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強制転生 〜二日後に死ぬ俺、異世界で生き直す~  作者: 宵宮


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#5 試練の谷

「……俺の死が、彼女を救う唯一の手段、ね」


 口に出してみると、思った以上に重かった。馬鹿げた冗談にしか聞こえないのに、アウロラの目は一切笑っていない。


「そんな大層な役目、俺に務まるのかよ」

「務まるよ。務まらなきゃ困るんだ」


 その言葉に、ニクスの肩がびくりと震えた。


「アウロラ……それ、言わないでって……」

「言わなきゃ分からないでしょ。ニクス、世界の呪いはもう限界なんだよ。次に暴走したら、この大陸ごと凍りつくんだから」

「……っ」


 ニクスの表情が、ほんの一瞬だけ――怯えと、諦めと、微かな希望が入り混じった複雑な顔になる。俺はその横顔を見て、胸の奥がぎゅっと痛んだ。


「……なるほどな。事情は分かった」


 状況は予想していた以上に深刻らしいことも。


 深呼吸を一つ。死ぬのは怖い。何度だって怖い。

 でも――。


「俺がやるよ」


 気づけば、そう口にしていた。美少女を放っておくことなんて、俺には出来っこない。


「その覚悟は本物だね?」

「俺は現世で何も残せなかった。でも……ここなら、誰か一人くらい救えるかもしれないだろ」


 アウロラが目を細める。


「……ふぅん。そっか。じゃあ証明して。死んで、戻ってきて、また死んで。その繰り返しで、ニクスを救ってみせて」


 軽口なのに、底が見えないほど冷たい声だった。死神の冷酷さをそのままに残したような、そんな響きだ。


 そのとき――。


「……ごめんなさい」


 小さな声が、俺の袖を引いた。

 ニクスだった。


「あなたを巻き込んでしまって……本当に、ごめんなさい。でも……ありがとう。あなたが来てくれて……少しだけ、怖くなくなったの」


 その微笑みは、雪のように儚くて、触れたらすぐにでも溶けてしまいそうだった。そんな少女の顔を見て、俺は思わず胸を張る。


「任せろ。俺はしぶといんだよ。死んでも戻ってくるんだろ? なら、何度でも行ってやるさ」


 アウロラが呆れたように笑う。


「……ほんと、泥船みたいな自信だねぇ、君は」

「沈まねぇよ。沈んだら困るんだろ。言ったはずだ。俺は泥舟じゃない。不沈艦になってやる」

「はいはい。じゃあ――」


 俺の冗談を軽く流し、これから巻き起こる試練を予感して死神は笑う。そして、お使いにでも行くかのような軽いノリで――。


「最初の“死に場所”へ、ご案内ー」


 俺は、現場へと連れられる。


「その死に場所へはすぐに着くのか?」

「んとねぇ……君の世界の感覚だと半日ぐらいかな」

「そうか……大分足が痺れてきたんでな……」

「だ、大丈夫?」


 旅の開始から約一時間?ぐらいだろうか。辺り一面には濃い霧が立ち込め、見るからに"入っちゃいけないヤバい所"の雰囲気が出ている。


 しかし、現時点から半日歩きっぱなしで着く距離と聞けば骨が折れそうだ。一応社畜リーマンで鍛え上げた体力があるとは言え、晩年(半ば強制的に殺されたようなものだが)は寝ていた訳で……。


「まあ、道中死にそうなぐらいキツかったら言ってよ。強化して再スタートは可能だからさ。大事なものは多少失うかもだけどね」

「そんな事で投げ出したくねぇ……」


 幾らリスポーンでバフが付くと説明されても死が受け入れ難い事実である事に違いはない。肩で息をしながらもプカプカ呑気に浮かんで煽ってくる死神の後を追う。


「本当にキツかったら休むこともできるから……無理しないでね?」

「お、おう! 大丈夫だ」


 美女に甘いなぁ、と呆れ顔の死神のことは一旦視界の外に追いやる。そうこうしているうちに日が暮れ、何者かも分からぬ獣の声が響き出す。流石に脂汗が背を伝うが、襲ってくる気配はない。ニクスか死神の力によるものだろうか。


「大分巻いたんじゃない? お疲れ様、祭理。ここが、“試練の谷”だよ」


 アウロラの声は、いつになく静かだった。


 目の前に広がるのは、底の見えない断崖。谷底からは白い靄が立ち上り、まるで“死者の吐息”のように蠢いている。岩肌には、無数の爪痕。


 そして――ところどころに、黒く焦げた跡も見える。


「……なんだよ、これ」

「君の前任者たちの“痕跡”だよ。ここで死んで、戻って、また死んで……それでも辿り着けなかった人たちのね」


 ニクスが小さく息を呑む。


「アウロラ……こんな場所に、彼を……」

「ここしかないんだよ、ニクス。呪いの“第一層”は、この谷の底にある。稀人種と雪人種(ユル)じゃなきゃ触れられない。でも稀人種でも――普通は、ここで心が折れる」


 アウロラは谷底を指差した。


「さあ、祭理。君の最初の仕事は簡単だよ。――谷を降りて、“死ぬこと”」

「簡単じゃねぇだろ!」

「大丈夫。死んでも戻ってくるし」

「それを前提にすんな!」


 俺の抗議を無視して、アウロラは淡々と続ける。


「この谷には“影”がいる。君の恐怖を食べて、形にする化け物。魔法使いが触れれば暴走するけど、稀人種なら……まあ、死ぬだけで済む」

「死ぬだけって……」

「でも君は死ぬたびに強くなる。だから、ここは君にとって“最適な練習場”なんだよ。ゲームでもあるでしょ、大丈夫大丈夫。ここの影はスライム扱いだから。ゲームと一緒だよ」


 人間にとって命は大事なものであるはずなのだが、この死神はどうも狂っていやがる。練習場のスケールじゃない。雑魚モンスターのド定番であるスライム相手に死ぬゲームなんてクソゲーもいいところだ。


 そう思ったが、口には出さなかった。

 ニクスが、震える声で俺の袖を掴んだからだ。


「ごめんなさい。あなたを巻き込んでしまって。私も出来ることは色々試したけれど……力不足で」

「気にすんなよ」


 俺は笑ってみせた。怖い。

 正直、足がすくむほど怖い。でも――。


「俺はここで死んで、戻って、また死んで……その先に、お前を救えるなら、それでいい」


 ニクスの濃藍の瞳が微かに揺れた。


「……どうして、そこまで……?」

「決まってんだろ。俺は、もう一度チャンスをもらったんだ。だったら――誰かのために使いたい」

「感動してるところに邪魔しちゃ悪いけど。“試練の谷”は、君の覚悟を試す場所だからね」


 死神の声に呼応したのか、谷底から耳をつんざくような不協和音と共に何やら悍ましいものが這い上がる。


 ギィ……ギギギ……。


 靄の中から、黒い影がゆっくりと姿を現す。粘性のそれは徐々に寄せ集まり、一つの形を造って――。


「祭理。あれが君の最初の敵だよ」


 アウロラの声が、背中を押すように響いた。

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