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人間不信になりそうです。……少しスケベなスキルのせいで。

作者: ヤスゾー
掲載日:2025/09/25

「まさか、こんなスキルがあるとは……!」


 祭司様の言葉に、講堂が揺れた。

 荘厳な空気は崩れ、背中に無数の視線が突き刺さる。

 ついさっきまで、誰も私の事を気にしていなかったのに、今や全校生徒の注目の的だ。

 あまりの気まずさに、制服の裾をいじる。

 嫌だなぁ。早く終わらないかな。

 こうして、みんなの前で立っているのも辛いのに。


「はあ~……」


 思わず、ため息が出た。

 貴族の子女が通う名門校。

 私、ユルテ=カウントは、ここで村八分にされている。


 両親が商いで大成功し、その功績が国に認められて、叙爵された。

 努力が実った素晴らしい話だ。

 なのに、周囲は「成金」だの、「成り上がり」だの、私への陰口ばかり。


 あ~ぁ。これなら貴族になんてならなきゃ良かった。マナーも作法も面倒くさい。


「祭司様!」

「一体、何が書かれていたのですか!?」


 壇上に座る三人の大臣が、血相を変えている。

 なによ。さっきまで欠伸していたくせに。


 この世界では高等部二年になると、祭司様が神の啓示を受けて、各々のスキル(特殊能力)を告げた。

 それがスキル発動の条件になる。

 「裁縫が得意」「詩作に秀でている」程度なら問題はない。

 だが「剣術」や「学術」の類なら国家戦力だ。

 その為、発表の場には、必ず大臣達が立ち会うようになっていた。


「それが……」


 祭司様は口ごもりながら、目をこすった。

 最近、目が悪くなったと聞いていたけど、大丈夫かな?


「い、今までイチャイチャした人の数がわかる……らしいです」

「は?」


 厳粛な講堂に、私の間抜けな声が響いた。


▽▽▽


「ぶっ! ぶはははははは!!」


 最初に吹き出したのは、一番右に座るベルモンテ伯爵だ。

 きれいに整えた黒い顎鬚を揺らし、ニタニタといやらしい笑みを浮かべる。 


「何かと思えば、今までイチャイチャした人の数!? くだらん!」


 そして、呆れたように肩をすくめた。


「手をぎゅっと握ったり、頭をなでなでしてもらった回数がバレたところで、何の不都合があろうか?」

「……」


 ん?

 んん?

 今、なんて言った?

 手を握る? 頭を撫でる?

 まっさか~!

 鼻で笑っちゃうわよ。

 イチャイチャよ!? イ・チャ・イ・チャ!

 もっと大人で~、甘美な~、世界に決まっているでしょうが~!

 つい、いかがわしい想像を思い浮かべて、ニヤニヤしてしまう。


「……」


 はっ!

 公衆の面前で、何を考えているか!? 私は!


 この失態に気付かれていないか確認するため、私は後方に座る生徒達に視線を移した。

 お行儀よく座る生徒達の中に、私の婚約者がいる。

 ルシアン=アクスレピオス。子爵令息だ。

 顔立ちは十人並みだが、表情を崩した姿を見た事がないほど真面目人間。アクスレポオス家の礎になる為、日々、邁進しているとかなんとか。


 そんな彼が、ある日突然、家を通して私に求婚してきた。

 由緒正しい貴族様と親戚になれると、両親は大喜びだ。

 だけど、私は微妙。

 イケメンがいいとか、公爵家がいいとか、わがままを言うつもりはない。

 ただ、結婚相手は私を大事にしてくれる人が良かった。

 でも、この婚約者様は……。


 ほら。私と目が合ったら、目を反らす。

 ちょっと! 婚約者がバカにされているのよ! 心配しているフリくらいしなさいよ!

 表情は変わらないし、寡黙で話の相手にすらならない。


 彼がプロポーズしてきた理由だって、分かっている。

 叙爵祝いのパーティで、庭先に現われたヘビに腰を抜かした彼を、私が助けたのだ。

 平民育ちの私にとって、ヘビの一匹や二匹、なんて事ない。片手で締められる相手よ。ふん。

 ……たぶん、それが彼のプライドを傷つけた。

 だから、嫌がらせでプロポーズしてきたのよ。

 どうせ結婚しても、「お前を愛するつもりはない」とか言って私に恥をかかせる気なんでしょ。

 ああ! 嫌だ!!


