第12話 ジャパニーズ・エンタメ魂!
※兄はまだ出てきません
※キイロ(コメディー)も出番なし…
両腕でオレを抱きしめたまま、母上は沈み込むように絨毯の上に倒れた。
応接セットの下に敷かれた毛皮の絨毯はふかふかで、音も衝撃もすべてを吸収してくれる。磨き上げられた大理石の床、背の高い窓、重厚な家具――皇族の離宮らしい贅沢な空間なのに、今はやけに静まり返っている。
そして鼻をかすめたかおりに、背筋がざわりとした。
そういえば、母上は本来、公の場でしか香水をつけない。子どもとの食事前につけるなんて、ありえなかった。
なのに再会した母上からは、いつも聖光樹と光花の香りがして、時折、ごまかしきれない薬湯のにおいが混じってた……?
昔、帝王学で教わった。
皇族は、明確な嘘をついてはならない、と。
嘘は弱さであり、隙であり、一度でも見破られれば権威そのものが崩れる。
だから、耳にタコができるくらい、何度も何度も聞かされた。
「言葉を選べ。言葉は刃だ。振るう前に重さを測れ」
「肯定も否定もするな。余白こそが権威を守る」
「人は勝手に思い込む。わざわざ訂正する必要はない」
直接的な返答を避け、はぐらかし、煙に巻き、 “言っていないが、否定もしていない”状態を保つ。
それが皇族の話し方。
それが帝王学。
でも、そんな高度な話法なんて身につかなくて、オレが覚えたのは“必殺ルクくん泣き”だけだった……。
とにかく母上は嘘をつかない。だけど、真実をすべて語るとは限らない。
その母上が「まこと、敵はぬものよ……」と認めた。
つまり、もうごまかしきれないほどの重症ということだ。
とくり、とくり――オレの耳のそばで聞こえる鼓動が、次第に弱まっていく気がする。
「はは、うえ……?」
呼びかけても返事がない。ただ、腕だけが、オレを離すまいとしっかり抱きしめている。
それでもなんとか腕の隙間から抜け出して、母上の頭のほうへ回り込む。
「――母上っ…!」
近くで見ると、息づかいが浅い。顔色は悪くない――いや、不自然に血色がいい。
化粧が濃いんだ。目元の影を隠すために、超厚塗り特殊メイク。こんなの、ほんとにこの人らしくない。
額に手を当てると、ぞっとするほど冷たい。そういえば、さっき額を重ねたときも冷たく感じた。
嫌な予感が、はっきり形を持ちはじめる。
この世界では、ちょっとしたケガなら魔法で治せる。
水と光の小精霊を呼んで、やたら長くてこっぱずかしい呪文を唱えれば、擦り傷も切り傷も光って閉じる。
だけど、病気や手足の欠損は治せない。
精霊に「熱を下げて」なんて頼めば、場合によっては全身を凍らせかねない。微調整なんてできるわけがない。
手足や臓器の大きさは人によって違うし、精霊はその人の“元の形”なんて知らない。そもそも人体の細かい構造に興味がない。
治癒魔法は、あくまで“見えている傷を閉じる”だけで、失われたものを作り出すことはできない。
ただし、腕の立つ治癒魔法師なら、内臓に達する深手でも“傷を閉じる”ところまでは持っていける。
だから七年前、父上が母上を庇って命を落とした時に、もし母上も傷を負っていたのなら――それは、並の怪我ではなかったはずだ。
国政から退かざるを得ず、帰還した最愛の息子を迎えることもできず、兄上たちが口をつぐむほどの状態。
本来なら命を落としていてもおかしくないほどの外傷だったに違いない。
オレは反射的に、母上の下腹部――丹田へと手を伸ばした。
服の上から触れ、軽く魔力を流した瞬間、息が止まるほどの衝撃を受けた。
「……っ、ないっ!?」
そこにあるはずの“霊核”がまったく感じられない。
学院ではこう教わった。
「霊核は精霊の加護の座」
「霊核が消えるのは精霊に見放された証」
「霊核は血統の証であり、神聖不可侵」
霊核は光でできた霊的な珠で、祈りによって強まる神聖な器――誰もがそう信じている。
でも、オレは知っている。
それが霊的なものなんかじゃないことを。
ここには、本当は“臓器”があるということを――。
◇◇◇◇◇
まだ周囲の言葉すら聞き取れない赤ん坊時代。寝返りも打てない不自由な身体のまま、オレの頭はフル回転していた。
――異世界転生キター! 前世知識チートで最強ルート一直線だろ、これ!!
