第3話:交差する運命と、遠い湯気
石門の修復を終えた村には、活気が戻りつつあった。バラムの指揮のもと、村人たちが瓦礫を片付け、避難していた者たちも戻り始めている。私はといえば、神殿の廃墟の片隅で、フィオナが用意してくれた寝床――とは名ばかりの、柔らかい布の山の上で浮いていた。
実際、あの門の修復にはかなりのエネルギーを使った。核の芯が、少しだけ熱を持って疼いている。
「マロー様、お疲れではありませんか。 何か、私にできることがあれば……。」
フィオナが心配そうに覗き込んでくる。私は「大丈夫だ。」と光を揺らして答えた。だが、その直後、私の周囲を漂う空気が、食欲をそそる芳醇な香りに満たされた。
日が落ち、野営の準備が始まったのだ。バラムが器用に薪を割り、焚き火を起こす。その上で、フィオナが大切に持っていた干し肉と、村人から譲り受けた香草を煮込んだスープが完成した。パチパチとはぜる火を囲み、三人は美味そうにスープを口に運び始める。
「……美味い。仕事の後の飯は、これに限るな。」
バラムが豪快に笑い、木製の器を傾ける。フィオナもまた、幸せそうに目を細めた。
「はい。体が芯から温まります。」
楽しげな咀嚼音と、温かな湯気。それを少し離れた場所から、私はただ浮いて眺めていた。今の私には、胃袋もなければ、味を感じる舌もない。
(……美味そうだな。あの肉、柔らかそうだ。)
前世の記憶が、不意に脳裏を掠める。深夜残業の帰り道、コンビニのレジ横で見かけた脂っこいホットスナック。疲れ果てた舌で感じた、あの塩辛い「生きてる味」。決して贅沢ではなかったが、あれは確かに、俺という人間を繋ぎ止める大切な儀式だった。
今の私は神様と呼ばれ、圧倒的な力を振るっている。だが、この温かな輪の中に入って、同じものを「美味い」と共有することだけは、どうしてもできない。 (……俺は、光なんだよな。もう、人間じゃないんだ。)
光核の芯が、キュッと締め付けられるように疼いた。その切なさに呼応するように、私の身体から、青みがかった寂しげな光が漏れ出す。
「……マロー様。 あんた、腹が減ってるのか。」
バラムが不意に、湯気の立つ器を私に差し出した。
「食えねえのは分かってる。だが、その……なんだ。
あんたの光は、空腹のガキみたいに震えてるぜ。」
図星だった。私は少しだけ、その温かな湿気に身を委ねる。
「……あったかいな。いつか、みんなで。 同じものを食べて、『美味い』って。
そう言える日が来るといいな。」
独り言のような呟きに、フィオナが力強く頷いた。
「はい! 私が、最高のお料理を作りますから!」
その温かな空気を切り裂くように、村の入り口から凛とした声が響いた。
「……信じられません。この地を蝕んでいた、 大暗黒の残滓が消えているなんて。」
月の光を織り込んだような銀髪をなびかせる、一人の美しい女性。エルフのルミナが現れたのは、まさにその時だった。彼女は門に触れ、驚愕に目を見開いている。
バラムが鼻を鳴らし、私のいる場所を顎で示した。
「おい、ルミナ。 あそこに浮いてるお方が直したんだ。
……光の神、マロー様だ。」
ルミナの視線が、私を捉える。彼女はゆっくりと歩み寄り、私の前で優雅に膝を突いた。
「失礼いたしました。私はエルフの聖女、ルミナ。
……マロー様、貴方は本当に、この地を救うために降臨されたのですか。」
問われ、私は反射的に身構えた。前世で、上司に責任を詰め寄られた時のような緊張感が走る。
「……救う、なんて大それたことは言えない。
ただ、壊れたままなのが、見ていられなかっただけだ。」
正直な気持ちを口にすると、ルミナはふっと微笑んだ。
「壊れたままなのが、見ていられない……。
それは、慈悲という名の光ですね。」
直後、私の体がボフッと鮮やかなピンクに染まった。
「……違う。慈悲とか、そういう高尚な……。ただの、こだわりだ。」
逃げ場のない「肯定」を浴びて、私は激しく動揺する。ルミナは私の光を見つめ、切実な声を漏らした。
「マロー様。お願いがございます。 私たちの森も今、
癒えぬ闇に侵されようとしています。どうか、その光で助けてください。」
前世で誰にも必要とされなかった俺が、ここでは、次々と誰かに求められている。
「……わかった。約束する。
俺が、君たちの森も照らそう。」
こうして、一粒の光と、個性豊かな仲間たちの旅が、本格的に動き出すこととなった。
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