人間不信になりそうです。……少しスケベなスキルのせいで。
「まさか、こんなスキルがあるとは……!」
祭司様の言葉に、講堂が揺れた。
荘厳な空気は崩れ、背中に無数の視線が突き刺さる。
ついさっきまで、誰も私の事を気にしていなかったのに、今や全校生徒の注目の的だ。
あまりの気まずさに、制服の裾をいじる。
嫌だなぁ。早く終わらないかな。
こうして、みんなの前で立っているのも辛いのに。
「はあ~……」
思わず、ため息が出た。
貴族の子女が通う名門校。
私、ユルテ=カウントは、ここで村八分にされている。
両親が商いで大成功し、その功績が国に認められて、叙爵された。
努力が実った素晴らしい話だ。
なのに、周囲は「成金」だの、「成り上がり」だの、私への陰口ばかり。
あ~ぁ。これなら貴族になんてならなきゃ良かった。マナーも作法も面倒くさい。
「祭司様!」
「一体、何が書かれていたのですか!?」
壇上に座る三人の大臣が、血相を変えている。
なによ。さっきまで欠伸していたくせに。
この世界では高等部二年になると、祭司様が神の啓示を受けて、各々のスキル(特殊能力)を告げた。
それがスキル発動の条件になる。
「裁縫が得意」「詩作に秀でている」程度なら問題はない。
だが「剣術」や「学術」の類なら国家戦力だ。
その為、発表の場には、必ず大臣達が立ち会うようになっていた。
「それが……」
祭司様は口ごもりながら、目をこすった。
最近、目が悪くなったと聞いていたけど、大丈夫かな?
「い、今までイチャイチャした人の数がわかる……らしいです」
「は?」
厳粛な講堂に、私の間抜けな声が響いた。
▽▽▽
「ぶっ! ぶはははははは!!」
最初に吹き出したのは、一番右に座るベルモンテ伯爵だ。
きれいに整えた黒い顎鬚を揺らし、ニタニタといやらしい笑みを浮かべる。
「何かと思えば、今までイチャイチャした人の数!? くだらん!」
そして、呆れたように肩をすくめた。
「手をぎゅっと握ったり、頭をなでなでしてもらった回数がバレたところで、何の不都合があろうか?」
「……」
ん?
んん?
今、なんて言った?
手を握る? 頭を撫でる?
まっさか~!
鼻で笑っちゃうわよ。
イチャイチャよ!? イ・チャ・イ・チャ!
もっと大人で~、甘美な~、世界に決まっているでしょうが~!
つい、いかがわしい想像を思い浮かべて、ニヤニヤしてしまう。
「……」
はっ!
公衆の面前で、何を考えているか!? 私は!
この失態に気付かれていないか確認するため、私は後方に座る生徒達に視線を移した。
お行儀よく座る生徒達の中に、私の婚約者がいる。
ルシアン=アクスレピオス。子爵令息だ。
顔立ちは十人並みだが、表情を崩した姿を見た事がないほど真面目人間。アクスレポオス家の礎になる為、日々、邁進しているとかなんとか。
そんな彼が、ある日突然、家を通して私に求婚してきた。
由緒正しい貴族様と親戚になれると、両親は大喜びだ。
だけど、私は微妙。
イケメンがいいとか、公爵家がいいとか、わがままを言うつもりはない。
ただ、結婚相手は私を大事にしてくれる人が良かった。
でも、この婚約者様は……。
ほら。私と目が合ったら、目を反らす。
ちょっと! 婚約者がバカにされているのよ! 心配しているフリくらいしなさいよ!
表情は変わらないし、寡黙で話の相手にすらならない。
彼がプロポーズしてきた理由だって、分かっている。
叙爵祝いのパーティで、庭先に現われたヘビに腰を抜かした彼を、私が助けたのだ。
平民育ちの私にとって、ヘビの一匹や二匹、なんて事ない。片手で締められる相手よ。ふん。
……たぶん、それが彼のプライドを傷つけた。
だから、嫌がらせでプロポーズしてきたのよ。
どうせ結婚しても、「お前を愛するつもりはない」とか言って私に恥をかかせる気なんでしょ。
ああ! 嫌だ!!
「どうしましたか? エクレアール侯爵殿」
デルモンテ伯爵が、左隣の初老の男性に視線を送った。
カイゼル髭をいじりながら、侯爵は真剣に私を見てくる。
「私はあなたが信じられない」
「え」
伯爵の笑いが止まる。
侯爵は眉間にシワを寄せ、真摯な瞳で問いかけた。
「イチャイチャとは何だ? どこからどこまでがイチャイチャなのだ?」
あ、それ、私も思っていた。
「あなたは手を握り、頭を撫でることだと思っているようだが……。どうするのだ? ハ、ハグだったりしたら!」
……ハグ?
