第37話:機巧都市ギルバート(前編)
たいへん長らくお待たせいたしました。
第三部:伝説編 ―不滅の光と真の救済―開幕です。
どうぞお楽しみ下さいませ!
鉄の匂いと、焼け付くようなオゾンの香りが、大気の底に重く澱んでいる。
機巧都市ギルバート。
そこは、蒸気と魔導が融合した、大陸一の「効率」を誇る国だ。
俺は今、皆と歩幅を合わせ、同じ視線で言葉を交わすために、
「人の形」を象って歩いている。
だが、その肉体の中心にある、純粋な光の球体である「光核」は、
この国の冷徹な魔力波に、微かな拒絶反応を示していた。
正門を潜った瞬間、カイルが鋭い目つきで、腰の剣の柄を握り直した。
「……マロー様、お気をつけて。
殺気はないのですが、この静寂……。
まるで、巨大な墓場の中に
放り込まれたような気分が。」
カイルの感覚は正しかった。
大通りには、数え切れないほどの市民が、絶え間なく行き交っている。
巨大な真鍮の歯車が、建物の壁面で一定のリズムを刻み重厚に回転している。
それなのに、「生きた音」がない。
商人の威勢のいい声も、子供たちの無邪気な笑い声も、恋人たちの囁きも、
一切聞こえない。
聞こえてくるのは、巨大な機械が奏でる重低音と、数千人の足が石畳を叩く、
不自然なまでに同期した足音だけだった。
「マロー様、見てください。
あの人たちの歩き方……。
まるで見えない糸で、
操られているようです。
エルフの森に伝わる、
傀儡の呪いとも違う。
もっと冷たくて、
無機質な何か……。」
ルミナが、俺の腕を掴んだ。彼女の美しい瞳には、恐怖よりも「生理的な拒絶」
が、ありありと浮かんでいた。
バラムは道端に設置された、街灯の支柱を、太い指先でなぞりながら、
不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……気に食わねえな。
この装飾、手作業の揺らぎが微塵もねえ。
職人が魂を込めて削る、『一点物』の尊厳を、
ここでは効率の名の下に、ゴミのように扱ってやがる。」
「バラムの言う通りだわ。
魔導波も異常よ、マロー様。
魔力の自然な循環を、特定の高周波パルスが、
無理やり上書きしている。
国全体が、一つの巨大な演算装置として、
強制的に動かされているわ。」
フィオナが愛用の魔導書を開き、空間に流れる、見えない数式を指差す。
広場の中央では、銀色の制服を着た役人が、無表情な市民たちを、
一人ずつ呼び出していた。
「市民番号402。
昨日の睡眠効率、0.8%低下。
脳の疲労蓄積を検知。
本日の配給から、カフェインを
3ミリグラム増量します。
代わりに、午後の休憩を4分間返上し、
作業効率の維持に努めなさい。」
宣告された男は、表情一つ変えずに頷き、
「最適化に感謝を。」と機械的に呟いて去っていく。
そこに、対話はない。
あるのは計算結果という名の、絶対的な『神託』だけだ。
「……反吐が出ますね。
あの役人のツラ、
本部の監査員より
冷え切ってやがるな。」
隣を歩くサトシが、いつもの調子で軽口を叩いた。
だが、その瞳は笑っていない。
彼は周囲を警戒しながら、俺にだけ聞こえる低い声で続けた。
「丸尾さん。
ベネトにいた頃、ゼノスさんの商団が
仕入れてきた噂を思い出した。
西の『覇道帝国ドラグーン』。
あそこの皇帝プーティーンが、
武力こそパワーって感じで
軍事圧力をかけまくってるらしい。」
「……プーティーン?
聞いたことがない名だな。」
「ええ、ギルバートの連中が、
あれを『非効率の極致』だと
嘲笑うための格好の材料に
してるくらいの旧時代的な独裁者ですよ。
力で押さえつけるプーティーンも、
計算で縛り付けるここの巫女も。
人間をただの『数』としか見てない
点では、どっちもどっちですよ。」
(……ああ。俺は、知っている。この空気。この、窒息しそうな匂い。)
俺の視界が、一瞬、モノクロームに歪んだ。
前世の記憶が、深い闇の底から、泥のように溢れ出してくる。
深夜二時。窓のない、狭い事務室。
切れた蛍光灯がパチパチと瞬く不吉なリズム。
目の前のモニターには、終わりが見えないエクセルの数字が並んでいる。
「効率が悪いぞ、丸尾。」
「生産性が、目標に届いていない。」
「代わりは、いくらでもいるんだ。」
上司の無機質な声。
感情を殺して、「申し訳ありません。」と繰り返していた、あの日々。
俺は、あの市民と同じだった。
丸尾一という、一人の人間ではなく、ただの『数字』として。
いつでも交換可能な、摩耗した歯車の一つとして暗闇の中で朽ちていったんだ。
「……マロー様?
