第34話:聖騎士領ローランド(後)
カイルの放った最短波長「マロブルー」の蒼き衝撃は、物理的な運動
のみならず、聖騎士団が数百年かけて積み上げてきた「選民思想」という
名の分厚い装甲をも粉々に砕き散らしていた。
戦場に立ち尽くす5千の騎士たちは、自分の手足が、1ミクロンも
動かないという不可解な現実に、ただ目を見開くことしかできない。
「……光は!
光は我ら人間だけのものだ!
不浄なる多種族に、
主の恩寵が与えられるはずがない!」
騎士長リチャードが、動かぬ体で絶叫する。
彼の内側から溢れ出したのは、信仰という名の執着が変質した、
濁った泥のような魔力だった。
その光は、かつて丸尾一を救わなかった、
あの冷たい深夜の街灯に似ていた。
ただ、そこにあるだけで、誰の孤独も照らさない、傲慢で孤独な光。
「……暗いな。
君たちの光は、あまりに。
他者を拒絶し、自分たちだけを囲い込む光など、
俺から見れば、ただの質の悪い『闇』と同じだよ。」
俺は、リチャードの濁った魔力を、冷徹な「検収」の眼差しで
見据えた。
俺の背後では、魔導学者フィオナが、ホログラムのような数式を展開し、
凄まじい速度で戦場の魔力密度を計算している。
「マロー様、
敵個体の魔力波形、完全に旧世代のOSですね。
バグだらけで、見ていて吐き気がします。
……羞恥エネルギー、光子加速の燃料として、
供給を開始してください。」
「……分かっているよ。
彼らの祈りの視線が、
俺の内側で勝手に、
熱に変わってしまうんだ。」
ルミナス・マロー・ガイア共栄国の民たちが向ける、純粋で、
切実なまでの期待。それがマローの心臓を叩き、魔導科学的なエネルギー
へと静かに変換されていく。
「彼らの期待を裏切るなんて、
俺のちっぽけなプライドが、
許してくれないからね。」
そう言って微笑むマローの輪郭が、羞恥で、
ポワッと、とピンク色に光りだした。
それはどんな宝石よりも繊細で、どこか放っておけない、
神としての愛らしさだった。
俺の体から、激しいピンク色の光が噴出する。
その光子を、工作局長バラムが巨大な魔導回路で受け止め、物質化された
強固な「光の防壁」として戦場に定着させていく。
それは、剣も魔法も通さない、魔法科学による絶対的な「拒絶」だ。
そこへ、共栄国の精神的支柱であるルミナが、静かに、けれど凛とした
足取りで、最前線へと歩み出た。
彼女が纏うのは、癒やしの翠――
『マログリーン』。
それは、世界を潤し、あらゆる敵意を無力化する、可視光の旋律だった。
「……マロー様の光は、
誰かを排除するためのものでは
ありません。
……全ての命を、
等しく包み込むための温もりです。」
ルミナが空を見上げ、静かに歌を響かせた。
歌声と共に、翠色の光子粒子が雪のように、動けぬ騎士たちの上に
降り注ぐ。
『マログリーン』の光は、彼らの脳内に巣食う「人間至上主義」
という名のバグを、私の提示した最新理論によって、しれっと、
そして優雅に上書き消去していく。
「……あ。ああ。ああああ。。
心が、……静かに穏やかになっていく。」
一人の騎士が、剣を落とし、膝を突いた。
彼らの瞳から、狂信の濁りが消え、澄んだ光が戻ってくる。
それは戦闘による敗北ではなく、精神の「デフラグ」による解放だった。
「……エレーナ。
貴女も、もう自由です。
銀髪も、その瞳の色も、
マロー様の前では、
ただの美しい個性でしかないのです。」
ルミナの慈愛に満ちた言葉に、私の裾を掴んでいたエレーナの肩が、
激しく震えた。
彼女の体から、溜め込んでいた魔力が溢れ出し、
純白を越えた銀色の輝き――
『マロプラチナ』として覚醒する。
「……ああ。
私は、許されていたのね。
……この、不吉だと言われた髪色さえ、
この方の光の一部だったんだわ。」
エレーナは涙を流しながら、俺の服をぎゅっと握りしめた。
彼女の銀色の光が、ルミナの翠の霧と混ざり合い、戦場はもはや、
殺戮の場ではなくなっていた。
そこには、先ほど私が揚げた唐揚げの香りと、
そして、なぜかどこからか漂ってきた、懐かしいおでんの香りが、
「日常」の象徴として満ちていた。
俺は、進化直後の高揚感に似た感情で、少し目を潤ませ、
潤んだ瞳でリチャードを見下ろした。
全波長発光の予兆である、白銀の虹が睫毛に宿る。
羞恥で球体の体がピンクに光り、神としての威厳と、捨てられきれない
