第36話:魔導公国アステリア(後)
第二部最終話ですが、かなりリキ入りました。
2話分になってしまったので、お時間あるときにでもお楽しみください。
アステリアの夜は、俺が放った「極光」の余波によって、
白く、そして静かに燃えていた。
命名を終えた魔物たち――
『至純の水霊』へと進化したスライムのアルト、
『翠風の技師』となったゴブリンのテノール。
彼らは、俺の後ろに、軍隊のような整然とした隊列を組み、
その新たな命の輝きで、澱んだ大地を浄化し始めていた。
その光景は、一国の軍隊を掌握した王のように、見えたかもしれない。
だが、俺の心の中にあるのは、勝利の凱歌ではなく、底の見えない
「予感」だった。
それは、この異世界において、最も恐るべき「前世の呪い」が、
発動する予感だ。
「……丸尾さん。
いい画だね。
実に、神々しいじゃないか。」
サトシの声が、静寂を切り裂くように響いた。
彼は俺の隣に立ち、手元の魔導端末を弄っている。
その口角の上がり方は、かつてのコンビニで、
『廃棄弁当の分配』を決める時の、あの残酷な慈悲の顔だ。
「サトシ君。
……その顔は、
あまり良くないことが、
起きる時の顔だね。」
「心外だなあ。
僕はただ、これから建設する、
『ルミナス・ランド』の、
事業計画について、
アドバイスをしようと、
思っているだけだよ。」
「ちょっと待って、サトシ君。
……ルミナス・ランド?。
いつの間に、
そんな名前になったんだ。
……僕、決めたっけ?。」
俺は思わず、自分の記憶を検索した。
けれど、出てくるのは、羞恥で悶絶していた時の断片的な叫び声だけだ。
「言ったじゃないか。
『――この地を、
僕の光で満たされる、
夢の国にするんだ!』
って、
ポーズを決めながら。」
「言ってない!。
絶対に言ってない!。
それは、
15年前のブログの、
3ページ目にある、
『光の王国』
と混ざってるだろ!。」
「まあ、細かいことはいいよ。
妖精たちも、
『ランド! ランド!』って、
喜んで合唱してるし。
……ほら、看板も、
フィオナがもう作っちゃったよ。」
サトシが指差した先。
新しく建設された、巨大な城の正面に、『Luminous Land』と、
マローの顔を模した、絶妙に腹立たしいロゴが、虹色に点滅していた。
「なんだ、そーなんだね。。。」
マローは外堀を埋められた様で納得せざるを得なかった。
「そうそう、見てごらん。
この、15年前のブログ、
『孤独な光の救世主』
というタイトルの、
個人ブログ。」
俺は、息を止めた。
そのタイトル。それは、俺が中学二年生の夏休み、誰にも言えない
万能感と、行き場のない孤独を、パスワードのかけ忘れた、
無料ブログサービスに叩きつけた、封印されたはずの「遺物」だった。
「……やめろ。
サトシ、それだけは。
本当に、取り返しのつかないことになるから。」
「『――漆黒の闇が、
俺様の右腕を、
音もなくドロドロと侵食していく。』」
「ギャアアアアア!。」
「『けれど、俺様の中に眠る、全波長の光が、それを許さない。』」
「やめてくれえええ!。」
「『俺様は、夜を終わらせるために、生まれてきた、孤独なフォトンなんだ。』」
サトシが、朗々と読み上げる。
その声は、物理的な質量を持って、俺の鼓膜を貫き、脳漿を、
羞恥という名の高電圧で焼き尽くした。
絶叫が、アステリアの荒野に木霊した。
俺の体から、かつてない濃度の、桃色の光が噴出する。
『羞恥。』
それは、自分の過去という、逃げ場のない『自分』に、直面した時に
生じる精神的な摩擦熱だ。そのエネルギーが、『光子加速』の回路に逆流し、
俺の制御を軽々と超えて暴走を始める。
「マロー様!?。
お体が、虹色に……いえ、
見たこともない色に、明滅しています!。」
ルミナが驚愕の声を上げる。
だが、今の俺には、彼女を気遣う余裕さえない。
頭の中に、中二病時代の俺が、黒いマントを羽織って、ポーズを決めて
いる姿が、スライドショーのように再生される。
「サトシ!。
消せ!。今すぐ、そのデータを、
原子レベルで、分解してくれ!。」
「無理だよ、丸尾さん。
これは僕の記憶という、
サーバーに、保存されてるんだ。
……あ、次のページも。
『――クラスの奴らは、
俺様の光の屈折率に、
まだ気づいていない。』」
「死ぬ……俺が死ぬ!。」
