第18話:光の共栄圏、定刻通りの産声
朝焼けが神殿の白壁を、淡い橙色に染め上げていく。
だが、私の心境は、嵐の前の静けさそのものだった。広場を埋める、三千人の民。
彼らの胃袋を満たすという、絶望的なミッションが始まる。
「バラム、カイル!
……三千人分の朝食。在庫状況は!?」
「……無理がありますぞ!
干し肉もパンも、底を突きかけております!」
「……マロー様。
最悪、私の騎士団の非常食を放出しますが……。」
二人が悲鳴を上げる中、遠くから鋭い汽笛が響いた。
虹色の火花を散らし、「フォトニック・エクスプレス」が、定刻通りに滑り込んでくる。
「マロー店長!
……あ、いや、マロー様!バルカン商会からの、特急貨物、到着です!」
先頭車両から飛び降りたのは、見習い商人のポッドだ。
彼はサトシのメモを、聖遺物のように掲げていた。
「サトシさんからの伝言です!
『あの方は、棚卸しを甘く見るな。
廃棄を恐れず、まずは全員の腹を満たせ。金は俺が稼いでやる』
……だそうです!」
(……サトシ。お前は本当に、コンビニのバイトリーダーか?)
私は呆れながらも、送られてきた大量の食材を、
光科学で生成した「瞬間冷却保存庫」へと叩き込む。
それは前世の、バックルームを彷彿とさせた。
祭りの熱気が最高潮に達しようとした時。
祝祭の影で、音もなく動く者たちがいた。
聖教国の暗部、「無貌」の工作員。
彼らの狙いは、レールの心臓部である信号機だ。
「……ここを壊せば、
この街の『歩み』は止まる。偽りの神に、鉄槌を。」
工作員が魔導爆弾を仕掛けようとした、その時。
「……若造。
祝祭の光が強いほど、影も濃くなるものだ。
そんなことも、教わらなかったのか?」
低い、鋼のような声。
そこには、視察に来ていた元騎士団副長オーウェンが、腕を組んで立っていた。
「……カイル。
警備が甘すぎるぞ。ここは私が引き受ける。
お前はマロー様の隣で、盾になれ。」
「……オーウェン先生!申し訳ありません!」
カイルが駆けつけるより早く、オーウェンは鮮やかな抜刀で、工作員たちを制圧していく。
だが、中には戦う前に、「戦意を喪失」した者もいた。
「……だ、だめだ。
ハクの店の、唐揚げの匂いが……。
こんな美味い飯がある街、壊せるわけないだろ!」
工作員の一人は、爆弾を放り出して行列に並び直した。
「食」という名の光が、影の勢力を物理的に浄化していく。
三千人の腹が満たされ、広場に安らぎが戻った頃。
私は神殿の奥で、幹部たちと「国家宣言」に向けた、最終会議を行っていた。
議題は、この国の名前についてだ。
「……というわけで。
この大陸の名を冠して、『ルミナス・ガイア共栄圏』。
これでいいですね?」
私は、事務員時代に培った「無難なネーミング」を提示した。
波風を立てず、かつ壮大に聞こえる。完璧なはずだった。だが。
「……異議ありですわ、マロー様!」
フィオナが机を叩いて立ち上がった。
「その名前には、決定的な『光』が、足りていません!」
「……足りない?」
「左様。
我らが神、マロー様の名が、入っておらぬなど、
民が納得いたしませぬぞ!」
バラムが深く頷き、カイルが拳を胸に当てて追従する。
「……マロー様。
この国は、あなたの光で、救われた命の集まりです。
【ルミナス・マロー・ガイア共栄国】。
これこそが、相応しい名かと!」
「……長くない!?
それに自分の名前を入れるのは、あまりに恥ずかしいというか、
品がないというか……!」
「……いいえ、素敵です。」
ルミナが、慈しむような目で私を見つめた。
「『マロー』という響きには、
この街の皆の祈りが、込められるのですから。
恥じることなど、ありません。」
(……ダメだ。こいつら、神への忠誠心が、あらぬ方向に暴走している!)