「可愛さ」が奇跡的なバランスで同居している。
「……検収不合格。
君たちの『正義』は、我が国の基準では、
ただの不良在庫に過ぎない。」
その宣告は、元サラリーマンとしての冷徹さと、神としての
圧倒的な説得力を持っていた。
リチャードは、その「究極の可愛さ」に、そして、抗いようのない神威に、
完膚なきまでに跪いた。
「……バカな。我ら騎士団が、
一滴の血も流さず、
『説得』させられるなど……。」
敗走し、誇りを失った騎士たちの間から、震える声で、一つの忌まわしい
地名が漏れた。
「……我らですら、この有様だ。
……あの、罪人たちが集う
『常闇の監獄島アルカトラズ』なら、
この異端の光を、
地獄への引導と呼ぶだろうか。」
「……いや。逆に、囚人たちはこの光を、
唯一の『救済』と噂し始めるかも
しれん。
……光の届かぬ深淵ほど、この輝きは、
毒のように回るだろうからな。」
人々のエゴ、澱んだ打算。泥濘のような執着に、
乾ききった裏切り。無慈悲な選別と、使い捨ての正義。
底なしの強欲。剥き出しの醜悪。
不気味に響く、監獄島アルカトラズ。
そこには、ローランドが見捨てた、数多の「不要品」たちが
詰め込まれている。
それが次なる激動の予兆であることを、俺はまだ、意識の隅に
留めることしかできなかった。
「……ふぅ。
やっと、終わったかな。」
肩の力を抜いた俺の前に、どこからともなく、ふらりと一人の男が
姿を現した。
ヨレヨレの制服。
名札には「サトシ」の文字。
「丸尾さん。無理しすぎ。
神様なんだから、もう少し現場に丸投げしなよ。」
「サトシ……か。……助かったよ。
君の顔を見ると、自分がただの人間だって、
思い出せる気がする。」
サトシは、白いビニール袋から、茶色い紙に包まれた弁当を
取り出した。
「これ、メンチカツ弁当。
賞味期限ギリギリ、OK。
……あ、ソースかける?
それとも、素材の味でいく?」
「……ソースで。
たっぷり、かけておくれよ。」
「温めはどうされますか?」
「???」
マローは、差し出されたプラスチックの容器を前に、思考を停止させた。
ここは異世界。電磁波で分子を震わせる魔法の箱など、存在しない。
「あ、ごめん、丸尾さん。
つい、いつもの癖が。」
「わっはっは、サトシ……。
君という男は、全く。」
マローは、おかしそうに肩を揺らして笑う。
二人は、久しぶりの出会いと昔懐かしい会話に、子供のように顔を
綻ばせた。その光景は、戦場に残る澱んだ空気を、
一瞬だけ忘れさせてくれる。
マローはそれを見て、自身の内側から湧き上がる温かな熱を感じていた。
「……ふふ、いいもんだね。」
無意識のうちに、普段の清廉な白い輝きが変質していく。
それは、穏やかな陽光のような、柔らかな黄色い発光となって周囲を
優しく照らし出した。
幸せの空気を演出するように、マローの全身から溢れる黄金色
のオーロラ。
「……あ、今のなし。
俺、何やってるんだろ。
恥ずかしいな……。」
自分の演出に気づいた途端、黄色い光はさらにピンク色を帯びて
混ざり合い、全波長発光の予兆を見せ始める。
「マロー様の多幸感による、
波長変換エネルギー……!
これぞ光科学の祝福です!」
フィオナが興奮して魔導器を叩く音を背景に、マローは照れ隠しに
顔を背けるのだった。
俺は、サトシの隣に腰を下ろし、プラスチックの箸を割った。
神としての重圧も、ローランドの騎士団の脅威も、
今は、この脂っこいメンチカツの匂いの向こう側に追いやる。
「……あ。......まい。……美味いな、これ。」
一口ごとに、俺は一人の『丸尾一』へと戻っていく。
戦場だったはずの荒野には、いつの間にか、カイルやルミナ、
そして降伏した騎士たちさえも混じり合い、ハクが配る炊き出しの列に
並んでいた。
多種族が笑い合い、昨日までの敵が、同じ空の下で腹を満たす。
それは、ルミナス・マロー・ガイア共栄国が掲げる、
「二度と夜を許さない」という誓いの、一つの到達点だった。
俺は、メンチカツを噛み締めながら、少しだけ潤んだ目で、
翠色の粒子が舞う空を見上げた。
夜はまだ、来ない。
俺の光が続く限り、この温かな「昼休み」は、終わらせないと、
心に誓いながら。
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