臨界点を突破した。
俺の背中から、巨大な光の翼が展開され、それがアステリアの空を、
極彩色に塗り潰していく。単なる七色ではない。
可視光線の全てを、物理的に重ね合わせた、「白銀の虹」。
全波長発光の真の姿が、アステリアの地を真昼のように照らし出した。
「フィオナ!。
エネルギーを抽出!。
制御を開始しろ!。」
サトシの指示に、フィオナが即座に反応した。
彼女の手に握られた、魔導演算デバイスが、唸りを上げて起動する。
「了解しました。
マロー様の光子エネルギー、
私の独自術式、『マロブラック』で、一括受領します。」
俺が放つ、眩しすぎるほどの白銀の光。
それをフィオナのデバイスが吸い込み、漆黒の「解析コード」へと反転させる。
これこそが、魔導学者フィオナの真骨頂。
光神のエネルギーを、物理的な「無色」へと収束させ、
精密な建築術式へと再定義する、彼女だけの魔導OSだ。
「……マロー様。
羞恥心の変換効率、理論上の最大値を、
更新し続けています。
このまま、テーマパーク建設術式を、
並列展開します。」
フィオナが、キーボードを叩くような速さで、空中に数式を投射した。
『マロブラック』の黒い奔流が、俺の白銀の光と混ざり合い、大地へと
突き刺さる。
轟音。そして、空間の歪み。
アステリアの湿地帯が、光の粒となって再構成されていく。
地面から、飴細工のようにしなやかな、鋼鉄のレールが伸び、虚空を
駆け巡る。
中心部には、俺の羞恥を象徴するかのような、白銀に輝く「光の城」が、
その尖塔を月へと突き刺した。
「わあ、大きいランプ様が、
お家を作ってる!。
キラキラ、ピカピカ、
とっても、楽しそうね!。」
集まってきた妖精たちが、俺の周りで狂喜乱舞している。
彼女たちにとっては、俺の「魂の叫び」さえも、賑やかなイルミネーション
の一部だ。
「あ、見て、お菓子のお家!。
あっちには、回るお馬さん!。
ランプ様、ありがとう!。大好きよ!。」
妖精たちが、涙目で悶絶する俺の頬を、小さな手で撫でていく。
その無邪気な温もりが、かえって俺の心を、複雑な感情で満たしていった。
一晩。わずか、一晩のうちに。
呪われた魔導の国は、世界最大のテーマパーク、「ルミナス・ランド」へと、
その姿を変貌させた。
そこには、ジェットコースターの勇壮な曲線があり、巨大な観覧車の悠久の
回転があった。
そして、その全ての動力源は、未だにサトシの足元で、
丸まっている、一人の男の「羞恥」なのだ。
「……丸尾さん、お疲れ様。
最高の出来だよ。
……あ、ブログの続きは、
また、次の拡張工事の時に、
読ませてもらうね。」
「……もう、殺してくれ……。」
俺は、涙目でサトシの裾を掴んだ。
『極光神』としての威厳など微塵も無かった。
「ああ……。
なんて、尊いお姿でしょう……。」
ルミナが頬を染めて見守っている。
フィオナまでもが、慈しむような視線を俺に向けていた。
彼女たちの目には、俺のこの惨めな姿さえも、
「民の喜びのために、己を削る慈愛の神」
として、脳内変換されている。
「……マロー様。
アルトたちが、制服に着替え終わりました。」
ルミナの、とろけるような声に、俺は重い頭を上げた。
そこには、『至純の水霊』へと進化し、完全な人型を得たアルトたちが、
サトシが用意した、「清潔感あふれる白いジャケット」に身を包み、
満面の笑みで立っていた。
「マロー様!。
見てください!。
俺たち、悪いスライムじゃ、ないっすよ!。」
その台詞。その屈託のない笑顔。それはまさに、前世で愛読した、
偉大なるスライムの盟主の姿に、どこか重なって見えた。
「……ふふっ。
ああ、よく似合ってるよ。
立派な魔物の国が、作れそうだな。」
俺は、黄色っぽいオーロラを無意識で放ちながらそう答えた。
「マロー様!。
この『接客』という魔法。
素晴らしいですね!。
お客様に、笑顔を届けることが、
これほど誇らしいとは、
思いませんでした!。」
「……そうか。
……君たちが、
幸せなら、それでいいんだ。」
誰かの笑顔のために、自分を役立てること。
前世の俺が、深夜のコンビニで、ただの一度も得られなかった、
「労働の喜び」が、ここにはあった。
俺は一人ではない。
サトシという、俺の汚点を知り尽くした、最悪で最高の理解者がいる。