マロー様!しっかりしてください!。」
ルミナの叫びで、俺は現実に引き戻された。
自分の手が、ひどく震えていることに気づく。
「丸尾さん。顔色が、廃棄直前のキャベツを、
さらに五日間放置したみたいですよ。」
サトシが俺の肩を軽く叩いた。
「サトシ……。ここは、あまりにも。
あの日、俺を殺した場所に、
似すぎているんだ。」
「ええ。最悪の店ですよ、
ここは。棚割りの概念も、
接客の喜びも、全部ゴミ箱行き。
ただ在庫を、
効率的に消費しているだけの、
24時間営業の地獄だ。」
サトシは、街の中心にそびえ立つ、空を突くような『機巧の塔』を見上げた。
塔の頂からは、神々しくも不気味な青白いホログラムが、街全体を覆うように
降り注いでいた。
『迷える子らよ、案ずるな。
すべての苦しみは計算の中に。
すべての喜びは管理の中に。
我らが神、”機巧の巫女”が、
汝らに最善の未来を授けよう。』
空から降ってくるその声は、透明感に満ちてはいたが、同時に、
底知れぬ冷たさを孕んでいた。
「……サトシ。
あの巫女、最高幹部以外には、
姿も見せないって話だけど。」
「ええ。この街の鉄壁のセキュリティじゃ、
正面突破はまず無理でしょうね。」
サトシは、周囲を巡回する監視ドローンを顎でしゃくった。
「ですが、丸尾さん。
完璧すぎるシステムには、
必ず『ゴミ捨て場』があるもんです。」
「ゴミ捨て場……?。」
「フィオナさん、あそこの巨大な排熱ダクト。
あそこのセキュリティは?。」
フィオナは即座に魔導書を操作し、塔の構造を遠隔解析した。
「……ふふ、サトシさん。
いいところに目をつけたわね。
あのダクトは、計算で出た『不要な廃魔力』を、
周期的に放出しているわ。
そのパルスに、波長を同期させれば、
私の魔導隠蔽で潜り込める。」
「よし、決まりだ。
バラム、あそこのハッチ、
音を立てずに開けられるか?。」
「おう、任せとけ。
バターを、熱いナイフで切るより、
簡単に開けてやるよ。」
俺たちは人々の視線が、「最適行動表」に釘付けになっている隙を突き、
影から影へと移動した。
バラムが光子定着させた指先でハッチの接合部をなぞる。
音もなく分厚い鋼鉄が切り取られた。
暗いダクトの中を、俺たちは一列になって進んでいく。
内部には複雑に噛み合う歯車の駆動音と、熱を帯びた風が吹き荒れていた。
「……マロー様。
さっき、老人が廃棄区域へ、
連れて行かれるのに気付かれましたか。」
前を歩くカイルが、声を絞って低く重く言った。
「ああ。見ていたよ。」
「……私には、難しい理屈は分かりません。
しかしながら、助けを求める者がいても、
『効率』を優先して見捨てるような世界なら。
私は、そんな世界をぶっ壊すためなら、
無条件でこの剣を振います。」
「……ありがとう、カイル。
俺も、同じ気持ちだ。」
俺は、暗闇の中で、自分の手を見つめた。
「……丸尾さん。間もなくメイン回路のバックヤードです。
ここから先は、最高幹部でも入れない、
真の聖域……。心して行きましょう。」
サトシの言葉に、俺は力強く頷いた。
ダクトの出口からは、異様なほどに澄んだそれでいて冷徹な、
青白い光が漏れ出していた。
この奥に、俺たちを、そしてこの世界の人々を『部品』として笑う存在
がいる。俺は胸の奥で静かに、けれど激しく脈動を始めた『光核』の熱を
感じていた。
「……行くよ、みんな。
俺たちの『仕事』を始めよう。」
俺は、照れ隠しに身体を微かにピンク色に発光させた。
人の身体のまま、その温かな、けれど闇を塗りつぶす輝きを纏い、
眩い光の聖域へと最初の一歩を踏み出した。
---後編に続く---
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