第2話:絶望の門と、頑固な守護者
フィオナに案内され辿り着いたのは、深い谷の間に築かれた小さな集落だった。だが、そこにあるのは希望ではなく、今にも崩れ落ちそうな絶望の光景。村の入り口にある巨大な石門は、度重なる襲撃か、あるいは経年か。無数の亀裂が走り、無残に傾いでいた。
「バラムさん! 光の神様を連れてきました!」
フィオナが声を弾ませて駆け寄る。門の影から現れたのは、岩をそのまま擬人化したような屈強な男だった。煤けた革のエプロンを纏い、手には巨大なつるはしを握っている。彼こそがこの集落の防壁を一手に担う、ドワーフの技術者バラムだった。
バラムはフィオナの言葉を聞くと、面倒そうに鼻を鳴らし、私をジロリと一瞥した。
「……おいおい、フィオナ。腹が減って幻覚でも見たか? どこに神様なんていやがる。」
「目の前にいらっしゃいます! この、マロー様が!」
フィオナが私を指差す。私は気まずさに耐えかね、ふわりとバラムの目の前まで浮上した。
「……あー、ええと。はじめまして。マローです。」
「……はぁ?なんだ、この浮いてるピンク玉は。」
バラムはあからさまに、汚いものを見るような目を向けた。
「光の神だぁ? 笑わせんじゃねえぞ。 どっかの魔物が吐き出した、
ただの不気味な光り滓だろ。」
「光り滓……。」
前世の社畜時代。「お前は代わりがいる部品だ。」と言われた記憶が、チクリと胸を刺す。
「いいか、小娘。この門が崩れたら村は終わりだ。俺は忙しいんだよ。
そんなヘンテコな魔物と遊んでる暇はねえんだ。」
バラムはつるはしを肩に担ぎ、私を邪魔だと言わんばかりに手で払いのけた。
「光ってるだけで何ができる。そんな軟弱な灯りで、
この重い石が支えられるかよ。 消えちまいな、この出来損ないが。」
バラムの言葉は、鋭く重い。彼は再び崩れゆく門に向き直り、震える足で巨大な石を支え始めた。その背中には、過酷な労働による無数の生傷。限界を超えてなお、自分の責任を果たそうとする意地だ。
(……ああ。この人、俺と同じだ)
ボロボロの体で、誰にも頼れず、ただ崩壊を食い止めようとしている。
「……マロー様。すみません、バラムさんは 余裕がなくて……。」
フィオナが申し訳なそうに俯く。だが、私は怒っていなかった。むしろ、静かな熱が光核の芯に灯る。 (……見てろよ、頑固親父。『ただの光』が、何を変えるのか)
私はバラムの制止を無視し、大きく軋みを上げる石門の、最も深い亀裂へと突っ込んだ。
「おい、馬鹿野郎! 死にてえのか、どけッ!」
バラムの怒鳴り声が響く。その直後、谷全体を、真昼の太陽すら霞むほどの純白の閃光が飲み込んだ。
視界のすべてが白に染まる。バラムが反射的に腕で目を覆い、絶叫に近い声を上げた。
「ぐわっ!?なんだ、この光は……!?」
光は暴力的なまでの輝きを放ち、門を構成する石の「記憶」を辿るように隅々まで浸透していく。キィィィィィン――。大気を震わせる高い音が響き、重力に抗うように、崩落しかけた石材が浮き上がる。
亀裂に滑り込んだ光の粒子は、瞬時に超高密度の結晶へと変わり、欠けた岩肌を溶接するように繋いでいく。それは単なる補正ではない。物質を素粒子レベルで組み替える、神の領域の「再構築」だ。
「……な、なんだ。地響きが止まった……。」
バラムが恐る恐る腕を退ける。目の前に広がっていたのは、彼が知る「朽ちた石門」ではなかった。かつての名工が築き上げた、全盛期の姿をも上回る美しさ。純白の輝きを放つ大理石の門が、そこには毅然と立っていた。
亀裂一つない滑らかな表面。複雑に施された守護の紋章は、魔法の光を宿して青く拍動している。
「おい……うそだろ。夢でも見てんのか、俺は。」
バラムの手から、愛用のつるはしが滑り落ちた。彼は震える手で、その石門に触れる。
「……冷たくねえ。いや、生きてるみたいに温かいのか?この強度は……金剛石以上だぞ。」
数分前まで「光り滓」と蔑んでいた存在が、ドワーフの常識を粉々に砕いた。私は、門の頂上からゆっくりと降りてくる。エネルギーを使いすぎたせいか、光の輪郭が少しだけ揺れていた。
「……マロー様!すごいです、門が……門が新品みたいです!」
フィオナが駆け寄り、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。私は照れ隠しに、精一杯の「神」らしい口調で言った。
「壊れたままなのは…… 落ち着かないからな。 これで、少しは安心だろう。」
すると、バラムがのっそりと私の方へ歩み寄ってきた。その顔には、先ほどまでの不遜な態度は微塵もない。彼は深く、地面に額がつくほどに腰を折って頭を下げた。
「……光の御方。さっきまでの無礼、このバラム、
首を差し出して詫びる所存だ。許してくれ。」
「え、あ、いや! 首とかいいから! 顔を上げてくれ、頼むから!」
必死に叫ぶ私の体は、動揺のあまりパッと鮮やかなピンクに染まった。
「……ふ。そのピンク玉……いや、マロー様。」
バラムが顔を上げる。その瞳には、確かな敬意と、職人としての熱が宿っていた。
「あんたの『光』は本物だ。俺の目は節穴だった。
……なぁ、マロー様。あんた、何者なんだ。」
「俺は……。」
私は、門を仰ぎ見る村人たちの希望に満ちた顔を見渡す。
「夜を許さない、ただの光だよ。」
社畜だった男の、ささやかな、けれど決然とした異世界での宣戦布告。バラムが豪快に笑い、私の前に大きな手を差し出した。
「気に入った。この村の、いや、この大陸の闇を全部塗り替えてやろうぜ!」
もしよろしければブックマークや評価などで、応援よろしくお願いします。
メジャーデビューした時に、「私、最初で最古の推し」と自慢して下されば幸いです。




