魔王はどっち?
「亀ちゃん……もしかして、脈アリなんじゃない?」
ぽつりと呟いた私に、
「え?」
亀ちゃんが、きょとんと目を丸くする。
「だってさ。
田川君、私にはあんな顔しないもん。
私には、魔王顔しかしないよ」
「魔王顔って……」
苦笑いする亀ちゃんの横で、
「魔王顔は、長塚のほうでしょう」
理恵ちゃんが、さらっと呟いた。
「長塚君は、魔王顔じゃないもん!」
反射的に反論すると、
「ほら。
好きな人を魔王呼ばわりされたら、嫌な気持ちになるでしょ?」
理恵ちゃんは、少しだけ真面目な声で続ける。
「たまちゃんが田川と仲良くなったのは分かった。
でも、人の好きな人を悪く言っちゃダメだよ」
「……亀ちゃん、ごめんね」
しょんぼりして謝ると、
「全然大丈夫だよ。気にしてないし」
亀ちゃんは、ふわっと微笑んだ。
「それにね。
たまちゃんが仲良くなってくれたから、
田川君が私たちに話しかけてくれるようになったんだよ。
むしろ、ありがとう」
その言葉に、私は思わず目元を押さえて天を仰ぐ。
(可愛い……。
亀ちゃん、可愛いが過ぎるんですけど……)
そう思った、そのときだった。
⸻
田川君が、ものすごい勢いでこちらに戻ってくるのが見えた。
「危うく忘れるところだった。はい、プレゼント」
そう言って、私の頭に置かれたのは、
白と青のパッケージに、
赤い文字で「ぐんぐん牛乳」と書かれた牛乳パック。
「こんな物、要るか!」
思わず投げ返そうとして、
亀ちゃんたちの視線に気づき、動きが止まる。
そして──
ドアの方を見た瞬間、私は凍りついた。
そこには、絶対零度の空気をまとい、
こちらをじっと見つめる長塚君が立っていた。
「ほら。
やっぱり長塚のほうが魔王だよ」
「相変わらず、無表情だよね」
理恵ちゃんと夏美ちゃんの、ひそひそ声が耳に入る。
表情は、いつも通り。
でも私には、長塚君が不機嫌なのが、はっきり分かった。
「……たまちゃん」
凍りつく私を見て、亀ちゃんが心配そうに声をかける。
長塚君は、私と目が合うと、すっと視線を逸らし、歩き出した。
「ごめん! ちょっと行ってくる!」
私は田川君に押し付けられた牛乳を亀ちゃんに渡し、
廊下を歩いていく長塚君の背中を追いかけた。
「長塚君!」
走って呼びかけても、足は止まらない。
追いついて前に回り込むと、
冷たい視線で見下ろされる。
「何?」
「次、移動教室だから。急いでるんだけど」
突き放すような声。
(……ダメだ。
今は、何を言ってもムダだ)
諦めて俯き、
「……ごめんなさい」
そう言って道を空けると、すれ違いざまに、
「今夜、話は聞くから……」
それだけ言い残し、足早に去っていった。
私は、その後ろ姿を見送りながら、
小さく息を吐いた。
⸻
彼――長塚重信君は、たぶん、私の彼氏だと思う。
でも、正直よく分からない。
友達でもなく、恋人でもない。
毎晩電話をして、月に一度、二人きりで出かける。
それなのに、学校では一切、会話をしない。
クラスの女子とは話すのに、私とは話さない。
この関係を知っているのは、
亀ちゃんたち三人と、長塚君の友達だけ。
本当は――
「彼氏」と呼ぶのも、少しだけためらっている。
だって、
彼の気持ちが、私には全然分からないから。
それでも、
「たまちゃんは誤解されやすくて、巻き込まれ体質なんだから。
長塚のことは彼氏にしときな!」
そう言った夏美ちゃんの言葉で、
今に至っている。
長塚君は、いつも男友達と三人でつるんでいて、
女子と親しく話すことは、ほとんどない。
中学は男子校で、
女子がよく分からなくて苦手なのだと、本人は言っていた。
それでも私は――
他のカップルみたいにベタベタしなくていい。
ただ、
普通に会話がしたいだけなのに。
階段を下り、姿が見えなくなるまで、
私は長塚君の後ろ姿を見つめながら、
どうにもならないことを考えていた。




