第3話 スローライフ挫折!
太陽はまだ高い。
腹もいっぱいになったし、目指せスローライフ!の第一歩として立ち上がって気づいた。
靴が、靴じゃない――!
ボロ布に草でできた縄をぐるぐるしただけの、足覆い? つま先出てるし、靴下以下の防御力!
これ、≪回復≫かけるまで、足の裏すっげー傷だらけのスプラッタだったんだろうな……。
「……こんなんで、よく歩けたな、灰ネズ」
冒険者たちはたぶん普通に歩いてた。大人の男の全力歩行なんて、七歳の子供がついていける速度じゃない。
しかも町の門を出てからここまで、山道をかなりの距離、歩いてる。二刻――四時間は歩いてないと思うけど、三時間以上ずっと歩きっぱなし……?
「なんか、変じゃね?」
灰ネズは病弱で栄養失調でいつもふらふらしてた。
だから、かまどの掃除係。夜明けの鐘が鳴り始める前にかまどの灰をかきだして、灰まみれで汚いから日中は屋外で外掃除。
でも非力で、薪も割れない、水も運べない。まともな仕事のできない役立たず。あげくすぐに熱を出してぶっ倒れる。
なのに、七歳まで生き延びた。名前をつけられた孤児でさえ簡単に死ぬあの過酷な環境で!
「――つまり、無意識に魔力で底上げしてたってたってことか」
記憶は戻ってなくても、この肉体には前世同様、膨大な魔力が潜んでいた。
だから身体が勝手に魔力を使って、体力を補助したり、体温を上げたり、筋肉を強制的に動かしたり。ときには出血を止めたり、ケガを治すこともあったのかも。
おかげで冒険者の歩く速度についていけたし、冬の屋外で一晩放置されても死ななかった!
だけど、意識してないから量の加減ができない。
霊核――ってか、魔力核から大量の魔力が噴き出したり、余分な魔力が身体のどこかに詰まるたびに熱出してたんだろう。
「それって、実はこの身体、頑丈? 生まれつき健康って、転生チート?」
いや、ボロ服に包まれたこの細い身体のどこを見ても健康には見えないし、足の裏が厚いわけじゃない。
防御ゼロの裸足同然。このまま歩けばフツーにケガをする。治癒魔法かけるにしても、まだ地面凍ってる。寒い。靴いるよ!!
「よし、ここはひとつ、魔法でちゃちゃっと靴メーキング!」
そうだ。靴がないなら作ればいい!
オレには魔法があるし、靴を作るくらい、前々世の知識で……って、オレ、ヒッキーだった!
「歩きやすい靴って、スニーカーとか、運動靴とか……? 小学生のときは履いてたけど……」
前々世の小六までの日常生活の記憶は薄い。とにかく勉強、塾のテストの点数・順位・偏差値で母親の機嫌が乱高下……!
その後、引きこもってるあいだは靴どころか、スリッパさえ要らないくらい、ベッドとソファーでダーラダラ。
高卒認定とか大学受験のときはぽちっと買った革靴履いたけど、痛くてかかと踏み潰したような……。
かといって、前世の皇子様の靴は考えるだけムダ。
靴ってより靴職人の芸術品? 飾りがいっぱいで留め具が複雑で、うかつに触ったら壊しそうな繊細さ。毎日、侍従に靴下から履かせてもらってたよ!
それに、魔法で靴を作るって……。
「素材、革? 布? ゴム? 靴ヒモって、草とか木からから作れんの……?」
前世のオレに求められてたのは最強戦力。
精霊が弱体化して魔物の氾濫で大変な時代だったから、とにかく火力強めにドカドカだった。
――ぶっちゃけ、靴とか服とかって、魔法なしでも作れるじゃん? 平民でも作れるじゃん? オレが作ってたのはドーンババーンな高強度土壁であって、ちまちました生活用品じゃねぇ!!
そもそも前世も前々世も深窓のご令息育ち。
料理どころか、皿も洗ったことないこのオレがスローライフ? ポツンと一軒家で一人暮らし?
われながら、無謀すぎ!!