いや、そんなことで、顔を真っ赤にして、どもらなくても。
「ば、馬鹿な! それは大胆すぎます!」
え。
「せめて、「はい、あ~ん」くらいでしょう!?」
はい、あ~ん!?
中年のおじさんが、眉間にシワを寄せて言うセリフじゃないわ!
「どちらにしても、そういう事をしてきた人数がわかるわけだろう? 既婚者や婚約者がいる者からしたら、脅威だ」
あ、なるほど。
実は、我が国は、浮気や不倫は犯罪行為にあたる。愛人なんて作った日には、絞首台へ直行。
つまり、私のスキルは証拠能力を持つのだ。
隠れてコソコソしている不貞者にとっては、まさに天敵。
なるほど、これは確かに武器になる。
ふふふ、想像しただけで気持ちいい。
「お待ちください。ド・ラ・ヴァリエール公爵殿の様子がおかしいです」
緩む口元を私が制御出来ずにいると、ベルモンテ伯爵がある異変に気付いた。
一番左の席に座るド・ラ・ヴァリエール公爵は、現・国王陛下の従弟にあたる。茶色の立派な髭が口元を囲んでおり、見るからに貫録があった。
しかし、今は両手で顔を覆い、うつむいている。
「私は……私は、恥ずかしい……」
顔から手を離さず、声が小さくて聞き取りづらい。
エクレアール侯爵が、心配そうに声をかける。
「どうされました?」
「こんな会話、耐えられない……」
「公爵殿?」
「イチャイチャと言ったら……、キ、キ、キスに決まっているではないか!」
公爵様がやっと顔を上げたと思ったら、その顔は茹でタコのように真っ赤だった。
「キス」という言葉で、他の二人の大臣も赤面する。
「破廉恥な!」
「公爵殿! まだお昼前ですよ!」
何なのよ、このおっさん達は。
たかが「キス」くらいで、全員、興奮しちゃってさ。
小学生か。
よく子供が作れたわね……。
(ん?)
それぞれの奥様方の苦労を思っていたら、視界に妙なものが映った。
何度も瞬きをする。
気のせいじゃない。
おっさん達の頭の上に、数字が浮かんでいる。
一番左のド・ラ・ヴァリエール公爵。
その数字が、ひときわ大きかった。
50,189。
……なに、これ?
周囲の誰にも見えてないようだ。
あ。これは、スキルだ。
啓示を受けて、ついに発動したのだ。
私のスキルは「今までイチャイチャした人の数がわかる」というもの。
つまり、この数字は今まで……。
そこで、思考が止まった。
いや。
いやいやいや。
待て待て待て。
50,189!!?
今までイチャイチャした人数が50,189人ってこと!?
あの「キス」で顔真っ赤にしていた、おっさんが!?
嫌な汗が私の背中を流れる。
えっと……、仮に思春期を十二歳からとして、今この人が五十五歳だとしたら……。
「うおっ!」
思わず、私はすっとんきょんな声を漏らした。
一日二~三人ペース!?
は~!?
浮気や不倫が罰則にならない国ですら、絶対に許されないでしょう! こんなこと!
恐る恐る視線を横にずらすと……。
ベルモンテ伯爵にもエクレアール侯爵にも、頭上に似たような数字が並んでいた。
「44,891」と「40,589」。
う、うそーーーーーーー!!!
な、な、何が「破廉恥」よ!?
全員ムッツリスケベじゃない!!
「い、いや~~~~~~!!!!!」
大人の汚さと、いやらしさに耐えきれず、私は講堂を飛び出してしまった。
「ユルテ!」
ルシアン様が私を呼んだ気がしたけど、振り返る余裕なんてなかった。
▽▽▽
ひどい……ひどいわ……。
学園の敷地内にある教会。
そこの会衆席で、私はさめざめと泣いていた。
何よ、あの髭たち。
ただのスケベ親父の集団じゃない。
男爵令嬢になった際、教育係からは「夫だけを愛しなさい」「他の殿方に特別な感情を持ってはいけません」と言われ続けた。多分、男性側も同じことを叩きこまれているはずだ。
なのに、模範となるべき、上級貴族の、しかも大臣クラスの人間が毎日、とっかえひっかえ誰かと情事を重ねているなんて……。
情けなくて、悔しくて、意味が分からなくて、涙が止まらなかった。
「ユルテ。探した」
背後から私を呼ぶ声。
先ほど、私の名前を呼んだ声と同じだ。
「ルシアン様」
「大丈夫か? 途中で飛び出したので驚いた」
「……」
私を探しに来てくれた?
自然と笑みがこぼれる。
正直、すごく嬉しかった。
「大丈夫です。すいません」
「うむ」
ルシアン様は簡単に相槌を打った。
ふと、彼の頭上に浮かんでいる数字が視界に入る。
「あ」
1。
「……」
先ほどの数字がとんでもなかったせいか、心の底から安堵してしまった。
1。
わかる。
これなら、わかる。
奇妙な感動すら覚えて、私は思わずルシアン様のジャケットの袖にしがみついてしまった。
「ユルテ?」
「良かった……。私の婚約者様が、一万人を相手にするスケベじゃなくて……」
「は?」
口元を引きつらせながら、ルシアン様は首を傾げた。
その直後。
彼の顔が赤くなった。
え? どうしたの?
