第30話:夜を許さない者、神の休息
闇は去り、街には平和が戻った。
未曾有の危機であった建国祭の夜襲は、マローの放った暴力的な
までの七色の閃光によって、文字通り塵一つ残さず、「検収」されたのである。
だが、進化を終えた当のマローは、祭りの後片付けが始まった広場で、
あまりの恥ずかしさに、大きな毛布に包まってガタガタと震えていた。
「……ああ。なんて、品がないんだ。
七色に光りながら、あんな、あんな台詞を……。
死にたい。今すぐ消滅したい……。」
マローの体から溢れていた激越な極光は、今はすっかり落ち着き、
淡いパステルカラーのオーロラとなって、彼の肌を「ぷるん」とした、
極上の質感で輝かせている。
マローの神としての位階は、「光稚神」から
「極光神」へと、確実に昇格していた。
その副次的な効果として、現在の彼の外見は、見る者全ての
保護欲を限界まで引き出す、究極の「神の可愛さ」を体現していた。
「マロー様……。
ああ、なんと……。
なんと愛らしいお姿に……!
私、一生付いていきますわ!」
「フィオナ、ずるいわ。
私だって、マロー様のお側を
離れません!」
興奮したフィオナやルミナに、まるで高級な毛布に包まった愛玩動物の
ように撫で回され、マローは涙目になる。
頬を寄せられ、ぷにぷにとした光の弾力を堪能されるたび、
パステルカラーの光が「ビクッ」と跳ねた。
それは、神としての威厳など微塵も感じさせない、
無垢で、庇護欲をそそる、至高の光景であった。
「やめてくれ……。
僕は、神様なんだぞ。
もっと敬って……。
ああっ、ルミナ、
そこはくすぐったい!」
翻弄されるマローを見かねて、輪の外から、ひょいとサトシが手を差し出した。
その手には、魔法の冷蔵庫から取り出されたばかりの、すんごい久しぶりに
見た、「チョコバナナクレープ」が握られていた。
「丸尾さん、
糖分摂って休みなよ。
神様も、シフト上がりにはこれっしょ。」
「……サトシ君。
あ、まい。……美味いな、これ。
君は実に良く務めを果たしてくれているよ。
やっぱ甘味は正義だな……。」
マローは毛布から、ぷるぷるした小さな手を伸ばし、サトシが試作品として
持ち込んでいたクレープも大切そうに受け取った。
「サトシ君」という響き。
それが、二人の間にだけ流れる、前世の空気を呼び起こす。
神としての重責と、元人間の情けなさが同居する、束の間の休息。
甘いクリームが、戦いで摩耗したマローの精神を、ゆっくりと解き
ほぐしていった。
そんな喧騒から少し離れた場所。
一人の女性が、自身の折れた白銀の剣を見つめ、膝をついていた。
聖騎士、エレーナである。
彼女は今回、所属する聖教国の命令……すなわち、「マローの抹殺」を拒絶した。
それどころか、マローの街を守るために同胞と刃を交え、ボロボロになりながら
も戦い抜いたのだ。
「……マロー様。
私は、もう、帰る場所を失いました。」
寂しげに微笑む彼女の前に、クレープを頬張ったままのマローが、ふわふわと
浮かんで近寄った。
そのパステルカラーの輝きが、エレーナの悲しみを優しく包み込む。
「エレーナ……。
君は、僕を守ってくれた。
その決意、しっかりと受け取ったよ。」
「ルミナ、みんなを集めてくれ。
臨時の任命式を実施する。」
そのマローの一言で、あっという間にその時集まれる幹部を含めて、
主要メンバー全員が神殿に集まった。
マローの手から溢れた光が、エレーナの全身を包み込んだ。
それは「羞恥」でも「怒り」でもない。
守り抜く意志を肯定する、澄み渡った白金の輝き。
「君を、我が国の守護騎士に任命する。
……一緒に進もう、エレーナ。
君の新しい居場所は、ここにある。」
【授与:プラチナ・ルクス】。
マローは騎士の「称号」としてその光を授けた。
彼女の全身を、最強の防衛騎士の証である、白金の
鎧が覆う。
エレーナは驚きに目を見開き、そして、自分を救ってくれた
幼き光の神の前に、深く首を垂れた。
だが、この時、平和を取り戻したはずの街の誰も、気づいていなかった。
マローが放った、あの暴走気味の最強の光が、世界の境界線を物理的に
揺らし、「外の世界」の扉を、無理やり押し開いてしまっていたことに。
次元の裂け目の向こう側。
そこでは、冷徹な瞳をした「巴」を名乗る影が、虹色に染まった空を
忌々しげに見上げていた。
戦いは、まだ終わっていない。
むしろ、マローという存在が、世界を「科学的」に書き換え始めたことで、
運命の歯車はより一層、残酷に回り始めたのだ。
「丸尾さん、
それ食べ終わったら、
資材の検品、頼めるかな。」
「……サトシ君。
ブラックな現場からは、
卒業したんじゃなかったっけ?」
夜明け前の光の街に、マローの小さなため息と、
仲間たちの明るい笑い声が響き渡っていた。
マローが放った全波長の極光は、境界を越え、世界の隅々にまで届いていた。
極寒の氷晶の王国ノルンでは、その熱が氷を微かに溶かし、
灼熱砂漠共和国ザハラでは、虹の粒子が砂嵐を鎮めたという。
忘却の地レムリアの古き民は、光の中に前世の遺物の鼓動を感じ取り、
中立を保つ古龍の隠れ里ドラゴニアの強者たちは、新たな王の誕生に
静かに双眸を開いた。
深緑の迷宮国フォレストを貫く光の道標。
機巧都市ギルバートで一瞬止まった蒸気の鼓動。
常闇の監獄島アルカトラズの無法者さえも、その眩しさに悪態をつくのを忘れた。
「あれが……、大きなランプ様?」
精霊の箱庭スプリガンの妖精たちがさざめき、極彩色の楽園エデンが
至高の娯楽に歓喜する一方、静寂の湖畔ルナの信徒は、月を隠す光を忌み嫌う。
鉄錆の荒野ジャンクに響く、廃棄物の共鳴音。
最果ての永久氷壁アイスバーグに座す守護者が、ついに重い腰を上げた。
これら十二の貌を持つ世界が、今、「ルミナス・マロー・ガイア」という、
眩しすぎる異分子を、一堂に会する国際社会へと引きずり出そうとしていた。




