第13話 湯けむりでアヒルぷかぷか
※ほぼキイロ回
兄登場まであと少し!
その後の騒動なんて、オレは知らない。
だって灰ネズくん、一週間寝込んでた超虚弱な、見た目三歳児だよ? 前世のおとぼけルクくんムーブ出しとけば、はいオールクリア。
大人たちがどんなにしかめっ面で難しい話してても、『ボク、あかちゃんだから、なんにもわかんなーい』って、すぴすぴ寝たふり!
……まあ、昔はほんとに言葉わかんなかったし、この世界だと小さい子の周りで風が吹いたり水や火が出たりするのは全部『精霊の悪戯』扱いらしい。精霊魔法、便利すぎん?(←棒読み)
昨日は魔力も頭も一気に使ったせいで、ガチで眠かった。
回復した母上が「吾子や……」って水を飲ませてくれたり、オムツまで替えてくれたけど、眠気が強すぎて食事もスルー。ひたすら寝落ちループ。
でも今朝は完全復活!
ミルクたっぷりのとろけるパンプディングに、ベリーのムースがうまうま最高!
母上も朝から肉をもりもり食べてて、昨日の紅茶だけの状態とはもはや別人。
「今日は顔色がよいな、吾子よ。元気を取り戻したやうじゃゆゑ、母と共に湯に入らぬか?」
「うんっ!」
ふふん、偽装工作カンペキ!
昨日のオレは、母上が倒れたのにビビって人を呼んだだけ。その後はただの体力切れ。
オレはもう終わったことは考えない。戻れない過去より、今だ! 未来へ進みつづけて、今度こそ十八歳より長生きするんだ!
てことで、待望の温泉へGO!!
ちなみに例の謎トリは、オレが残した朝メシをつついたあと、母上から肉まで追加でもらって食べていた。なのにサイズ変わんねーの、ほんと謎。
で、「ピィッ!」って勢いよくオレの肩に飛び乗ってきて、風呂についてくる気満々。
まあ、温泉に黄色い小鳥が浮いてるのって、テンプレだからいいけどさ……。
◇◇◇◇◇
母上に抱っこされて階段を降り、廊下を進んでいくと、ふわっと硫黄っぽいにおいが漂ってきた。
到着した離宮本館一階の大浴場は、たぶん見覚えあるはずなのに、改めて見るとやっぱバカでかい。
床は磨き上げられた白大理石で、壁には淡金の蔦模様が彫り込まれている。天井近くの窓から差し込む光が湯気に反射して、きらきら揺れてるのがセレブ感!
広い脱衣所には、知った顔の侍女三人が控えていて、ちやほやお世話してくれた。
「はい、腕を上げられますか?」
「髪を少し整えますね。痛くないですか?」
姫パジャマからすっぽんぽんになっても恥ずかしくない。見事なおこちゃま体形だし、それこそ今さらだしさー……。
母上は自分で髪をまとめて服を脱ぐと、さっと薄手の入浴着を羽織った。
その薄青色の布に見覚えがある。前世でルクレオンが贈った空泳鳥の薄羽製の布地だ。
羽毛の表面には常に空気膜ができていて、水滴が触れた瞬間に弾かれるから湯の中でも重くならない。しなやかで軽くて、肌に張りつかない高級素材。
母上への誕生日プレゼント、何にしようか相談したとき、侍従が勧めてきたから、ルクくん、トリ猟がんばった。
魔力を網みたいに広げて、魚をすくうみたいに空中から鳥をひょいっと引き上げる感じで。もちろん、その後の空泳鳥の回収やら解体やらは人任せ!
だけど――…。
(まだ使ってくれてたんだ……。たぶん十年以上前のなのに……)
顔のにまにまが止まらなくて、
「オレ、早く風呂入りたい!」
オレは母上のほうを見ないで先に風呂場へ歩き出す。
すぐさまキイロが頭に飛んできて、侍女の一人もついてきてくれた。
「滑りやすいですから、ゆっくり歩いてくださいね」
「うん。……っ、ふああーっ!!」
広い湯船の奥には金色の竜を模した注ぎ口があって、竜の口からお湯がどばどば落ちている。音と湯けむりの迫力がすごい。
こんな風呂が当たり前だったのは、もう遠い前世の話だ。風呂なし孤児院育ちの灰ネズの目には、超感動ものスペクタクル!
「すっげー、でかっ!」
「ピィィッ――!」
なぜかオレより先にテンションMAXになったキイロが、湯船の縁を高速で走り回りはじめた。
こいつ、やっぱり風呂のアヒルか!?
とはいえ、元日本人としては、まず洗い場へ。
標準装備の幼児用の椅子に座ると、付き添いの侍女が背後からかけ湯して、全身をふわふわの泡で洗ってくれた。
飛んできたキイロに泡を分けてやると、小さな手(羽)でごしごし。器用だと感心したのも束の間、「ピピッ!」とどや顔されるとムカつく。しかも――。
「……おまえ、なんで濡れても体積そのままなんだ?」
湯を張った湯桶に飛び込んだキイロは、やっぱり丸いまま。
羽毛があるのに濡れてもしぼまないって、本物の風呂のアヒルじゃなかったら、太ってるだけ!?
