第16話:「フォトニック・エクスプレス999号とジャンクフードと聖女と」
「フォトニック・エクスプレス999号」
その一番列車が、虹色の火花を散らして、神殿のプラットホームに滑り込んだ。
透明なレールの上を、滑るように走る黒鉄の巨躯。
それは、私の孤独な夜を、物理的に繋ぎ変える、希望の楔だった。
「マロー様! 見てくだされ!
一ミリの狂いもなく、エルフの村からの薬草が、
定刻通りに届きましたぞ!」
バラムが、煤けた顔で自慢の蒸気機関を叩く。
私は今、魔力で構成した「人型の姿」で、その光景を眩しく見つめていた。
だが、隣にサトシ君がいない。
(……サトシ、元気にしてるか。こっちは、少しずつだけど、明るくなってきたよ。)
そう心の中で呟いた時、列車の貨物室から、一人の男が降りてきた。
第13話、あの騒がしい宴の席で、
**「光の玉」だった私と謁見した、**大商人の代理人ゼノスだ。
「……お初にお目にかかります、人型のマロー様。
我が主バルカンより伝言と、
『預かり人の小僧』からの差し入れを預かっております。」
ゼノスが、人の姿になった私に驚きつつも、
竹の皮に包まれたおにぎりと、大きな木箱を差し出した。
「……これは?」
「サトシとかいう小僧が、『これがないと祭じゃねえ』と、
厨房を占拠しまして。」
木箱を開けた瞬間、暴力的なまでの「脂」と「スパイス」の香りが、
神殿の厳かな空気を塗り替えた。
そこには、黄金色に焼かれた、巨大な丸鶏のロースト。
パンからはみ出すほど長い、極太のソーセージを挟んだホットドッグ。
さらには、私の顔より大きい、厚切りサラミが踊る特大ピザまで。
「……あいつ、なんてもの作らせてんだ。」
ゼノスが苦笑いしながら、小さな三角形の塊を渡す。
それが、サトシからの「真の」差し入れだった。
一口、おにぎりを運ぶ。具はない。ただの塩むすびだ。
だが、人の体で感じる米の甘みも、握りの力加減も、
紛れもなくサトシの味だった。
(……ばか。修行中だろ、あいつ。商売の勉強、しろよな……。)
鼻の奥がツンとして、瞳に虹色の光が溜まる。
サトシが、向こうの世界で、必死に「前世の味」を再現しようとしている。
その不器用なエールが、私の胸を熱く焦がした。
「……あ、まい。本当に、美味いな……これ。」
幸せに浸っていた、その時だ。
「マロー様。……警戒を。」
低く、鋭い声。
いつの間にか私の背後に立っていたカイルが、銀色の長剣の柄に、そっと指をかけた。
彼の視線の先――神殿の入り口に、一人の少女が立っていた。
ボロボロに汚れた修道服。だがその瞳には、狂信的なまでの熱がある。
少女はレールの前に跪き、激しく地面に頭を打ち付けた。
「我が名はセレナ! 聖教国の腐った教えを捨て、
真なる光の導きを求めて、この地へ参りました!」
「えっ、あ、ちょっ……。」
私がたじろぐのと同時に、カイルが一歩前に出る。
その表情は、祝祭の喧騒を凍りつかせるほど険しい。
「……聖女セレナ。大陸最大の宗教国家、
ルミナス教団の象徴が、なぜこんな辺境にいる。」
カイルが私に耳打ちする。
「マロー様、彼女は教団の『顔』だ。
彼女がここにいるだけで、教団は『聖女誘拐』の口実で
我々に宣戦布告しかねない。」
(……国際問題!? ただの建国シミュレーションが、
急に政治劇になったぞ……!)
「おお……! なんという!
なんという慈愛に満ちた、輝きなのでしょうか!」
だが、セレナはカイルの殺気など、全く気にも留めない。
彼女は驚く私を見つめ、頬を赤らめて叫んだ。
「ああ! 涙を流しながら、不恰好な米の塊を食べる姿!
そして漂う肉の香ばしさ!