……でも、母上が傍にいるときは緊張しすぎて何もできなかったけどさ。ど迫力の巨人を前に固まっていただけなのに、周囲には「母の前では容体が安定する病弱な皇子」とか勝手に解釈されていた。ただビビってただけなんだけど……。
ひとりで寝かされている時間、オレはずっと探していた。
魔法がある世界なら、魔力の源になる“何か”が空気中か、身体のどこかに存在するはずだ。王道異世界転生なら絶対ある――信じる者は救われる!
そうしているうちに、腹の奥で“流れ”を感じた。
大気中に漂う見えない粒子が、触れられないはずなのに、身体の内側をかすかに刺激してくる。
オレはそれを魔素と名付けた。
その時点では、ただの“魔力の材料”くらいの認識だった。
けれど、魔素が身体に入り、腹の奥で熱を帯びた“なにか”へと変わっていく感覚だけは、はっきりと分かった。
じゃあ、その変換をしているのは何だ?
そう意識を向ければ向けるほど、腹の奥に“形”を持ちはじめる何かの存在が浮かび上がってくる。
魔力の流れも、そこから全身へ広がっていくのも、強くイメージすればするほど手に取るように感じられた。
血液みたいに温かく流れる道と、リンパみたいに濃く、ゆっくり流れる道。
それらが腹部の一点に集まり、そこから全身へ巡っていく。
血流。リンパ。細胞。臓器。
理科の知識で人体の仕組みを知っているからこそ、オレには確信できた。
ここには魔力の原料を魔法の源に変換する“臓器”がある、と。
だから赤ん坊の頃から、その“臓器”を鍛え続けた。
ゴージャス金髪巨人美女がいない隙を狙って、ベイビールクくんは大忙しだ。
魔力を循環させては圧縮し、放出しては主流路と副流路を広げ、魔力の器を少しずつ強化していく。
寝る間も惜しんで、せっせと鍛え続けた。
その結果、いろいろと最強になったけど……身長が尊い犠牲になった。
とにかく努力の甲斐あって、オレは帝国一の魔法使いになった。
ただし座学――ってか、学院の授業はろくに聞いてなかったから、成績はいつも合格点スレスレ。
魔物討伐の遠征っていう合法満点合格制度がなかったら、落第、間違いなしだった……。
地方からのSOSで出動するこの魔物討伐。
八歳のころからついて行くようになったけど、現場でオレの確信はさらに絶対的なものになった。
戦いの場では、魔物も、人も死ぬ。
何度もその場に立ち会ううちに、嫌でも目に焼きつく光景があった。
その臓器――魔力核は、空気に触れた瞬間に崩壊する。
腹が裂け、臓器が露出した途端、そこにあったはずの“核”は跡形もなく霧散する。
だから誰も気づけない。死体から取り出せない。宗教上では霊核は霊的な光として扱われる。
たとえ魔力核が残っていても、その場所に深手を負えば、瘴気に汚染されたみたいに息ができなくなって死ぬ。
それって、魔素が人体にとって有害だってことだ。
瘴気は“汚染された魔素”で、人体はそれを無害化できない。
でも魔素そのものも、魔力に変換できなければ細胞を壊す。
魔力核は“魔素変換臓器”。
生きるために必要な、生体炉心。
心臓や肝臓と同じ“生命維持装置”だ。
一方で、魔物の魔力核は魔素生命体だ。核が結晶構造だから残る。それが魔石である。
人間は有機型。
魔物は結晶型。
原理は同じ“魔素変換器官”で、ただ構造が違うだけだ。
だから、霊核なんて存在しない。
あるのは、魔素を魔力に変換する臓器――魔力核だけ。
この世界の魔法体系は、とんでもない勘違いの上に成り立っている。
……けど、ビビりなオレは沈黙を選んだ。
『世界の真理を握る』なんて厨二心は確かにくすぐられるけど、公表するとなれば話は別だ。
為政者として当然の心構えですら「これ悪役転生じゃね?」って震えていたオレに、『宗教革命の火種』『国家転覆級の理論』『文明の根幹の否定』なんて爆弾を扱えるわけがない。