ルミナという、俺の光を盲信する、純粋な魂がある。
多くの仲間たち、そして、救いを求めて集まった、魔物や精霊たちがいる。
「神」という役割は、あまりにも重く、恥ずかしい。
けれど、この「ルミナス・ランド」に、満ち始めている笑い声を聞くと、
あの中二病のブログも、無駄ではなかったのかもしれない。
そんな感傷に浸る俺たちの前に、数影の魔導師たちが現れた。
アステリアの「支配層」。
魔物を使い潰し、この地を墓場に変えた張本人たちだ。
「な、何だこれは……。
我が国の呪詛が、
一夜にして、
こ、こ、このような、
奇怪な建築物に……。」
老魔導師が、震える指で城を指差した。
俺はゆっくりと立ち上がる。顔はまだ赤いままだったが、
瞳には、冷徹な「極光神」の輝きが戻っていた。
「……君たちが、
この地の前責任者か。」
「何者だ、貴様は!。
この国は、魔導公国アステリアだ。
他国の神ごときが、勝手に風景を、
書き換えることは、許されんぞ!。」
俺は懐から、前世の名刺入れを模した、
魔導具を取り出し、一枚のカードを差し出した。
「マロー……?。
『ルミナス・マロー・
ガイア共栄国』……。
最高責任者だと?。」
「ああ。
君たちの『魔導開発』を、
全工程チェックさせてもらった。」
俺は一歩、踏み出す。
足元から広がる白銀の虹が、魔導師たちの足をすくませる。
「リソースの私的流用。
深刻な環境汚染。
そして何より、被造物に対する、
非人道的な仕様の押し付け。」
俺の声は、絶対的な重圧を伴って、彼らの鼓膜に「神の宣告」を刻む。
「……検収不合格だ。
全面的な、
やり直しを命じる。」
「な、何を……。」
「ここから先、
アステリアの法は消滅した。
この地は今、我が国の特区として、
再定義された。」
俺が指を鳴らす。
バス・フォルティッシモ率いるオークの守護騎士、
『金剛の守護騎士』たちが、地響きと共に魔導師たちを包囲した。
「抵抗は無意味だ。
君たちの魔法は、
すでに『マロブラック』によって、
全波形を解析済みだ。」
「フィオナ、
全魔力供給路を、
シャットダウンしろ。」
「了解、マロー様。
私の管轄下において、
権限を凍結しました。」
フィオナが空中に展開した、マロブラックの数式が赤く光る。
その瞬間、魔導師たちの杖から光が消え、彼らはただの、
無力な老人へと成り果てた。
「丸尾さん。
かっこいいねえ。
……さて、こいつらの研修は、
僕が担当してもいいかな?。」
サトシが、爽やかな笑顔で申し出た。
彼の手には、なぜか「接客マニュアル」と書かれた、
分厚い束が握られている。
「……手加減してあげてね。」
「もちろん。
コンビニの深夜シフトを、
三日間、不眠不休で回す程度の、
軽い研修だよ。」
それは、この世界のどんな呪詛よりも恐ろしい、
「精神的労働」の地獄だった。
俺は、哀れな魔導師たちに背を向けた。
空を仰ぎ見る。
テーマパークの虹色の光を反射して、北の空に、黒い影が差している。
「これだけの『光』を、
一晩で作ったんだ。
……周辺国が、黙っているはずがないよ。」
サトシの言葉通り、
極北の氷晶大国スノー・ホワイト。
覇道帝国ドラグーン。
大陸を支配する、真の列強諸国が、俺という「光」を、
脅威として認識し始めたのを、肌で感じる。
俺は立ち上がり、膝についた土を払った。
まだ、顔は赤いままだったけれど。
俺は「極光神」として、
虹色の光の中に、毅然として立った。
「……検収を始めよう。
この国の、『夜』を許さないために。」
アステリアの地。
かつての呪いの檻は、今、世界で最も眩しい、祝祭の場所へと生まれ
変わった。マローの光が、世界の境界線を、鮮やかにそして残酷なほど
美しく、塗り替えていった。
俺はもう、孤独なフォトンではない。
この光に集う民を、俺を「丸尾さん」と呼ぶ友を、
守るための「太陽」になる。
「……でもやっぱり、
あのブログだけは、
思い出すたびに光っちゃうな。」
独り言を漏らす俺の体が、再び薄いピンクに発光した。
背後で、「マロー様、お美しい!。」
と叫ぶルミナたちの声が、夜の遊園地に、
どこまでも明るく響き渡っていた。
次話から【第三部:伝説編 ―不滅の光と真の救済―】がスタートです。
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