第22話:孤独な店長と、サトシの残像
「――以上が、
捕虜となった工作員、『無貌』からの
供述です。マロー様。」
カイルが重々しく口を開いた。
場所は、光の街の中心にそびえる『光子官邸』の作戦会議室だ。
カイルの隣には、戦利品である『おにぎり』を頬張りながら、
満足げに資料をめくるフィオナがいる。
「聖教国は、私たちの街を、力で潰すのは得策でないと
判断したようですわね。
代わりに周辺国へ圧力をかけ、物流を止める……。
つまり『兵糧攻め』。
……マロー様、聞いておられますか?」
「……あ、ああ。聞いているよ、カイル。」
浮かんでいる光の球体――
マローは、わずかに色を曇らせて返事をした。
現在のマローは、二十四時間休むことなく稼働する、
『光の街』の全てのインフラをその身で制御している。
マローの実質的な支配下領域に敷設した、光ファイバー通信網の膨大情報。
フォトニック・レールの運行状況。
新住民たちの幸福度。
それら全てを『神』として管理し、慈悲深く微笑み続ける自分。
(……きつい。正直、もう限界だ。)
前世では、深夜のコンビニで一人、廃棄弁当を仕分けながら、
『誰にも見られない孤独』に震えていた。
だが、今は違う、数万の民が自分を仰ぎ見ている。
否、その期待が、かつての暗闇よりも重くマローの光を押し潰そうとしていた。
「マロー様!
見てください、この全波長発光のスペクトル!」
フィオナが興奮気味に、魔導端末を突きつけてくる。
「最近のマロー様は、時折こうして繊細な
ピンク色の光を混じらせる。
これは光学的現象としては説明がつかない、
極めて高度な、『情緒的エネルギー変換』。
まさに神の美ですわ!」
「フィオナ、それは。ただの……その、
照れとか、そういう恥ずかしいやつ。
記録しないでくれ……。」
マローが身を縮めると、さらに光が激しく明滅する。
その時、会議室の扉が、勢いよく開け放たれた。
「マロー様!
大変です、バラム様がまた、
リグ事務局長と揉めています!」
駆け込んできたのは、聖女セレナだ。
(回想シーン:
あの日、突如広場から現れ、泥にまみれて倒れた彼女を。
「……災難だったね。とりあえず、あがって休みな。」
あの時、迷わず光で包み込んだ新人が、今や立派な運営メンバーだ。)
「『神殿の照明はもっと温かみのあるオレンジに』とバラム様が主張し。
リグ様は、『効率と視認性を重視して昼光色にすべきだ』と。
二人とも、マロー様に裁定を仰ぐと、聞かなくて……!」
「わかった、今行くよ。」
俺は内心で溜息をついた。
バラムはドワーフの職人として、『光の質感』にこだわり。
元事務方のリグは、『管理効率』を優先する。
どちらも正しい。
そして、その最終判断はいつも、『神』である俺に委ねられる。
神殿へ向かう道中、マローは、活気付く街を歩く。
「マロー様!今日も光り輝いていますね!」
「マロー様。この子の病気を治してくれて、ありがとう!」
人々の純粋な感謝の声が、鋭い針のように突き刺さる。
(俺は、そんな立派な人間じゃない。ただの、街灯の下で死んだ、
元サラリーマンなんだ……。)
神殿に到着すると、バラムとリグが火花を散らしていた。
「おお、マロー様!聞いてくれ、この石頭の事務屋が……!」
「バラム殿、感情論は結構です。
マロー様のエネルギーを、無駄遣いすべきではないと、
言っているのです。」
「二人とも、落ち着いて……。」
マローは、前世で培った、『クレーム対応用』の営業スマイルを浮かべ、
――今は光の揺らぎでしかないが、折衷案を提示し、双方を納得させた。
完璧な神。非の打ち所がない指導者。
だが、その中身は、今にも叫び出して逃げ出したい、丸尾一のままだった。
深夜。ようやく一人になれた執務室で、マローは力なく宙に漂っていた。
体は、制御できない不安と羞恥心で、ドロドロとした濃いピンク色に発光している。
「……暗いな。」
不意に、前世の記憶が蘇る。
消えた街灯。冷たい地面。誰にも看取られず、存在を消されていったあの夜。
今はこんなに明るい街にいるのに、心の中にはあの時の暗闇が、
べったりと居座っている。
(俺が消えたら、この街はどうなる。みんな、怒るのかな。失望するのかな。)
その時。
机の上に置かれた一通の封書が、目に入った。
カイルを通じて届けられた、『サトシ』からの手紙だ。
マローは光子触手で、慎重に封を切った。
そこには、サトシ特有の、乱雑だが温かみのある文字が並んでいた。
『丸尾さんへ。
元気にしてるか?
こっちは爺さんに扱き使われて、
毎日が棚卸し状態だよ。』
『カイルから聞いたぜ。あんた、今や光の神様なんだってな。』
『でもさ、あんたの光。こっちから見てると、
たまに変な色、混じってるぞ。丸尾さん、無理しすぎ。』
『あんたは神様かもだが、俺にとっては、
深夜バイトの丸尾さんだ。』
『疲れたら、完璧な神なんてやめて、
廃棄直前の弁当でも食って、休みなよ。』
『あんたが昔、言ってたろ。
適当に手を抜かないと、
レジ袋みたいに、すぐ破けるってさ。』
『今度会いに行く時は、
一番旨いおにぎりの具を、持っていくからさ。
じゃあ、また。』
「……っ。」
マローの体から、ドロドロとしたピンク色が、一瞬で消えていく。
代わりに、繊細なオーロラのような輝き――
全波長のレインボー発光が、溢れ出した。
世界中でたった一人。自分を『神』ではなく、『丸尾さん』と呼び。
自分を『人間』として扱ってくれる男の声。
孤独死の暗闇を溶かしたのは、圧倒的な光子エネルギーではなく、
サトシのなんてことのない、不器用な言葉だった。
「……そうだな。廃棄弁当、食いたいな。」
マローは小さく笑った。
その声は、人の形態がとれるようになって手に入れた
『声』が、初めて自分のために使われた瞬間だった。
その頃。
聖教国の国境近く。
サトシは、巨大な荷馬車の列を眺めながら、不敵に笑っていた。
「さて。丸尾さんが、神様やってる間に。
こっちは商売の準備を、整えるとしますか。」
彼の背後には、周辺諸国の物資を買い占め、流通を支配し始めた、
巨大な商流の影があった。これが包囲網を内側から崩す、
『不気味な兆し』であることに、まだ誰も気づいていない。
「……サトシ君。君はやっぱり、すごいよ。」
執務室の窓から、マローは遠くを見つめる。
そこには、自分が敷設したフォトニック・レールが、
闇を切り裂く光の線となって、大陸の果てまで伸びている。
たとえ周辺国が道を閉ざそうとも、この光の線だけは、
誰にも消させないと決意する。
一方、光の街の地下。フィオナは、マローが放った『虹色の光』の
データを凝視し、震える手でペンを走らせていた。
「これだわ……、
真・発光への鍵。でも、なぜ今この反応が?
マロー様、あなたは、何を想って……。」
フィオナが通信網を利用し、無意識のうちに開発し始めていた、
『遠隔操作魔法』。
それが、この平和なインフラを、『最強の兵器』へと
変貌させてしまう可能性に、マローはまだ、気づいてはいなかった。
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