だから、オレは黙って鍛えて、黙って強くなって、黙って魔物を倒した。
地動説を最初に唱えた人がどうなったか、地球の歴史は物語っている。
真実を口にした瞬間、オレは異端者として火刑コースだ。
誤解が制度になり、宗教になり、貴族社会の基盤になって――それでもこの世界は回っている。
もう、それでいい。
だけど――この世界の魔法は〈属性 × イメージ × 精霊〉。
精霊が理解できない概念は形にならない。
でも、オレの魔法は精霊も属性もいらない。
魔力という万能エネルギーを、自分のイメージだけで好きに扱える。
そしてオレは前々世、日本で――細胞の働きすらエンタメにしてしまう国で生まれ育った。
しかも人生でいちばん妄想力が暴れまわる十代に引きこもり、ひたすら大量の娯楽を摂取して、想像力を鍛えまくった。
その多彩で豊富なイメージが、そのまま“設計図”になる。
材料となる魔力は、なんでか今も引き継いでるルクレオンの魔力核でいくらでも生み出せる。
どんな細胞にもなれる iPS 細胞? 万能細胞?
魔力ならもっと簡単だ。魔力は万能エネルギー。イメージできれば、なんだって作れる。
――そう、オレならできる。オレにしかできない。
決意が、言葉として口からこぼれた。
「魔力は万能。オレも、万能だ! ルクレオンは世界の魔力の流れすら変えたんだ。人一人の臓器――たったひとつの臓器くらい、オレなら作れるに決まってる!!」
ばしっと頬を叩き、気合を入れる。
それから両手を母上の腹に当て、魔力を細い糸のようにして流し込んだ。
そこは、本来なら温かいはずの場所だった。
心臓が鼓動するように、肺が膨らむように、肝臓が血を浄化するように――生命の中心にある“働く器官”があるはずの場所。
でも今は、空っぽだ。
だからまず、器官の“芯”になる部分を作る。
魔力をぎゅっと握りしめるように圧縮し、雪玉を固めるみたいに、少しずつ密度を上げていく。
すると、冷え切った炉に火を入れるように、中心に小さな“熱”が灯った。
次に、“魔力をためる場所”を作る。
魔力は血液のように流れる。でも、流すだけじゃ足りない。 心臓に“部屋”があり、肺に“空洞”があるように、臓器には必ず“ためる場所”が必要だ。
だから光の粒をいくつも集め、小さな丸い空洞をひとつずつ並べていく。
それはまるで、柔らかい光で編んだ巣。
触れれば壊れそうなのに、確かに形を持った“器官の部屋”だった。
そして、“外から取り込む入口”を描く。
臓器は外から何かを受け取って働く。
肺は空気を吸い、胃は食べ物を受け取り、肝臓は血を受け取って浄化する。
なら、魔力核も同じだ。魔素を取り込む“入口”が必要になる。
薄い薄い光の膜を描く。
息を吹きかければ破れそうなほど繊細なのに、外の空気から魔素をすっと吸い込む、不思議な膜。
それが、魔力核の“呼吸”になる。
最後に、全身へ魔力を送る“道”をつなぐ。
心臓が血管につながり、肺が気道につながるように、臓器は必ず“道”と結びついている。
だから、魔力の流れ道――温かい主流と、ゆっくり巡る副流――その二つを、新しい臓器へ慎重に結びつける。
つながった瞬間、その場所で青白い光が脈打ち始めた。
空っぽだった場所に、温かい渦が生まれ、ゆっくりと全身へ広がっていく。
光で編んだ巣がふくらみ、中心の“火”が息を吹き返し、外の空気がすうっと吸い込まれていって――。
次の瞬間、母上の身体がびくん、と大きく震えた。
「……っ、できた……!」
安堵と同時に、腕から力が抜け落ちる。視界が暗く揺れ、魔力を使いすぎた反動が時間差で押し寄せてくる。
それでもオレは腹の底から絞り出すように叫んだ。
「――だれか! 来て! 母上がぁっ……!」
高い声は裏返ったが、離宮の静寂を破るには十分だった。




