第31話:ルミナス・マロー・ガイア、国際社会へ
自由商業都市マリーナ・シンガ。
世界中の富と情報が、血管のように流れ込む、この巨大な人工島の中心。
全世界の首脳が集まる、『万国諸王会議』の会場。
その白亜の議事堂の控室で、マローは今、人生で最大級の、
「消えてなくなりたい」という欲求と戦っていた。
そこに立つのは、凛々しく整った青年勇者の姿。
マローが身に纏っているのは、フィオナやルミナ、さらにはドワーフの針子たちが、
マローには内緒で、寝る間も惜しんで作り上げた正装だ。
神の権威を強調するための、重厚かつ複雑な「光の意匠」。
物理的な布の装飾を超え、袖口から溢れ出す**「光子の残像」が、
議場の全方位へと、暴力的なまでの神聖なる威厳**を伴って放射される。
それは、かつての社畜サラリーマン、丸尾一が着ていた、
量販店の安物スーツとは、あまりにも対極にある、眩しすぎる代物だった。
「……サトシ君。
俺、今すぐ、有給使って、
バックレていいかな?」
見た目とは真逆でブルブルと、『光の意匠』を震わせながら、
マローは傍らの男に、救いを求めるような視線を送る。
そこには、なぜか機能美を追求した黒のタクティカル・ジャケットを着こなし、
金色の「A→Z」ロゴが刻まれたバッジを胸に付けた、サトシが立っていた。
カイルの紹介で大商人ゼノスの門を叩いたサトシは、持ち前の「バイトリーダー
魂」で商売の常識を塗り替えた。
徹底した在庫管理と棚割、そしてマローの光を前提とした「不眠不休の物流網」
を提案。その革新性に惚れ込んだゼノスは、自らの商会をサトシと相談の末、
『天網商会アマ・ゾーン』へと改名し、サトシを最高顧問へと引き上げたのだ。
AからZまで、どんな商品も24時間以内に届ける。
今や彼は、世界を股に掛ける物流の「エリアマネージャー」として、
マローの傍らに立っていた。
「ダメっすよ、丸尾さん。
無断欠勤は、一番給料に響きますから。
……それにほら、外を見てください。
あの『おでん』の売り上げで作った、
立派な社旗を。」
「……あれは国旗だよ。」
議場の高い天井から吊るされたその旗は、他国の古めかしい紋章旗の中で、
明らかに**「異質」**だった。
他の旗がただの布であるのに対し、マローの国旗だけは、自ら微かな「光子」
を放ち、周囲の闇を物理的に押し返している。
七色の縁取りが、生き物のように波打ち、見る角度によって色彩を変える
その様は、もはや芸術を通り越し、高度な演算によって制御された
**「光学デバイス」**そのものだった。
(……あー、やっぱり。真ん中の丸いの、僕の顔……っていうか、
球体の時の体だよね、これ。
なんか、指名手配書にライトアップされてるみたいで、
落ち着かないんだけど……!)
マローは壇上で、威厳を保ちながらも、その眩しすぎる自国の象徴から、
そっと目を逸らした。
マローが、神としての威厳と、元人間の情けなさを、天秤にかけながら
震えていると、議場の重厚な扉が開かれた。
議長が、厳粛な声で、歴史を刻む一言を放つ。
「新加盟国の、承認を行う!
――『ルミナス・マロー・ガイア共栄国』、
代表、登壇せよ!」
その瞬間、会場内の全首脳、そして全世界に、リアルタイムで
中継されている魔導盤の前の、何億という視線が、たった一つの、
小さな存在に集中した。
壇上に上がった瞬間、マローの顔は、熟れたリンゴ、
あるいは緊急停止ボタン、さもなくば、極上のワインレッド、
といえるほど赤らんだ。
マローは、マイクを前に、静かに口を開いた。
「……ルミナス・マロー・ガイア共栄国。
この列強の末席に、招かれたことに……。
心より、感謝を申し上げる……。」
一転して、マローの瞳から、「元・社畜」の、泥を舐めてきた者特有の、
冷徹な光が宿る。
「……だが、我らは光。闇に紛れた、
不誠実や過ちを……。見過ごす気は、
毛頭、無い……。お忘れなきよう。」
その言葉が、静まり返った議場に、冷たい氷を投げ入れた。
「……何だと?」
「新参者の小国が、我らに説教か……!」
首脳たちの間に、煮え繰り返るような、明確な「敵意」が広がる。
(……あああああ!言っちゃったあああ!カッコつけすぎた!
『夜は許さない』的な、中二病発言しちゃったよ!)
(……あああ、名前が……、正式国名が、恥ずかしすぎるんだよおおお!)
