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三度目の長生き!  作者: ゴトーゼスタ


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第11話 すろーらいふとは?

※兄はまだ出てきません



 いや、でも、仮にも皇帝陛下だからね?

 オレも、たぶん母上も、最初は兄ちゃんを巻き込むなんて、ぜんぜん考えてなかったよ。


 まず、オレのあまりのラブリーさに「ぐはっ!!」となった母上が、オレをぎゅっと引き寄せてほっぺたスリスリ。

 黒革の長椅子がぽよんと跳ねて、重みのある胸元まで一緒にどすんと来る! 役得!!


 でも、そのバウンドする視界に、とんでもない光景が飛び込んできた。

 卓上で「ピ……」と丸く寝息を立てるキイロ、そして料理の消え失せた空っぽの食器――!

 オレはたぶん七歳……三歳の子ども分くらいしか食べてないし、 母上も紅茶だけだった。なのに、大人三人分はゆうにあった料理がぜんぶ食いつくされてる!!


(この謎トリ、なんなの!?)


 あんぐり口を開けて固まったオレを、母上が片腕に座らせ直し、真顔で聞いてきた。


「吾子よ、そなたの望むところは、なんなりと叶へてしんぜよう。……されど、『すろーらいふ』とやら、いかなるものぞ?」


 この世界にない概念だから、日本語ってか、和製英語の音だけがそのまま伝わったらしい。

 なので、オレは思うところのスローライフを説明した。


「えっと、自給自足? ポツンと一軒家で、でっかい犬とか飼って、畑作ったり、狩りしたり……あ、山小屋でパン焼いて、チーズとろーって溶かすのもいいかも!」

「すなはち、そなた一人の住まひを設け、日々の食と衣を運ばせよ、との意なりや?」


「あ、うん! それそれ! ほら、オレ、前々世は平民だったから、フツーの人として暮らしたいんだ。皇子様の人間関係、大変だし、貴族のガッコとか行きたくないし……」

「今この離宮に仕ふる者、総じて十四名ほどなれど……なお多きと申すか?」


「え?」

「本館に常に仕ふるは、ヘルミナを含め侍女四名のみ。他の者らは警備棟・管理棟・厨房棟・厩舎にて務めを果たしておる。皆、そなたの前に姿を見せぬやうに取り計らふことも叶ふぞ。ここにて母と共に暮らし、そなたの好む獣を飼ふは、『すろーらいふ』とやらに成らぬのか?」


 侍女や護衛の騎士を含めて総勢十四人。多いようだけど、皇族感覚だとすっげー少ない。

 昔、この離宮に馬車で遊びに来たときなんて、護衛含めると数百人の大移動だったし、なにより……。


「あのさ、母上、えっと……ヴェル兄上とケンカしたわけじゃないよね? 代替わりして、冷遇されてるわけじゃないよね?」


 よく考えなくても、すっげーおかしい。

 だって、母上は天下のティエルシア皇后陛下だった人!


 父上――皇帝サルヴァリオンは、ガハハって感じの豪快な、ザルな性格。いや、細かいことを気にせず、ルクレオンの前世も『そうか!』の一言。まさに豪放磊落な頼もしい皇帝だったよ。

 でも、書類仕事はイマイチ……ってか、貴族との腹の探り合いの会議を必要以上に休んで、魔物討伐遠征! いや、学校サボってそれについてったオレも同罪ですが……。


 そうなると、全面的なフォローが必要になる。

 母上が軍を離れたのは愛する末子(ルクレオン)のためだけど、皇帝代理の仕事が山ほど積み上がってたって話もある。

 オレの知る限り、宰相が国の大事な話を真っ先に持ち込んでいたのは母上だし、貴族たちの陳情もまず母上のもとに届いてた。


 つまり、母上が実質この国を回してた。表向きの皇帝は父上で、実際に動かしてたのは母上――そんな構図。

 父上なんて『皇帝めんどい。ティエルシアが皇帝で、俺は皇配でよかったのに……』って、ぐちぐち愚痴ってたし……。


 ちなみに父上に性格がそっくりで、髪と目の色が母上寄りなのが二番目のライゼルト兄上。

 で、見た目は父上だけど、性格――というか、母上の執務処理能力を受けついだのが一番上のヴェルサディス兄上だ。


 ……オレ? オレは小さかったからね。小心者で、ぐいぐいリーダーシップって感じでもないし、とにかく見た目が小さいから。『女の子に生まれるはずだったのにね』って可哀相な子認定……。


 それはさておき、湧き上がる疑問。

 このヴァルムホルン離宮が本来使われるのは夏。

 なのに、春になったばかりのこの時期に母上がここにいる。使用人は最低限。

 しかも、ここでオレと一緒に暮らすようなことを言うからには、母上の中では、この北のへき地の離宮が今の住まいになってる。


 でも、七年前、この国はひどい状況だった。

 貴族も皇族も魔法が使えなくなって、魔物が大量に押し寄せて、国中が荒れまくってた。街道は壊れ、村は焼け、兵士も足りず、税も集まらず……って、おこちゃまなルクレオンでもわかるくらいの大混乱。

 再び精霊魔法が使えるようになったとはいえ、復興は大仕事だったはずだ。

 灰ネズの児童管理院での極貧生活を思っても、いまだに国中が貧しくて、復興道半ばのはず。


 なのに――母上が政治の中枢を離れる?

 国が混乱して、兄上は突然、帝位を継ぐことになって、めちゃくちゃ大変なときに?


