子様、野宿なんてしたことないのに……。
「……オレ、生き延びられるのかな?」
でもメシは残ってるし、オレには魔力と、なにより自由がある。
もう遠慮はいらない。好き勝手に自分のイメージで魔法作っていいんだ!
「――なにがなんでも生き延びる魔法、作ってやる!」




