第39話:神聖ローデリア教国
黄金の光が、『機巧の塔』の最上階から夜の闇を塗り替えていく。
俺は、サトシに肩を叩かれ、ようやく「元・丸尾一」としての
震えを止めることができた。
ポケットの中には、先ほど拾い上げた錆びついた基板の破片がある。
指先に触れるその硬い質感だけが、俺がかつて人間だった証拠のように思えた。
もし、ここがゲームの世界なのだとしたら。俺が成すべきことは、
このバグだらけの「設定」を強引に上書きし、誰もが笑えるハッピーエンドへと
書き換えることだけだ。
「……さて。
感慨に浸っている
暇はなさそうだぞ。」
サトシが、顎でテラスの向こう側を指した。
彼の視線の先、国境の地平線が、不気味なほど真っ白な輝きに包まれている。
その白光は、俺の放つ黄金の温かみとは対極にある。
すべてを拒絶し、塗り潰すような、無機質で冷徹な白だった。
※※※
「……報告します。
ギルバートの機械仕掛けの巫女が沈黙。
自らを『マロー』と名乗る謎の光神が、
塔を掌握した模様です。」
白亜の装束を纏った伝令兵が、その場に跪き、石畳に額を擦りつけて告げた。
そこは、『神聖ローデリア教国』。
大陸で唯一、「真なる白き神」を信奉し、それ以外の発光現象を
すべて邪教の欺瞞と断ずる、大陸最大の宗教国家の本陣だ。
巨大な浮遊祭壇の中央。
深い慈愛を湛えた瞳をゆっくりと開いたのは、教皇レオンだった。
「……機械の偽神を
打ち倒したのは天晴だが。
そのあとに現れたのが、
『桃色の輝き』を
放つ神だと?。」
教皇レオンは、遠く空を染める淡いピンク色の残光をじっと見つめ、
眉を微かに潜めた。
「不憫なことだ。
真なる白き光を知らぬ民が、次は
『桃色の悪魔』に惑わされているとは。」
教皇レオンにとって、光とは絶対的な秩序であり、「無色透明」であるべき
もの。感情に呼応し、赤面するように色を変えるマローの輝きは、
彼の目には、秩序を乱す「淫らな毒」としか映らなかった。
「光とは、導きであり、
裁きであるべきもの。
そこに『恥じらい』などという
下卑た感情が混じる余地はない。」
教皇の背後で、魔導科学と宗教的権威が融合した「聖騎士」たちが、
一斉に槍を掲げた。
その穂先からは、感情を一切排した冷徹な白光が、静かに漏れ出していた。
「我が教国の鉄槌をもって、
迷える魂に永遠の安らぎを
与えてやらねばな。
桃色の悪魔に汚染された地を、
白き沈黙で清めよ。」
※※※
一方で。
この一触即発の緊張感を、全く別のレンズ越しに観察している一団があった。
国境の険しい断崖の影。
派手な多色刷りのコートを纏った男たちが、最新鋭の魔導記録機を構えていた。
「……おい、見たか。
今の発光波長。
黄金から、
あの究極に『照れたような』
ピンクへの落差。
あれは『羞恥の変換』だぜ。」
リーダーの男、ジョーカーがレンズ越しに舌なめずりをした。
彼らは、大陸の最果てにある謎の多国籍エンタメ国家、『極彩色の楽園エデン』
から派遣された興行師たちだ。
「これだよ。
これこそが我が楽園エデンが
求めていた、『最高傑作』だぜ!。」
「教国のジジイどもは『邪教だ』なんて
騒いでるが。俺たちからすれば極上のショーだ。
あの神様の『恥ずかしがる姿』を独占記録
してみろ。」
ジョーカーは、レンズの絞りを調整しながら、塔の頂上に立つ
桃色の神影を、獲物を狙う野獣のような瞳で射抜いた。
「全人類の、抑圧された情動を、
あのピンク色の輝きが代弁してくれる。
大陸中の金が、俺たちのカジノと
劇場のチケットに転がり込むぞ。」
彼らは、世界の平和にも、神の威光にも興味はない。
ただ、「どれだけ売れるか」という一点において、
マローを最高の商材として見定めていた。
「さあ、潜入の準備を急げ。
ターゲットは、あの真っピンクに照れる神様だ。
解放の混乱に紛れ、あらゆる角度から
その『弱点』を暴き出せ。」
※※※
そんな周辺諸国のどす黒い思惑など露知らず。
俺は、塔の内装を眺めながら、今後の運営について頭を悩ませていた。
「サトシ君。」
俺は、少しだけ特別な含みを持たせて隣の友を呼んだ。
サトシは、俺が「神」として無理をしようとしているのを察したのか、
苦笑いを浮かべている。
「君なら、この『機巧の塔』を
どう運営する?。
ここには、巫女の支配から
解き放たれ、明日からどう生きれば
いいか分からない
数万の民がいるんだ。」
「丸尾さん。
俺を誰だと思ってるんです。
深夜のオフィス街で、数千人の
空腹のサラリーマンを
捌いてきたバイトリーダーですよ?。」
サトシは、塔の壁面に並ぶ魔導パネルを、まるでレジを打つような
軽快な手つきで操作し始めた。
「まずは、この塔の全階層を
カテゴリー別に『棚割り』します。
1階は物流拠点。
2階から10階までは生活居住区として
ゾーニング。
それ以上は、フィオナさんの研究室と、