マローの脳内で、羞恥の核融合が起きた。
「丸尾」という、自分の名字が、
「光」や、「大地」といった、
大層な言葉に挟まれ、公衆の面前で連呼されている。
それは前世に全社員の前で、失敗した企画書を音読させられるより、
数千倍も過酷な公開処刑だった。
そして――爆発した。
凄まじい**「白銀の虹」**の光。
それは先日の極光神への進化時を凌ぐ、圧倒的な羞恥の輝き。
マロー・オーロラの全波長光子波が、議場の全方位へと、暴力的なまでの、
**「神の可愛さ」**を伴って、放射される。
神聖ローデリア教国、通称聖教国の、老練な教皇。
鉄血帝国ヴォルガニアの、傷だらけの皇帝。
彼らは最初、新興国の若造を、政治の道具」として利用するつもりでいた。
だが、その光を浴びた瞬間、彼らの計算は吹き飛んだ。
「……何だ。この、清らかな、
心洗われる輝きは……。」
教皇の手にあった、暗殺用の、毒入りの指輪が、光の粒子によって、
しれっと浄化され、ただの美しい水晶へと変わっていく。
会場を包んでいた、各国のドロドロとした殺気や政治的野心が、
マローの、「死にたいほど恥ずかしい」という純粋な負の感情の
反転エネルギーに根こそぎ飲み込まれていく。
だが、しかし、まだ多くの首脳たちからは反発の色が完全に消える
ことは無く、マローにははっきりと見えた。
マローは半ばヤケクソになって、隣のルミナに合図を送った。
「……ルミナ。もう、
どうにでもなれだ。
例のやつ、やっちゃって。」
彼女は、祈るように、白銀の杖を床に突いた。
「……皆様。
少し、頭を冷やしましょうか。」
「『精神浄化メンタル・クリーン』。」
その瞬間、議場を、目に見えない、「聖なる波動」が突き抜けた。
殺気立っていた皇帝も、毒を隠し持っていた教皇も、ドロドロとした
野心ごと、魂を真っ白な洗濯機で、洗われたような衝撃に襲われる。
「……ああ、私は、なんて、
矮小なことを……。」
「この光の前に、
嘘など、無意味だ……。」
数秒前までの反発は、どこへやら。
首脳たちの瞳からは、毒気が綺麗さっぱり消え、代わりに、
バキバキの「信仰心」が、宿り始めていた。
(ル、ルミナ……!やりすぎだよ!みんなの目が、
怖いことになってるってば!)
それは言葉による説得よりも、遥かに強力な「物理的な政治圧力」だった。
ドロドロとした議場の野心を洗い流した先へ、マローの「羞恥の極光」**
が、残酷なまでの純度を持って、各国首脳たちの魂へと深く、深く、
刻み込まれていった。
(ル、ルミナ……!光を増幅しなくていいから!
みんなの目が、信仰心でバキバキになってるから……!)
マローの内心の悲鳴は、ルミナの聖なる微笑みにかき消されていく。
あえて科学的に記述するならば、高密度の羞恥光子が、脳内の偏桃体を
刺激し、強制的に「幸福感」へと、情報を書き換えているのだ。
「新加盟国に対する、異議はありますか?」
議長の問いに対し、反対するはずだった、
覇道帝国ドラグーンの代表が、なぜか晴れやかな顔で立ち上がった。
「……異議など、あるはずもない。
ただ、あの光の神様の、
幸せを願いたい……。
それだけだ……。」
強面の大使が、うっとりと頬を染めながら、賛成の挙手をする。
先日の進化での限界突破を経て、その背後には神々しい虹色の光輪が浮かび、
白銀の髪が議場の風になびいている。マローの「羞恥の光」は、図らずも、
他国の王や代表たちの心理障壁を粉々に粉砕し、その圧倒的な神聖なる魅力で、
議場のすべてを完全に支配してしまったのだ。
かくして、最強の光神マローは、最悪の恥じらいと共に、
正式に、世界のパワーゲームへと、引きずり出されることになった。
議会が終わった後、マローは抜け殻のようにサトシに寄りかかっていた。
「……ねえ。サトシ君。
俺、もう、死んでもいいかな?」
「何言ってんすか、丸尾さん。
国際会議、大成功じゃないすか。
……あ、でも、さっきの皇帝、
『あの七色に輝く美しき神を、
我が国の守護神として
**入婿にしたい』**って、
本気で言ってましたよ。」
「お、お断りだあああ!」
マローの悲鳴が、豪華な廊下に響き渡る。
しかし、その影で、フィオナは自身のタブレットに記録された数値を、
見つめていた。
「マロー様、素晴らしいですわ。
あなたの羞恥心が、ついに、
『世界平和』という名の、
バグを引き起こしましたわ。
羞恥の波長が、相対性理論の限界を超え、
他者の主観時間を、慈愛で固定したのです!
これこそ、光科学の到達点……。」
マローが、
「そんな科学はいらない」
と泣き言を漏らす間にも、ルミナス・マロー・ガイアという名前は、
救済の象徴として、世界の隅々まで、光の速さで広まっていく。
不夜城を目指す建国記。
その舞台は今、一都市の騒乱から、国家間の策謀渦巻く、
大舞台へとシフトしていった。
その背後で、しれっと、各国の代表と、おでんの独占輸入権」の交渉を
始めている、サトシの後ろ姿を見ながらマローは、自身の輝きがさらに淡い
パステルカラーに変化していくのを感じていた。
「……二度と、夜を許さない。
けど、この視線の嵐だけは、
勘弁してほしい……。」
光の神の、小さな、あまりにも小さな、個人的な願いは、
世界を照らす、大きな光の中に、かき消されていった。
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