「吾子よ、湯に入るとしようぞ」
かけ湯を終えた母上にそう声をかけられた瞬間、謎トリのことなんて頭から消えた。それより風呂だ。巨人美女に抱っこされての贅沢風呂、イイネ!
ちょっとぬるめで、とろりとしたお湯につかると、胸の奥までじんわりほどけていく。
「はぁぁ……」
最高。温泉、サイコー! オレツエーよりサイコー!!
「気持ちよいか?」
背後からくすりと問われて、ぶんっと頷く。
「うん! すっごいきもちい!」
「ピィィッ!」
その時、キイロが勢いよく湯に飛び込んで、オレの目の前でばしゃーん!
「おまえ絶対わざとだろ!」
「ピ?」
「濡れ衣じゃない! ぜったいわざと! お返しだ!」
「ピィィィィ!?」
ばしゃん、と湯をかけ返すとキイロは慌てて逃げていく。でも竜の口の滝つぼに吸い込まれて、ぐるぐる回り始めた。
「あー、もう。母上、あいつ拾いに行っていい?」
「そなたが歩くには少し深うて危ふし。妾が抱きて参らう」
母上にしっかり抱きかかえられたまま、キイロ救助。
そのあともう一度、はああ……ってなってると、母上がオレの髪を撫でながら言った。
「柔らかき髪よな。妾が洗うてやらう」
「うん!」
洗い場の椅子に座ると、母上が後ろで膝をつき、長い指で髪をやさしく梳いてくれる。
シャンプーみたいなのは泡立たないけど、甘い蜂蜜の匂いでスイート癒し系。気持ちよくて、目がとろんとする。その目を閉じて、両耳を抑えてすすいでもらって、オレの髪は完了。
母上の長い髪は侍女が二人がかりだ。
オレは湯船の縁で足をぱちゃぱちゃして遊ぶ。キイロはオレの手前でつるんと滑って転んだ。
……もう無視でいいよね?
そして、髪を洗い終えた母上に抱っこされて、もう一度湯に浸かってのんびりまったり。
◇◇◇◇◇
脱衣所の大きな鏡の前には、彫刻入りの立派な椅子がずらりと並んでいる。
その一つの上に立たされたオレは、侍女たちから湯上りつるすべ肌にいい香りのクリームを塗りこまれた。
仕上げはクリームイエローの幼女ドレス……。
だけど、オムツじゃなくてパンツだから!
フリフリのかぼちゃパンツみたいなのだけど、オムツ布は免除!!
まあ、どうせ灰ネズっつーか、孤児は布代節約でノーパンだったしさ。あるだけましさ。
可愛い黄色の靴下とおくつも履かせてもらったよ……。
椅子に座った母上は侍女に髪を拭いてもらっていた。どうやらまだ髪を乾かす魔道具は開発されてないらしい。
「ねえ、オレが魔法で乾かしちゃダメ?」
「魔法? 面白い。やってみよ」
「うん!」
オレは母上の後ろに椅子を置いてもらい、その上に立って長い髪に手をかざす。
最初は強風で温度高め、仕上げは弱風で冷風。髪に優しい乾かし方だ。引きこもり時代に伸びた髪の手入れをAIに教えてもらったからね!
母上の髪がふわりと揺れ、光を受けてつやつやに輝く。
「……そなたの術は、不思議で、美しいの」
「へへ……オレの髪も一緒に乾いたみたい」
「見事なる術よ。うれしう思ふぞ。吾子には先に飲み物を運ばせよう」
母上はまだお肌のお手入れマッサージタイムがあるから、オレは本館一階のテラスへ案内されることになった。
例の謎トリは、わざとらしくよろよろ風呂から上がってきた。肩に載せたら、母上も侍女たちも目じりを下げる。このイエローコーディネイトって、こいつの色か……。
湖を望む展望テラスは、めっちゃ見晴らしがよかった。
ひょうたん型の湖が鏡みたいに空を映して、風に揺れる湖面がきらきら光ってる。
テラス中央には椅子とテーブルのセットが置かれていて、その横にちょこんと子ども用の高い椅子。オレの指定席ですね。
案内役の侍女がオレを抱き上げて座らせてくれる。座面はふかふかだけど、足はぶらんと宙に浮く。
「お飲み物をどうぞ」
侍女長が手ずからジュースを持ってきてくれた。
テーブルに置かれた木製のコップに、「ありがとう!」とオレが手を伸ばそうとした――その時だった。
湖の向こうの空に、赤い点が現れた。
最初は鳥かと思ったが、みるみる大きくなる。
翼が広がり、陽光を反射して赤く燃えた。湖面に影が落ち、風が巻き起こる。
「――――っ、あれって……」
一度も見たことはない。だけど、だけどあれはきっと――!
期待に胸を膨らませたオレは、椅子からぴょんと飛び降りた。
そして――飛ぶ。
だって、あれはぜったい、兄上だけの特別な竜だから!