丸尾さんのバックヤードですね。」
「棚割り、か……。
確かに、今のこの国には
『正しい整列』が必要だ。」
「その通り。導線が詰まれば、人はストレスを溜め、
やがて争いが起きる。
まずは、この塔を世界最大の利便性を持つ
『24時間営業の聖域』にするんです。」
サトシの言葉に、俺の脳内で前世の記憶が鮮やかに連結していく。
在庫管理、欠品防止、そして顧客満足度。
商社事務員として扱っていた冷たい数字の山が、今、民を救うための具体的な
施策として血肉を得ていく。
「それにしても、丸尾さん。
一番大切なのは。
アンタが『在庫切れ』に
ならないことだ。」
「在庫切れ……?。」
「神様ってのは、
この店の看板商品なんですから。
常にピカピカに光っててもらわないと、
客が迷いますよ。
特に、アンタが疲れた顔を
してたら、俺も働きにくい。」
サトシは、俺の胸にある光核のあたりを、親指でグッと指した。
「丸尾さん、無理しすぎ。
たまには、廃棄直前の
メンチカツ弁当でも食って、
裏で寝てなさいよ。」
「……ふふ。
サトシにそう言われると、
本当に元の人間に戻った気がするよ。」
俺が少しだけ肩の力を抜いて笑うと、背後で話を聞いていたカイルとルミナが、
安堵したように歩み寄ってきた。
「マロー様!。
その笑顔です!。
その温かい光こそが、
今のギルバートには
必要なのです!。」
カイルが感極まった様子で叫ぶ。
ルミナは、そっと俺の手に自分の手を重ねた。
「マロー様。
私たちは、あなたの不器用な優しさを
信じています。
あなたが桃色に光るたびに、
私たちの心も、同じように
温かくなるのです。」
「……ルミナ。
ありがとう。」
俺は、二人の言葉に勇気をもらいながらも、
不意に、塔の入り口付近に漂う「異物感」を察知した。
光科学を極めた俺の知覚は、空気中に漂う微かな「魔導記録」の
波動を逃さない。
(……誰かが、見ているな。)
それは、ローデリアの冷徹な監視とも違う、もっと卑俗で、好奇心に
満ちた視線。
「……あ。」
意識した途端、俺の金色の身体からパッと鮮やかなピンクの火花が散った。
「しまった!。
まただ!。
誰かに見られていると
思うだけで、勝手に
発光しちゃうんだ!。」
俺は羞恥のあまり、真っ赤になって顔を覆った。
その瞬間、塔の周囲に設置されていたエデンの「隠しカメラ」が、
あまりの光量にショートして火花を上げる。
「ぎゃああ!。
露出オーバーだぜ!。
あの神様、なんてデリケートな
反応をしやがるんだ!。」
外でジョーカーたちの叫び声が聞こえたが、俺はそれどころではない。
「フィオナ!。
早く、遮光カーテン……
いや、認識阻害の結界を!。
これじゃ、恥ずかしくて
塔の運営どころじゃない!。」
「マロー様、落ち着いて!。
今のピンク色の波長、
すごく綺麗よ!。
この国のリニューアルの
ライティングとして
最高の結果だわ!。」
フィオナが大興奮で魔導書にデータを書き込んでいく。
バラムにいたっては、「いいお色だぜぇ」とニヤニヤしながら
酒樽を担いでいる。
笑い声と、怒号と、そして羞恥の光。
それは、かつての俺が深夜のコンビニで眺めていた、混沌としていながらも
愛おしい「日常」の風景そのものだった。
たとえここが何者かのプログラムによって作られた世界だとしても。
この温かな騒がしさを「偽物」と呼ぶことは俺にはできない。
俺の脳裏には、先ほどポケットにしまった基板に刻まれていた言葉が
繰り返ししていた。
『誰かを幸せにするための
プログラムを。』
(……ああ、分かったよ。)
俺は、心の中で、名前も知らないかつての設計者に答えた。
商社の事務職として、誰にも見られない場所で数字を打ち込み続けてきた
俺の人生。
それが、この世界を救うために用意された「伏線」だったというのなら。
俺は喜んで、この恥ずかしいピンク色の光を世界中に振りまいてやる。
「サトシ。
カイル、バラム。
……そしてルミナ、
フィオナ。」
俺は、一人一人の名前を呼び、深く頷いた。
「俺は、この世界のみんなを、
一人残らず幸せにする。
ローデリアの教皇が何を言おうと、
エデンの連中が何を狙おうと。」
俺の身体から、羞恥のエネルギーが光子加速され、黄金と桃色が混ざり合った
「白銀の虹」が塔の頂上から天に向かって真っ直ぐに放たれた。
「俺が俺である限り。
この世界に二度と夜を許さない。
……でも、あんまりジロジロ見るのは、
本当に勘弁してください!。」
決意の言葉の最後に、情けない叫びが混じる。
けれど、その不器用な光こそが、絶望の淵にいた多種族を、本当の意味で
結びつけ始めていた。
黄金と桃色の光は、新たな歴史の地平を照らしながら、遥かローデリアの空まで
届かんとする勢いで伸びていった。
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