第29話:光科学の閃光、全波長発光
仲間たちが傷つき、民が絶望に泣き叫んでいる。
その光景が、マローの中にある理性の糸を音を立てて切った。
これまで彼を縛り付けていた、(目立ちたくない)(恥ずかしい)
という自己防衛の殻。
それが、仲間を守りたいという切実な渇望によって、内側から爆砕されたのだ。
魂の深淵で、何かが疼く。
それはかつて、深夜のオフィスで理不尽な要求に耐え、ただ静かに摩耗して
いった丸尾一には、決して持ち得なかった激しい熱量。
自分を削って社会の歯車になるのではなく、自分を燃やして世界を
照らし出すという、生存の証明。
恐怖は、どす黒く、それでいて白熱する「怒り」へと反転する。
その怒りは、他者を傷つけるための暴力ではなく、理不尽を拒絶するための、
絶対的な正義の炎だった。
「……俺の……。
俺たちの居場所を、
踏みにじるな。」
マローの体から、制御不能なエネルギーが、七色のスパークとなって、
バチバチと噴き出す。
その一粒一粒が、空間を焼き、闇の霧を物理的に削り取っていく。
マローの内に眠る『光科学』の深層論理が、羞恥というリミッターを
自ら解除していく。
フィオナが、計測器の液晶が熱で融解し始めるのを見て、喉が裂けん
ばかりに叫んだ。
「マロー様!
羞恥を捨てて、全波長を解放しなさい!
光科学の特異点……、
全波長発光、レインボー・マローですわ!」
「……あ、あわわわ。
もう、これ以上は……。
見ないでくれ。
品がない、品がなさすぎるんだよおぉぉ!」
その瞬間、マローの脳内に無機質な、それでいて荘厳な
『天の声』が響き渡った。
<< 告知。 >>
<< 個体名『マロー』。 >>
<< 羞恥の臨界点を突破。 >>
<< 全波長発光の、 >>
<< 定常観測に成功。 >>
(全波長って、もう逃げ場がないじゃないか!
せめてステルス機能とかを優先してくれよ!)
<< 否定。 >>
<< 羞恥エネルギーを、 >>
<< 光子加速……成功。 >>
<< 個体進化、 >>
<< 『極光神』へと移行します。 >>
ドォォゴォォーン!という、次元そのものが震える無音の衝撃。
マローの全身から、繊細なオーロラを編み上げたような、七色の極光が
爆発的に溢れ出した。
夜空を、この世のものとは思えない神秘的な輝きで塗り潰す、「検収」と
「救済」が同居した究極の波動。
それは敵対する者の存在を光の粒子へと分解し、同時に味方には、
神の奇跡に立ち会ったかのような、強烈な「尊さ」を叩きつける。
<< 進化、完了しました。 >>
<< 種族:極光神。 >>
<< 特殊スキル、 >>
<< 『不夜城の極光』 >>
<< ――を、獲得。 >>
<< 称号:『究極の神の可愛さ』。 >>
<< ――を、獲得。 >>
マローの絶叫と共に、世界から「夜」という概念が消失した。
保存された進化系統の預言通り、彼はついに「神の稚児」を脱し、
極光を統べる神へと至る。
その輝きは、もはや「桃色」などという可愛いものではない。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
可視光線の全てを、極限まで増幅し、重ね合わせ、干渉させた、暴力的なまでに
美しい「白銀の虹」。
マローは咆哮し、自身の存在を構成する情報の全てを、純粋な光子エネルギー
へと変換した。
空を、大地を、繊細なオーロラのような七色の閃光が埋め尽くす。
それは単なる照明ではない。一粒一粒が意志を持ち、闇を穿つ光の礫だ。
相対性理論の壁さえも、神の魔導演算によって突き破られ、時間は
光の奔流の中で引き伸ばされ、敵の動きを凍り付かせる。
闇の刺客たちは、その圧倒的な光子圧力に耐えきれず、断末魔の叫びすら
上げられぬまま、霧ごと蒸発するように消滅していく。
逆位相の魔術など、もはや意味を成さない。
全波長。
つまり、この世に存在する全ての光の波形を同時に、最大出力で叩きつければ、