「……そうだよ。母上が、今、ここにいるはずないんだ。国の立て直しだってあるし、新皇帝の兄上を支えてあげなきゃいけないし……。てか、本来メインで動くのは母上で、兄上はその補佐って形じゃなきゃムリじゃん。父上と母上がそろってて、ヴェル兄上が補佐してても、皇帝業ってすっげー大変だったのに……あの日だって、母上、忙しすぎてなかなか来れなかったし……」


 ルクレオンが六大陸巡りの旅に出る前日の食事の席にだって、執務に追われる母上は誰よりも遅く到着した。

 そして――…。


「――てか、母上、どこにいたの?」


 記憶のどこを探しても、母の姿がない。


「父上が死んで、オレが旅から帰ったとき――母上、いなかった。ヴェル兄上にもライ兄上にも会ったけど、母上には会わなかった……会えなかった? だれも何も言わなかったし、オレもそれどころじゃなかったけど……」


 オレの現在地は、長椅子に座った母上の片腕の上。

 ちょうどオレの目の高さにある母上の眉間には、深い苦悩が刻まれていた。宮廷で腹芸・作り笑い・ポーカーフェイスを極めた、このティエルシア皇太后陛下が――。


「……妾が、死ぬはずじゃった」

「え?」

「サルヴァリオンではなく、妾が。本来、死すべきは妾であったのに……あの男、最期に妾を庇いおって……。皇帝のくせに!」


 七年前、聖光樹の森で負の精霊王と対峙した時、父上の傍らには母上がいたらしい。

 そうだよな。ティエルシアは魔法が使えなくなったときこそ際立つ光速剣の使い手。皇帝を守るためなら、現役復帰っていうか、騎士として主君を護ろうとするよな。


 なのに、責任感の強い母上にとっては、最悪の結果になってしまった。

 だけど――、


「いいじゃん。好きな女を守って死ぬって、父上、すっげーかっこいいじゃん」


 男としては最高の花道!

 オレは両手で、母上の眉間に寄った皺を左右に引き延ばす。


「許してあげなよ。父上のことも、自分のことも。まあ、どうせ母上が死んだら、父上、生きいけなかっただろうし。結果的にオレは母上にまた会えて、最高に良かったからさ」


 たとえ父上が生きてても、髭のおっさんにこんな風に抱っこされたくない。うん。それくらいはオレにも男心がある!

 母上はオレの手を眉間からそっと外し、そのまま額を重ねてきた。触れた額は少し冷たい。視界いっぱいに長い金色のまつ毛がきらめく。

「……ルクレオンの遺産は、すべて妾が預かりおる」

「遺産?」

「七年の久しき歳月、そなたを見いだすこと能はなんだ、この母を恨むがよい」

「いや、別に母上のせいじゃ……」


 前世のオレ自身、また転生するなんて夢にも思ってなかったし、ついこないだまで記憶もなかった。瞳の色だって灰色なんだから、探しようなんてあるわけない。

 なのに、母上は伏し目がちに続けた。


「せめて児童管理院を、も少しまともなる処に整へておりさへすれば……と、妾を責むるがよい」

「いやいや、それこそ母上の管轄じゃ……」

「妾には、その力があった。今もなお在る。そしてルクレオンの遺産は、ことごとく妾の預りとなりぬ。そなたの私財ひとつにても、帝国の孤児らを百年は養ひ得む」


 新事実! 前世のオレ、億万長者だったって!!

 そういや、討伐遠征のたびに手当てが出てたかも? 魔物の素材の売り上げとか、土とか岩でババーンと城壁作っても報酬とか……うん。でも、金貨重いから、丸投げしてた。この世界、マジックバッグないし。

 だから、ぜーんぶ周りにお任せ。その代わり、支払いもお任せ! 前世のオレ、お金の管理もできないおこちゃま殿下!!

 政治も、前々世の日本人的な甘さで余計な口をはさむのが怖い。


「えっと……でも、孤児問題って、政治的に難しいんだよね? 孤児がおなかいっぱい食べられて、親のいる子が食事抜きってゆーのは、民衆の不満の元って……」


 ふいに額が離れた。鼻先ほどの近さでオレと目を合わせ、母上は言った。


「ルクレオン、そなたはこの世界の理を改め、人のみならず精霊までも救ひし者なり。ならば、たかが一国の規範を改むることなど、その母たる妾に出来ぬ道理はあるまい。成してみせむと、妾に願へ」


 その深い森の瞳に宿るのは、揺るぎない決意。

 けれど――、


「うーん、それよりさ、母上、オレの疑問に答えてないよね?  てか、答えないってことは、あの時――父上に庇われたけど、母上はオレに会えないくらい重症だったってことだよね? もしかしなくても、ここにいるのも静養のため? 母上、まだ完全に治ってないんじゃ……」


 母上の口元が、ほんの一瞬だけゆるんだ気がした。


「まこと、敵はぬものよ……。理では心得ておれど、そなたの小ささと幼き言の葉には、つひ心を惑はされてしまふ……」


 と、そこで母上の上体がゆっくりと傾いだ。長椅子から滑り落ちるように、絨毯の上へと音もなく頽れていく。

 その胸に強く、けっして落とすまいとするかのように、オレを両腕で抱きしめたまま――。

 ふわりと香り立つ、いつもの香水。だけど、その奥にかすかに混ざる草のにおい。


 ――ああ、わかった。これ、薬草のにおいだ。

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