これぞ衆生を救う、真の神の顕現にございます!」
「いや、これはその……。」
あまりの熱気に圧倒され、私の維持していた人型の輪郭が、
羞恥心でゆらゆらと揺らぎ始める。
「皆さん! 見なさい! マロー様は友が握った一握りの米と、
民が腹を満たすための、ジャンクな肉を愛しておられる!
これこそが慈愛! これぞ光!」
「「マロー様! 光神様!」」
広場にいた300人の民が、一斉に跪き、私を拝み始めた。
羞恥心が限界を超え、私の人型の姿はついに維持できなくなった。
ポン、という音と共に、私は一粒の「光の玉」へと戻ってしまう。
《カイル、助けて。収拾がつかない……。》
私が思念で情けない声を送ると、カイルは深いため息をつき、
剣から手を離して眉間を押さえた。
「……無理です。彼女の目は、本物だ。
理屈や軍事力で動く相手ではありません。
……マロー様、覚悟を決めてください。」
《覚悟って何!? 接待!? 営業対応!?》
「マロー様、見てください! セレナの言葉に呼応して、
マロー様の精神係数が、未知の領域へ突入しています!」
フィオナが、興奮で尻尾を振り回しながら、
光の玉となった私のすぐ横に測定器を押し付ける。
「これはまさに、非晶質の心が光へと等価変換される瞬間の、
最上のデータですわ!」
《あ、あああ……!》
聖女セレナの熱狂。カイルの絶望的な忠告。
サトシが送ってきた、高カロリーな応援。
羞恥。プレッシャー。そして、懐かしい味。
すべての感情が、光の核の中で臨界点を突破した。
私の光が、ポッ、とピンク色に染まる。……どころではない。
核から、神殿の天井を突き破るほどの、極彩色のオーロラが爆発的に噴き出した。
「最強の、全波長発光だー!」
バラムが叫び、民たちが神々しさに伏し拝み、
聖女セレナは、「ああ、光が……!」と昇天しそうな顔をしている。
《消えたい! 光だけど、今すぐ地の底に消えたい……!》
私は、虹色の光の中で、思念の力で器用に浮かせたおにぎりの、
最後の一口を、必死に「自分の中」へと取り込んだ。
喧騒が遠ざかる。
虹色の残光を背負ったまま、私は神殿のテラスへ逃げ出した。
今は再び、人の姿を形作っている。
夜風が、火照った頬に心地よい。
(……神、か。本当は、ただの社畜で。
暗い道で死んだだけの、光に憧れただけの男なのに。)
自嘲気味に笑ったとき、背後で衣擦れの音がした。
振り返ると、そこにはルミナが立っていた。
「一人で、反省会ですか?」
ルミナが隣に並び、私と同じように夜の街を見つめる。
「……ルミナ。皆、私のことを神だと崇めるけれど。
本当の私は、ただの……。」
神様としての自分と、空っぽな前世の自分。
その乖離が、鋭い痛みとなって胸を刺した。
だが、ルミナは私の弱音を遮るように、
ふわりと、春の陽だまりのような微笑みを浮かべた。
「私にとっては。神様である前に。
おにぎりを、美味しそうに食べる。
**『ただの、お腹を空かせた人』**ですよ。」
心臓が、跳ねた。
その名前は、サトシ以外には教えていないはずだ。
いや、彼女はきっと、私の魂が震える音を聞いたのだろう。
「光」という現象の中に隠した、臆病な「人間」の輪郭を。
「……神様じゃ、ないのか?」
「ふふっ。神様が、あんなに恥ずかしそうに、
虹色に光りますか?」
ルミナの慈愛に満ちた瞳が、私を射抜く。
そこには崇拝などではなく、対等な「個人」への情愛があった。
「あなたが、誰であっても。その光が、温かいことに。
変わりはありませんから。」
……サトシの塩辛いおにぎりと、ルミナの穏やかな言葉。
それだけで、もう少しだけ「神様」を演じてみようと思えた。
建国の朝は、前途多難な予感と共に、あまりに眩しく幕を開けた。
(……でも、このおにぎり。
やっぱり、ちょっと。塩が、ききすぎてるな……。)
私は、暗い夜空を見上げて、少しだけ笑った。
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