「だ、大丈夫そうなら、講堂に戻ろう! お前はとんでもない誤解をしている!」
何かを誤魔化すように、ルシアン様は慌てていた。
「実は、お前が講堂を去った後、お前のスキルは間違いだと分かったんだ」
「間違い?」
私は制服のスカートを握りしめた。
ショックだからと言って、逃げ出すのではなかった。
私が学校を立ち去った後、何かあったのだ。
「お前の本当のスキルは「今まで、イチャイチャ……」
「ユルテ様、こんなところにいたのですか!?」
教会の奥から高齢男性が出てきた。
スキルの啓示を行っていた祭司様だ。
だいぶ足腰が弱っているのだろう。私達の方へゆっくりと向かってきている。
講堂からここまで歩いて来てくれた事を考えると、本当に申し訳なく思った。
「出て行ってしまったので、驚きましたよ」
「申し訳ございません。お騒がせしました」
頭を下げようとしたところで、私は息を呑んだ。
祭司様の頭上に、数字が浮かんでいる。
その数、なんと。
64,241,969!!
な、な、何、これ!!?
一、十、百、千、万、十万、百万……。
桁を数えているうちに、吐き気を覚える。
いくら、年を召しているからって、この数字は酷すぎる。
なに、このジジイ!
さっきの同情を返せ!
あんた、ただの動くチン……。
「ユルテ!!」
はっ!
ルシアン様の声に、私は我に返った。
危ない、危ない。
心の中とはいえ、不適切な発言をしてしまうところだったわ。
「何が見えたかは知らないが、よく聞いて欲しい。君のスキルは「今までイチャイチャした人の数がわかる」ものではない。「今までイチャイチャしたい人の数がわかる」ものなのだ!」
……。
イ、イチャイチャした「い」数?
じゃあ、実際、イチャイチャしたわけではない?
願望。夢。妄想。
そういうこと?
「すいません、ユルテ様。私の目が悪くて、よく読めなかったのです……。どちらにしても珍しいスキルなもので」
「……」
祭司様の言葉に、全身の力が抜けていくのが分かる。
床に倒れる寸前で、ルシアン様が後ろから支えてくれた。
「大臣達もおっしゃっていたが、「イチャイチャ」の定義がよくわかっていない。「仲良くしたい」「絆を深めたい」。そう思っただけで、カウントされる可能性だってあるようだ」
「……」
それを聞いて、腑に落ちた。
祭司様の元には、よく悩みを抱えた人達がたくさん訪れる。教会だけは、一般市民にも開放しているからだ。一人一人親身になって、相談を受けているのであれば……。
この数字の大きさは、祭司様の「懐の深さ」を表わしていることになる。
いやだ。
ヘビみたいに締め上げるところだったじゃない。
「では……」
私はよろよろと立ち上がりながら、寂しく笑った。
人の不貞行為の数など知りたくもない。でも、武器にはなったはずだ。
それが泡と化した。
「私のスキルは、国の為にも、家の為にも、役に立たないというわけですね」
「ユルテ。それを言ったら、俺のスキルも何の役に立たない」
ルシアン様は私から目を反らし、小声で呟いた。
「俺のスキルは……「相手がどれだけ自分を好きか分かる」というものなんだ」
「んまあ」
私は息を呑んだ。
なんと生きづらいスキルだろう。人の好意・敵意なんて知らない方が、無駄に傷つかずに済むだろうに。
「君は、ずっと俺を嫌っていた。だから、声をかけられなかった」
あ、そうか。
私は、求婚をルシアン様からの嫌がらせだと思っていた。当然、ルシアン様に対して好意はない。それに気付いた彼は、距離をとっていたのか……。
「でも、今は違う。さっき、はっきり分かった」
「……っ」
思わず、うつむいた。
そりゃ、そうだ。ルシアン様のスキルによって、私の気持ちはバレているのだ!
「ユルテ。改めて言わせてくれ」
ルシアン様は手を取り、じっと私を見つめた。
それは今までになく優しい眼差しだった。
「俺をヘビから守ってくれた。その時のお前の雄姿が、心に焼きつき、離れない。共に支え合い、生きたいと思ったのは、お前だけだ。どうか、結婚を前提に付き合って欲しい」
「……」
ルシアン様の頭上に浮かぶ「1」。
それは、誰よりも誠実な数字だった。
「もちろん、いくらでも守ってあげるわ」
悪戯っぽく笑いながら、私は彼の胸に頭を預けた。
この「1」が、ずっと変わらなければいい。
例え、変わったとしても。
私のそばにいてくれる人が、常にあなたでありますように。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




