名前を呼ぶ距離、掴まれる距離
「おはよう!」
朝、学校に着くなり、背後から後頭部を軽く叩かれた。
振り向かなくても分かる。犯人はやっぱり田川君だった。
「おはよう……じゃないわよ!朝から人の後頭部を叩かないでくれる?」
「え?『中身が無いから、覚えたことが落ちちゃう?』って?」
わざとらしく細い声を出し、口元に手を当てて言う田川君に、
「そうそう、カラカラっておみくじみたいに――って、違う!」
思わずノリツッコミしてしまい、「しまった!」と気付いた時にはもう遅い。
隣で田川君が腹を抱えて笑っていた。
(しまった……朝から田川君のペースに乗せられた)
頭を抱えた、その時だった。
ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れた場所に長塚君が立っている。
「おはよう」
笑顔で声を掛けたけれど、長塚君はちらりとこちらを見るだけで、そのまま通り過ぎて行った。
「何だ?あいつ……感じ悪!」
田川君が不満そうに呟く。
「長塚って、何気に女子に態度悪いよな」
「え?そうかな……?」
「本人曰く、基本ぼーっとしてるから女子の声が小さくて気付かないらしいけどさ。今のは、明らかに気付いてたよな」
同意を求められても、私は俯いたまま、
「……どうかな」
としか答えられなかった。
すると今度は、田川君が私の頭をがしっと掴む。
「ちょっと!何してるわけ?」
睨みつけると、
「悪い悪い。ちょうど良い位置に頭があったから、ボールかと思って」
と、悪びれもせず笑っている。
「人の頭を何だと思ってるのよ……」
文句を言いながら教室に入ると、
「たまちゃん、おはよう」
前の席の添田千秋ちゃん――ちーちゃんが声を掛けてきた。
「ちーちゃん、おはよう」
挨拶を返していると、田川君が首を傾げる。
「なぁなぁ、なんで田上が“たまちゃん”?」
「え?田上だから?」
不思議そうに見られて、
「小学校からの友達は“優里”って呼ぶけど、それ以降は何故か“たまちゃん”かな」
と答えた。
すると田川君が、
「玉川とかじゃないのに?」
ぽん、と手を叩いて、
「じゃあ、俺もたまちゃん?」
「はぁ?」
「俺、田川じゃん?田上と一文字違いだし、つまり俺も“たまちゃん”だろ?」
意味不明な理論を展開し始める。
「田川君は“たまちゃん”って感じじゃないと思う」
困ったように言うちーちゃんに、
「それ言うなら田上だって“たまちゃん”じゃないだろ。ハムちゃんとか?モルちゃんとか?」
顔を近付けてくる。
「はぁ?じゃあ、あんたは虎かライオン丸ね」
言い返すと、
「虎!?ネコ科の王様っぽくね?カッケェ!」
本気で喜んでいる。
呆れてちーちゃんと顔を見合わせた、その瞬間――
目の前に長塚君が立っていた。
「……ちょっと良い?」
驚く間もなく腕を掴まれ、そのまま引っ張られる。
「長塚君?ど、どうしたの?」
非常階段に出たところで、ようやく腕を離される。
「何?どういうつもり?」
突然のことに、思考が追いつかない。
「俺と付き合ってるのに」
低い声で、続けられた。
「どうして、他の奴との方が楽しそうなんだ?」
その言葉に、喉がぎゅっと詰まった。