私は必死に抵抗したが、熱狂する幹部たちの前では、
一介の元事務員の意見など無力だった。
「……分かりました。
百歩譲って、その名前を認めましょう。
ただし! 普段の呼び名は、『ルミナス・ガイア』で。
いいですね!?」
私が苦渋の決断を下すと、
仲間たちは満足げに「ハッ!」と頭を下げた。
(……サトシ。助けてくれ。私の名前が、地図に刻まれてしまったよ……。)
レールの管理棟では、カイルの紹介で新たに加わった、
かつて帝国で疎外されていた計算の天才、鉄道管理の専門家アイリスが、
マローの設置した光の時計を、恍惚の表情で見つめていた。
「アイリスさん。
……時間は、残酷です。かつての私は、時間に追われ、
暗闇の中で、独りきりで消えました。」
「…………。」
「だから、この街には。
迷わないための、『光の指標』が、必要なんです。」
「……マロー様。
その想い、私が、定刻通りの運行で支えます。
この秒針が刻む光は、誰にも止めさせない。」
アイリスが制御盤を叩く。
街全体に、正確な時刻を知らせる光の信号が駆け巡った。
「……マロー様!
次は『教育』ですわ!三千人もいれば、
子供たちに、知性を授けねばなりません!」
そこに、シスター・メイが鼻息荒く詰め寄ってくる。
「……学校、ですか。
そうですね。……あ、でも、週休二日は死守したい。
サービス残業も禁止で。」
「……しゅうきゅう?
よく分かりませんが、カリキュラムの作成、
手伝っていただきますわよ!」
「あ、はい……。
マニュアル作りは、得意な方ですから……。」
神としての威厳が、教育実習生のように削られていく。
そして、夕暮れ時。
私は「ひょっとこ」を脱ぎ、「光の神」としての姿――
前世の面影を少しだけ美しく結晶化させた人型の姿で、
バルコニーに立った。
だが、幕の向こう側で、私の足は情けないほど震えていた。
三千人の期待。一国の主という重圧。
ルミナが、私の隣に歩み寄った。
彼女は、何も言わずに、私の震える手を包み込むように握った。
「……マロー様。
背負いすぎないでください。」
「ルミナ……。」
「あなたは、
ただ光っていればいいんです。
私たちが、その光を、皆の元へ届けますから。」
彼女の掌から伝わる穏やかな魔力が、心臓の暴走を鎮めていく。
「……ありがとう、ルミナ。
行ってくるよ。」
私は彼女の手を離し、一歩、光の中へと踏み出した。
三千人の民が、一斉に静まり返る。
「……皆に、伝えたい。
私は、かつて。
消えた街灯の下で、
誰にも気づかれずに、
独りきりで消えた男だ。」
私の声が、光の粒子に乗って街の隅々まで染み渡る。
「だから、私は。
二度と夜を許さない。
孤独に震える者を、
暗闇に置き去りにはしない。
ここは、誰もが腹を満たし、
光の下で笑い合える国だ!」
胸の奥から、確かな「繋がり」の熱が込み上げる。
「……私は、本日。
この街を国家として宣言する。
名は――
【ルミナス・マロー・ガイア共栄国】。
君たちの歩む道は、
この私が、
永遠に照らし続ける!」
その瞬間、街中の光が私の魂と共鳴した。
すべての感情が臨界を超え、夜空を突き破るほどの、
極彩色のオーロラが爆ぜた。
「「「マロー様!
光神様万歳!
ルミナス・マロー・ガイア万歳!」」」
三千人の大歓声が、大地を揺らす。
私は虹色の光の中で、猛烈に照れていた。
「……マロー様。
また体が、ピンク色に、光っていますわよ?」
フィオナがニヤニヤしながら、記録用の魔導具を向けてくる。
「……違う。
これは夕日の反射だ。光学的現象だと、
何度言えば分かるんだ!」
祭りの後の静寂。
私は自室に戻り、サトシへの返信を書く。
(サトシ。お前の言った通りだ。三千人のエリアマネージャーは、想像以上に骨が折れるよ。
……お前のように『廃棄直前の弁当』を勧めてくれる奴がいないと、少しだけ……寂しいね。)
窓の外には、夜になっても消えない、街灯の光があった。
「……あ、まい。
本当に、美味いな。みんなで食べる飯は……。」
私は虹色の余韻の中で、サトシから届いた最後のおにぎりを、
大切に大切に、口に運んだ。
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