「ははっ……。オレ、生活力ゼロかぁ……」
灰ネズはかまどの灰掃除とか、小さい身体ならではの煙突掃除もできるけど、細い煙突に押し込まれて、上から棒でつつかれて、すすまみれで咳き込んでたら十八歳より早死に決定!
戸籍もない孤児にこの国はとことん冷たい。
もといた町に戻ったら、児童管理院に逆戻り。
魔力あることカミングアウトしたら、平民使い捨て兵器一直線!
他国に行こうにも、そういや現在地、どこ?
孤児は無知が基本。知識教養なんのことやら、地図の存在も教えられていない。
「いちおー、ノルドガルド領のどっかのはずだけど……」
偉い院長センセーが時々、食事の前に『我がノルドガルド第十二児童管理院では――』って言ってたから、ここが北の最果ての辺境、ノルドガルドなのは確定。
だけど、住んでた町の名前も知らないし、
「あんま来たことないんだよなぁ、ノルドガルド……。寒いばっかで、なにもないし。領都、ガルドハイム? あ、でも、昔、ヴァルムホルンの温泉も行ったような……」
前世のオレが住んでたのは帝都グラン=テラシア。
世界の中心的な大都市で、さらにその中心部にあるエメルサンクティス宮殿がマイホーム!
かたやこの北の辺境は冬が長くて、魔の森に最も近い危険地帯で、帝国最貧だから領主が公爵でなく辺境伯で税金がなんたら……って、講義は聞いたし、テストも受けたけど、しょせん一夜漬け。とっくに忘却の彼方!
だって、前世のオレに一番必要だったのは魔物の傾向と対策。
ノルドガルド特有の魔物とか脅威度とか特徴ならばっちりだし、なんなら魔の森の迷宮攻略だってできるけど……って、そうだ!
迷宮じゃなくて、洞窟!
「洞窟で秘密基地! オレ、ヴァルムホルンで秘密基地作ったよ!」
ヴァルムホルンの温泉地は、寒くて貧しい北方領とは別世界。貴族の別荘が立ち並び、皇族が離宮まで構える北の避暑地だ。
夏でも涼しい風が吹き抜け、温泉と湖とサウナが揃った豪華リゾート地。まさに金と魔力で作られた楽園。
「夏に涼しいところで温泉だもんなぁ。ほんっと貧富の差」
冬に温泉は当たり前だけど、あそこは夏こそ温泉。
しかも、皇族専用の離宮エリアは湖を抱えた山一帯まるごと!
巨大なプールみたいな風呂や本格的なサウナ施設もあって、汗をかいたら冷たい湖に飛び込むのが定番だった。湖畔でキャンプしたり、魚を焼いてもらったり、オレがスイカ割り広めたり……。
だけど、ヴァルムホルンに最後に行ったのは八歳の夏。
魔の森の脅威が増して、ノルドガルドの魔物被害も増えて、優雅にリゾートどころじゃなくなった。
……でも、その後、魔の森の迷宮攻略はしたけどね。飛竜でノルドガルド領、ばびゅんっと飛び越えて!
とりあえず八歳のころはまだ無邪気なこどもだったから、岩場で見つけた洞窟にテンション上がって、
『ここ、オレのひみつきちにする! ひみつだよ? 父上にも、母上にも、兄上たちにも、ぜーったいないしょの、オレだけのひみつきち!』
お付きの侍従に頼んで、なんかせっせと運び込んだ気がする。毛布とか、非常食とか、ナイフ? 何度か通った気がするから、着替えのひとつやふたつ残ってるかも!
「うん。あそこなら今の季節、だれもいないし、なんなら住めるかも!」
ようやく行先が決まった。
だけど、立ち上がると足元スース―、地面は冷たいままの現実。
オレに靴は作れない。だけど、進みたい。秘密基地に行きたい。
そして、あるのは――魔力!
「そうだ、魔法で浮けばいいんだ!」
スローが詰むなら、fast! 急ぐなら、歩くより飛ぶほうが断然速い。
この世界に飛行魔法はないけど──オレが最初の空飛ぶ人間になってやる!




