砕けた初恋
長塚君との出会いは、桜が舞い散る入学式の日だった。
校舎へ向かう途中、ふと視線を感じて顔を上げると、桜の木を見上げている人影が目に入った。
そのまま見つめていると、彼もゆっくりとこちらに視線を向ける。
次の瞬間、突風が吹いた。
目の前で桜の花びらが一斉に舞い上がり、空を覆う。
その花吹雪の向こうで、切れ長の目が静かに私を見つめていた。
鼻筋の通った整った顔立ち。
無表情なのに、不思議と目が離せない。
――漫画や物語の中から抜け出してきた王子様。
そんな言葉が、自然と頭に浮かんだ。
私は、その瞬間に恋をした。
⸻
クラスに行くと、驚くほど運が良かった。
彼と同じクラスだったのだ。
座席表で名前を確認して、
『長塚重信』君だと分かった。
(一年のとき、なぜか長塚が三人いたため、長塚だけはフルネーム表記だった)
それからの私は必死だった。
どうにかして自分の存在を覚えてもらおうと、挨拶作戦を決行。
……けれど。
長塚君の鉄壁の防御は想像以上で、
私はモブから脱却することすらできなかった。
名字が近い人とは多少なりとも会話をして、
時には笑顔を見せることもあるのに。
(どうして私の苗字は田上なんだ!)
すごろくで言えば、ずっと「一回休み」が続いている状態。
他の男子――長塚Bとでさえ、雑談できるくらいには仲良くなれたのに、
長塚君とは、挨拶するたびに驚かれる関係のままだった。
⸻
出会ってから二か月後の放課後。
私は、意を決して告白することにした。
いつまでも、長塚君にとって“背景の一部”でいるのが嫌だった。
しかも――
彼は目立たないくせに、実はとてもモテる。
そう、ものすごくモテるのだ。
(顔面偏差値が高いから)
周囲からも、長塚君狙いの噂がちらほら聞こえてきて、
私は怖くなった。
長塚君の隣を、
私じゃない誰かが歩いている姿を想像したくなかった。
もちろん、告白がうまくいく保証なんてない。
それでも、胸の中に溜まった「好き」が、限界だった。
ダメなら諦める。
うまくいったら、ラッキー。
そう自分に言い聞かせて、覚悟を決めた。
⸻
問題は、相手が長塚君だということ。
女子が呼び出そうとしたところで、
話を聞く前にシャットアウトされるのは目に見えている。
悩んだ末、隣の席で仲良くなった千田〈ちだ〉君に相談することにした。
千田君はクラスのリーダー的存在で、男女問わず顔が広い。
彼の呼び出しなら、来てくれるかもしれない。
そう考えたのだ。
「そっか~。
田上が好きなのは、長塚Aの方だったんだ。
OK、呼び出しは俺に任せろ!」
千田君は、驚くほどあっさり引き受けてくれた。
どうやら、私が長塚AとBのどちらに視線を送っているのか、
前から気になっていたらしい。
告白しやすい空き教室まで一緒に考えてくれて、
本当に、いい人だった。
⸻
そして、告白当日。
千田君がうまく呼び出してくれて、
長塚君が教室に現れた。
「話って、何?」
整った顔立ちの無表情は、
どこか冷たく見えて。
――この時点で、私は悟ってしまった。
でも、逃げなかった。
「あの……
私、長塚君が好きです。
付き合ってもらえませんか!」
千田君が協力してくれたからこそ、
ここまで来た。
脈がないと分かっても、
逃げ出すことはできなかった。
結果は、予想通りだった。
「ごめんなさい。好きな人がいます」
(……だよね。
世の中、そんなに都合よくはいかないよね)
涙を必死に堪えて、笑顔を作る。
「そっか。分かった。
呼び出してごめんね。ありがとう」
「じゃあ、急いでるから」
それだけ言い残して、
長塚君はあっさりと去っていった。
私はその場に座り込み、
こらえていた涙を、そのまま零した。
彼の好きな人が、心底羨ましかった。
噂では、千田君グループの林田さんだと聞いたことはある。
でも、本人の口から聞いたわけじゃない。
それでも――
長塚君に想われる誰かが、どうしようもなく羨ましかった。
入学式の日に芽生えた恋は、
驚くほどあっけなく、
そして少しだけ苦く、幕を閉じたのだった。




