第9話:共鳴する食卓、それぞれの美しき色
夕闇が、この大陸――前世の俺がやり込んだゲームでの名であり、今や俺たちの拠点となった「ルミナス・ガイア」を穏やかな群青色に染めていく。
レベルアップを経て、 「光の集積体」から 「共鳴する光導神」へと至った俺は、街中の街灯にその意識を預け、淡い光の粒子となって 仲間たちの営みを眺めていた。
新設された大通りの石畳の上。バラムとカイルが、最後のインフラ整備を行っている。
「おい、色男。その細腕で重いもん持つな。鏡でも見て、顔の傷でも心配してろ。」
バラムが、太い腕で巨大な魔導管を担ぎ、鼻を鳴らした。 地面を這うような低い体躯。油と煤にまみれた、お世辞にも「整っている」とは 言えない無骨な顔。だが、その手から生み出される 精緻な銀細工は、誰よりもマローの光を理解していた。
「……ふ。バラム、嫉妬は見苦しいぞ。この顔は、民を導くための旗印なのだ。
だが、君のその岩のような拳が、この街の土台を守っていることも知っている。」
カイルは、夕日に金髪を輝かせ、芝居がかった仕草で 汗を拭った。 誰もが見惚れるような美貌。
泥にまみれてもなお、一点の曇りもない 「正義」を体現したような男。
そこへ、静かな波のような魔力が流れた。
「二人とも、止まって。足元の地脈が乱れているわ。」
ルミナが、 細い指先を地面へと差し向ける。 彼女が精神を集中させると、足元の石畳に、幾何学模様を描くエメラルド色の魔法陣が浮かび、淡い光の根を伸ばして不安定な土壌を瞬時に固めていく。
精霊魔法と光科学の融合。ルミナの放つ魔法は、まるで祈りのように静かで、けれど 抗いようのない力強さがあった。
「助かるぜ、ルミナ。エルフの姉ちゃんがいねえと、この街は一日で砂に戻っちまう。」
「あら、バラム。それを言うなら、フィオナさんの演算がなければ、
私の魔法も ただの『願い』で終わるわ。」
監視塔の上で、フィオナがモノクルを光らせた。
「計算通りよ。マロー様の光子エネルギーと、ルミナの魔力の干渉縞……。
誤差0.003%。ああ、この調和を計測できる私は、世界で一番の幸せ者だわ!」
作業を終えた四人は、完成したばかりの広場のテラスで、ささやかな食事を囲む。マローという「光」が不在の、けれど彼を語るための食卓だ。
「……なぁ。俺は思うんだがよ。」
バラムが、大きなパンを齧りながら、カイルを指差した。
「カイルのその、女が泣いて喜ぶような面。正直、職人の視点から見りゃあ、
左右対称すぎて面白みがねえ。」
「なんだと?均衡こそが、美の基本ではないか。」
「はっ。使い込まれたハンマーの、あの歪なすり減り具合。
あれこそが、歴史であり『美』なんだよ。あんたの顔は、打ち立ての新品の釘と同じだ。」
カイルが苦笑し、ルミナに同意を求めた。
「ルミナ、君はどう思う。この無骨なドワーフに、美の真髄を教えてやってくれ。」
ルミナは、静かに果実を口に運び、遠くを見つめるように言った。
「美しさ、ですか。……私たちエルフにとっては、長い年月を経て、
ゆっくりと形を変える樹木のうねりが美しい。それは、カイルさんの端正さとも、
バラムさんの力強さとも違う。ただ、そこにある『時間の重なり』に惹かれるの。」
「私は、数式の純粋な解こそが、至高の美だと思うわ!」
フィオナがスープを飲み干し、モノクルを叩く。
「でもね。マロー様が、あの不器用なほどに真っ赤に、あるいは桃色に光る時……。
あの予測不能なスペクトルの乱れ。
あれを目にした時、私のロジックは全てゴミ箱行きになるの。
あれほど『美しい』崩壊を、私は他に知らないわ。」
四人の視線が、ふわりと夜空へ泳いだ。それぞれが 異なる価値観を持ち、異なる『美』を信じている。それは、かつての俺が暮らしていた画一的なオフィス街には、決してなかった豊かさだった。
(……いいなぁ。)
街灯に宿った俺の意識が、静かに熱を帯びる。
カイルのまばゆい光。バラムの鈍い銀の光。ルミナの深い緑の光。フィオナの明滅する知性の光。 どれが一番なんて、決める必要はない。それぞれが放つ不揃いな波長が重なり合い、この街の『色彩』を作っている。
俺が社畜時代、深夜のコンビニでサトシと語りたかったのは、こんな、なんてことない『違い』の話だったのかもしれない。
「さあ、マロー様が戻っていらした時に、恥をかかせぬよう。
明日の仕事も、精を出しましょうか。」
ルミナの言葉に、三人が力強く頷く。
俺は、誇らしさと、少しの気恥ずかしさを抱えながら、粒子となった意識を一箇所に収束させた。 明かりを消した街灯の傍ら。俺はまだ「人の形」を持たぬ、柔らかな光の球体として 静かに地面に降り立つ。
神様としては、食事は不要なのかもしれない。けれど、いつかあの輪の中に混じり、彼らと同じスープを飲み、『美味い』と笑い合いたい。
その渇望こそが、今の俺の、何よりの原動力になっていた。
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