第28話:常闇の刺客、光の街を覆う
闇は、物理的な質量を持って、マローへと無慈悲に圧し掛かった。
『対神魔術』。
この世界の理そのものを逆位相で塗り潰すその闇は、マローの内に満ちる
はずの光を、一滴も外へ漏らさない。
つい先日進化したばかりの「マロー・ピンク」の光。
それは本来、他者との繋がりを祝福する色だったはずだ。
だが、この闇は、その温かな繋がりそのものを「仕様外」として、
一方的に遮断してくる。
それは前世の、あの、誰にも看取られなかった「絶望」そのものだ。
(……暗い。何も、見えない。僕が、消えていく。)
雨音。湿った畳の匂い。点滅する、古い照明。
どれほど声を上げても、隣の住人にすら、自分の死は届かない。
世界から、自分という存在の「レイヤー」が、一方的に消去されて
いく恐怖。
「……やめろ。
来ないでくれ。
暗いのは、もう嫌だ……。」
マローが、恐怖に蹲る。
神としての威厳は、「巴」という忌まわしき名が刻まれた
一通の布告状によって、脆くも崩れ去っていた。
闇の奥から、カイルやバラムたちの必死の怒号が聞こえる。
だが彼らが授かった「マロー・ネットワーク」の光の加護さえも、
この霧に触れた瞬間、じわじわと腐食し、輝きを失っていく。
それはまるで、血を吐く思いで書き上げた成果物を、
「これ、ゴミだから」と、目の前でシュレッダーにかけられるような、
圧倒的な「拒絶」の感触。
「マロー様、顔を上げてください!
俺たちは、まだ負けていません!」
カイルが血を流しながら、見えない敵へ剣を振るう。
その必死な声も、今のマローには、「納期に追われる現場」の悲鳴に
しか、聞こえていなかった。
(無理だ……。あいつには勝てない。
あいつは、俺たちの頑張りを、全部、無価値にするんだ……。)
脳裏に浮かぶのは、高級なスーツの袖口。
こちらを見下し、「で、これ、いつ直るの?」と吐き捨てる、
取引先の担当者。
下請けの丸尾を、人ではなく、安価な部品として使い潰した、
あの「巴」。
そのトラウマが、魔導の霧と混ざり合い、マローの心を
「死の沈黙」へと、引きずり込んでいく。
その時、背後からビニール袋が、ガサリと鳴る音がした。
「丸尾さん!しっかりしろ!
トラブルを抑えるのは、店長の役目っしょ!」
サトシだった。
彼は非常用持ち出し袋を子供たちに配り終え、ボロボロのポロシャツを
夜風に翻して立っていた。
「……サトシ。でも、あの闇は……。」
「闇?そんなの、バックヤードの、ブレーカー落ちと一緒だって。
丸尾さんが直してくれた、あの街灯より、タチが悪いってか?」
サトシが笑う。
その無責任なほど真っ直ぐな、バイトリーダーの笑顔が、マローの
「魂の導線」を、再び繋いだ。
そうだ、俺はもう、あの街灯の下で一人、死を待つ男じゃない。
俺が直した街灯の下で。
俺が作った「おでん」を食って。
俺の名を「神様」と呼んでくれる仲間たちが、俺の帰りを待っている。
「……ああ。そうだよな、サトシ。」
マローが、ゆっくりと立ち上がる。
フィオナが、マローの震える背中にしがみついた。
「マロー様……。逃げても、いいんですわ。
恥ずかしさで、引きこもっても。
誰も、責めやしません。」
彼女の抱擁は温かかった。
フィオナが手に持つ計測器は、マローの周囲の空間が、異常な
「位相」を生み出しているのを捉えていた。
「ですが、見てください!
今のあなたの絶望と恥辱が、
物理法則を書き換えています!」
マローが「誰にも見られたくない」と激しく念じた瞬間。
マローの周囲、半径数メートルが、
物理的に「誰も辿り着けない領域」
――絶対不可侵の超空間へと変貌し始めていた。
マローの「隠れたい」という願い。
それが光を捻じ曲げ、時空を湾曲させる。
科学的に記述すれば、それは事象の地平。
光さえも外部へ脱出できない、「引きこもりの特異点」。
それは、科学的に絶賛されるべき時空の歪みだった。
「この領域、あのアホな刺客たちの攻撃など、
観測することさえできませんわ!
これこそ、究極の光科学ですわ!」
フィオナの、どこかズレた熱烈な全肯定が、マローの心をゆっくりと
温め直す。
(そうだ……。俺はもう、あいつに頭を下げる下請け業者じゃない……。)
マローのうずくまっていた膝に、力が宿る。
恐怖は、急速に熱を帯びた「怒り」へと反転していく。
「……巴。お前は言ったな。
『下請けは、黙って従えばいい』と。」
マローが立ち上がる。
その瞳から桃色の光が消え、代わりに全ての色彩が激しく混ざり合った、
混沌とした「濁流の輝き」が溢れ出す。
「悪いけど今の俺は、『代表取締役』なんだ。
お前の不当な査定なんか、
一文字も、受け付けない……!」
マローの周囲の「領域」が、内圧を高め、爆発の準備を始める。
七色の光が互いに干渉し合い、空間そのものを「全波長」で焼き尽くそう
とする、極光の予兆。
「カイル!
バラム!目を閉じてろ!
あとフィオナ、
データが壊れても知らないよ!」
マローが吼える。
闇の刺客たちが、初めて恐怖に後ずさりをした。
「……サトシ。
みんなを、守ってて。
俺、もう一回だけ、
品のない光、出しちゃうから。」
マローの呟きは、もはや震えてはいなかった。
怒りによって「ピンク」が「全波長(激昂)」へと塗り替えられて
いく。
闇の中で、巴の刻印がマローの放つ暴力的なまでの七色の熱に焼かれ、
チリチリと焦げ付いていった。
「丸尾さん……。
いや、マロー様。
……行けえええっ!」
サトシの叫びが合図だった。
マローの体が「極光」へと変貌を遂げる。
街は一瞬、太陽よりも眩しい「怒りの虹」に飲み込まれた。
「お前ら全員、
俺の光で、……『検収』してやる!」
その言葉と共に、七色の閃光が、夜を真っ白に塗り潰した。
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