第14話:黎明の設計図と鉄の獣
神殿の裏手。そこにはカイルが懇意にしていた大商人、バルカンの一団が到着していた。
巨大なキャタピラを備えた、多脚型の魔導重装機。岩場を粉砕して進むその威容は、
まさに陸の王者。商人の執念が生んだ、道路不要の怪物だ。
「……これ、ガンタ……。」
言いかけて、俺は慌てて言葉を飲み込んだ。
「マロー様、バルカンの『地這い』が、この世界での最高峰の乗り物でございます。」
カイルが誇らしげに、その鉄の塊を見上げる。
「……本当に行くのか?サトシ。ここで、俺の右腕として働いてくれても……。」
俺は人型の姿で、親友の目を見て問いかけた。
サトシは、前世と同じ少し眠たげな目を細めて笑う。
「丸尾さん、神様がそんな顔しちゃダメだよ。
廃棄弁当の恨み、忘れたの?」
「うっ……。それは、言わない約束だろ……。」
「あはは。……俺は商売を学んでくるんだ。この世界で生きていくために。
この世界の金と物の動きをね。」
サトシは、神殿の広場に身を寄せる多種族たちを指差した。
そこには、今では300名ほどの難民たちが、身を寄せ合っていた。
「あいつら、丸尾さんの光に救われて、ここに居るんだ。
でも、光だけじゃ腹は膨れない。」
サトシの言葉が、元社畜の心に重く響いた。
神として崇められても、私はまだ、彼らの生活を支える仕組み(インフラ)を
何一つ築けていないのだ。
「あんたが最高の国を作るなら。俺は、そこを巡る
最高の血流(流通)を作ってみせるよ。」
「……じゃあ、頼んだよ。サトシ君。」
俺はあえて、前世で彼を頼りにした時の呼び方をした。
「任せとけって、丸尾さん。」
「地這い」が地響きを立てて去っていく。
俺はその背中を見送り、静かに、だが熱い決意を込めて神殿の中へと歩き出した。
あの日の光景を俺はいつも忘れない。
「俺も頑張らなきゃ。」
俺は拠点ルミナス・ガイアの地図を広げた。
今は「人」の姿だ。ゲームの主人公としての理想を体現した、凛々しい青年の姿。
背筋を伸ばし、 かつてプレイした、 あのRPGの勇者のように。
だが、その内心は、 各国の情勢という、 重い現実に晒されていた。
「……このままでは、 冬を越せない村が出てくる。」
ルミナが沈痛な面持ちで、 地図の北方を指さした。
今では、マローの「光の街」と友好関係を希望する村々も徐々に増えていた。
それは決して武力によるものではなく、光の神の恩恵を喜んで受けたいという意思からだった。
「エルフの森には薬草がある。 けれど、隣の村へ届くまでに魔物と断崖に阻まれ……。
先月も、高熱を出した子供が、 薬を待たずに息を引き取ったわ。」
続いて、バラムが地図の山岳地帯を拳で力強く叩く。
「ドワーフの山には鉄と金がある! だが、それを運ぶ馬車がこの崖で何度滑落したことか!
鉄があっても、腹は膨れぬ! 金があっても、凍えるだけだ! ワシの弟子も、
荷車と共に谷底へ消えた……。」
フィオナが、さらに状況を専門的な視点から補足する。
「獣人の集落は、肥沃な土で穀物が倉庫でカビるほど、 余り散らかっています。
けれど、加工技術がないから腐るのを待つしかないのです。
食えぬ者がいる横で、食い物が山となって腐る。 ……技術者として、屈辱です。」
私は目を閉じ、一度、「光玉」の姿へと戻った。
姿を消し、思考を 「神の演算」へとシフトさせる。
ロイヤルブルーの光が、 地図の上を高速で走った。
(……豊かなのに、死んでいる。)
(繋がっていないというだけで、 世界はこんなに不合理だ。)
(……コンビニに行けば、 何でも揃っていた、あの世界。)
(あのインフラの恩恵を、 今度は、私が、この手で……。)
導き出された答えを告げるため、 私は再び「人」の姿へと実体化した。
ゲームの主人公としてのカリスマを纏い、力強く目を開く。
「……空中を強制的に固定する、『レールの概念』を導入する。」
私は立ち上がり、 何故か鼻の穴を膨らませて拳を握った。
「いいか、二人とも。 デザインは、黒くて、デカくて、 煙突があるのが最高なんだ!
ポッポーって鳴るのが正義だ!」
「……マロー様。 その『えんとつ』という突起、
熱力学的にも、 魔力流動的にも無意味かと思うのですが?」
フィオナの冷ややかな問いに、 俺は顔を真っ赤にして叫んだ。
「ロマンだ! ロマンがない救済なんて、ただの効率化の作業だぞ!
かっこいいは、正義なんだ!」
すると、横からバラムが机をドォンと叩いて立ち上がった。
「マロー様、ロマンは分かりますが、そんな鉄の塊を空に浮かべるなど!
重量バランスはどうするのです! 重心が数ミリ狂えば、光のレールごと大破しますぞ!」
「重量は素材によって変化します。そんな設計があなたにできて?」
フィオナはそんなバラムに食って掛かった。
「それを計算するのが、お前の仕事だろうが、
その猫の耳は、伊達なのか!」
バラムがフィオナに怒鳴り散らし、 会議室は一瞬で戦場と化した。
「私は猫じゃなくて狐ですわ、この岩石頭!
レールを敷く魔力固定の精密さを分かってないんです!
一ミリのズレが、 時空の歪みを招くのですよ!」
「あんだと!? ワシなら、髪の毛一本分も狂わぬレールを打ってみせるわ!
ワシの腕を疑うなら、その尻尾、焼き切ってやるわい!」
「やってみなさいよ! その自慢の髭を、超電導の絶縁体に加工してあげます!」
二人の激しい言い争いに、俺はおろおろと手を振った。
「ま、まあ二人とも落ち着いて。
駄目だよ、互いに容姿のことは言わないで、仲良く設計しようよ……。」
「「マロー様は黙っていてください!」」
「……ひっ。 すみません……。」
神様であり、ゲームの主人公の姿をしながら、家臣に怒鳴られて縮こまってしまう。
(……でも、悪くないな。)
(みんな本気で、この世界を繋ごうとしてくれているんだ。)
(誰かのために、必死に技術をぶつけ合う。)
(……これこそが、 私の作りたかった、光の街だ。)
私は指先から、二本の平行な光のレールを空へ引いた。
それはまだ、実体のない青い幻影のラインだ。
「バラムはレールを。 フィオナは動力機関を。カイル、君は研究者を集めて。
名前は……フォトニック・ エクスプレス、999号だ!」
私の掲げた指から、虹色の火花が飛び散った。
設計図が光の粉となって舞い、神殿の天井を覆い尽くしていく。
それは、失われたもの同士を繋ぎ、孤独を消し去るための、 壮大な物語の「起工式」だった。
喧嘩していた二人も、 その美しき夢の断片に見惚れ、 静かに、だが熱く頷いた。
「……やってやるわ。 世界一、精巧な回路をね。 マロー様、見ていてください。」
「ワシもだ。 神様を空に乗せる、 最高のレールを打ってやるわい!」
俺の中心で、かつての深夜残業の暗闇が、 ほんの少しだけ薄れた気がした。
もしよろしければブックマークや評価☆☆☆☆☆などで応援をお願いいたします。