相殺する側の計算を物理的にオーバーフローさせるのだ。
「二度と、
夜は許さない……!」
それは、かつての雨の日の、あの壊れた街灯の下での孤独な死。
誰の記憶にも残らず、冷たく消えていった自分自身を、根底から完全に否定する、
最強の肯定の光。
マローの背後には、巨大な七色の光輪が浮かび上がり、その光芒は
ルミナス・ガイアの地平線の果てまでをも照らし出した。
「丸尾さん……眩しすぎだって。
……でも、最高に神様してるぜ。」
サトシが、手で目を覆いながら笑う。
その横でカイルは、光を浴びて傷が癒えていく自らの手を見つめ、
ルミナは、聖なる光の奔流に涙した。
バラムは、「これが、俺たちの造った街の真の主か」と、畏怖を込めて
その姿を仰ぎ見る。
だが、当のマローは、虹色の暴風の只中で、猛烈な「恥ずかしさ」と戦っていた。
極光神への進化。
それは科学的に完璧であればあるほど、その姿は派手で、過剰で、
およそ控えめな日本人には耐え難いほどの主張の強さだった。
(……やばい。これ、絶対あとで 後悔するやつだ。
パチンコ屋の開店初日みたいだ……。)
内面の繊細なモノローグとは裏腹に、その「品のない光」が、
泣いていた子供を笑わせ、震えていた民を立ち上がらせる。
マローは唇を噛み締め、溢れ出る光を制御し、空に投げた。
七色の光は空で結晶化し、街を守る巨大な障壁へと姿を変える。
「巴」の刻印を刻んだ刺客たちの残滓が、その光の盾に触れてチリチリと
灰になっていく。
「ルミナス・マロー・ガイア共栄国」の全土が、神の光によって物理的に
保護されたのだ。
「巴……さん。
君が誰で、どこにいるのかは、
まだわからない。でも、
これだけは言っておく。」
マローは、未だ闇が支配する聖騎士領ローランドの方角を見据え、
その全波長の瞳を光らせた。
その瞳には、かつての弱気な丸尾一の影はなく、一国の王、
いや、神としての峻烈な意志が宿っている。
「この街の明かりは、お前なんかに消させない。
検収不合格、……全面的なやり直しだ。」
その静かな怒りの宣言は、光の波動となって空気を震わせた。
光科学によるインフラと、神の慈愛が融合した瞬間。
この国は、真の意味での「不夜城」として産声を上げた。
フィオナは、真っ白になった計測器の画面を愛おしそうに撫で、
マローの背中を、誇らしげな表情で見つめていた。
「データは全滅ですわ。
ですが、最高の奇跡を見せてもらいましたわ、マロー様。」
「……フィオナ、今はそれどころじゃないから。
というか、早くこれ、消したいんだけど。」
光が収まった後、そこにはサクラ色よりも少しだけ強く、しかしどこか
気恥ずかしそうに発光を抑える、極光の神がいた。
戦いは終わった。
だが、布告状に刻まれた「巴」という名の亡霊は、確実にマローの新しい
人生に、暗い影を落とし始めていた。
「……サトシ。
今の、録画とかしてないよね?」
マローが、涙目になりながらサトシの裾をギュッと掴む。
その仕草は、どんな強力な魔法よりも、サトシの心臓を射抜く破壊力を
持っていた。
「丸尾さん、
この世界にスマホはないって。
……でも、みんなの目にバッチリ
録画されてるだろうぜ?」
「う、うわぁぁ!忘れて!
今のは全部、光の屈折で
そう見えただけだから!」
サトシの軽口に、マローは濃厚なワインレッドに顔を染めて、光の球体の中に
モジモジと沈み込む。
それは、神としての威厳を完膚なきまでにかなぐり捨てた、ただの「照れ」
の波長だった。
その球体が、主の羞恥心に合わせてポヨポヨと震える様は、この国の新しい
名物になりそうな予感を漂わせていた。
神としての力は増大したが、中身は変わらず、仲間を想い、自分の輝きに
戸惑う恥ずかしがり屋さん。
そんな彼の姿に、カイルたちは改めて、この神のために剣を振るうことを
誓うのだった。
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