「どうしましたか? エクレアール侯爵殿」


 デルモンテ伯爵が、左隣の初老の男性に視線を送った。

 カイゼル髭をいじりながら、侯爵は真剣に私を見てくる。


「私はあなたが信じられない」

「え」


 伯爵の笑いが止まる。

 侯爵は眉間にシワを寄せ、真摯な瞳で問いかけた。


「イチャイチャとは何だ? どこからどこまでがイチャイチャなのだ?」


 あ、それ、私も思っていた。


「あなたは手を握り、頭を撫でることだと思っているようだが……。どうするのだ? ハ、ハグだったりしたら!」


 ……ハグ?

 いや、そんなことで、顔を真っ赤にして、どもらなくても。


「ば、馬鹿な! それは大胆すぎます!」


 え。


「せめて、「はい、あ~ん」くらいでしょう!?」


 はい、あ~ん!?

 中年のおじさんが、眉間にシワを寄せて言うセリフじゃないわ!


「どちらにしても、そういう事をしてきた人数がわかるわけだろう? 既婚者や婚約者がいる者からしたら、脅威だ」


 あ、なるほど。

 実は、我が国は、浮気や不倫は犯罪行為にあたる。愛人なんて作った日には、絞首台へ直行。

 つまり、私のスキルは証拠能力を持つのだ。

 隠れてコソコソしている不貞者にとっては、まさに天敵。

 なるほど、これは確かに武器になる。

 ふふふ、想像しただけで気持ちいい。


「お待ちください。ド・ラ・ヴァリエール公爵殿の様子がおかしいです」


 緩む口元を私が制御出来ずにいると、ベルモンテ伯爵がある異変に気付いた。

 一番左の席に座るド・ラ・ヴァリエール公爵は、現・国王陛下の従弟にあたる。茶色の立派な髭が口元を囲んでおり、見るからに貫録があった。

 しかし、今は両手で顔を覆い、うつむいている。


「私は……私は、恥ずかしい……」


 顔から手を離さず、声が小さくて聞き取りづらい。

 エクレアール侯爵が、心配そうに声をかける。


「どうされました?」

「こんな会話、耐えられない……」

「公爵殿?」

「イチャイチャと言ったら……、キ、キ、キスに決まっているではないか!」


 公爵様がやっと顔を上げたと思ったら、その顔は茹でタコのように真っ赤だった。

 「キス」という言葉で、他の二人の大臣も赤面する。


「破廉恥な!」

「公爵殿! まだお昼前ですよ!」


 何なのよ、このおっさん達は。

 たかが「キス」くらいで、全員、興奮しちゃってさ。

 小学生か。

 よく子供が作れたわね……。


(ん?)


 それぞれの奥様方の苦労を思っていたら、視界に妙なものが映った。

 何度も瞬きをする。

 気のせいじゃない。

 おっさん達の頭の上に、数字が浮かんでいる。


 一番左のド・ラ・ヴァリエール公爵。

 その数字が、ひときわ大きかった。

 50,189。

 ……なに、これ?

 周囲の誰にも見えてないようだ。

 あ。これは、スキルだ。

 啓示を受けて、ついに発動したのだ。

 私のスキルは「今までイチャイチャした人の数がわかる」というもの。

 つまり、この数字は今まで……。

 そこで、思考が止まった。


 いや。

 いやいやいや。

 待て待て待て。

 50,189!!?

 今までイチャイチャした人数が50,189人ってこと!?

 あの「キス」で顔真っ赤にしていた、おっさんが!?

 嫌な汗が私の背中を流れる。

 えっと……、仮に思春期を十二歳からとして、今この人が五十五歳だとしたら……。


「うおっ!」


 思わず、私はすっとんきょんな声を漏らした。

 一日二~三人ペース!?

 は~!?

 浮気や不倫が罰則にならない国ですら、絶対に許されないでしょう! こんなこと!

 恐る恐る視線を横にずらすと……。

 ベルモンテ伯爵にもエクレアール侯爵にも、頭上に似たような数字が並んでいた。

 「44,891」と「40,589」。

 う、うそーーーーーーー!!!

 な、な、何が「破廉恥」よ!?

 全員ムッツリスケベじゃない!!


「い、いや~~~~~~!!!!!」


 大人の汚さと、いやらしさに耐えきれず、私は講堂を飛び出してしまった。


「ユルテ!」


 ルシアン様が私を呼んだ気がしたけど、振り返る余裕なんてなかった。


▽▽▽


 ひどい……ひどいわ……。

 学園の敷地内にある教会。

 そこの会衆席で、私はさめざめと泣いていた。

 何よ、あの髭たち。

 ただのスケベ親父の集団じゃない。

 男爵令嬢になった際、教育係からは「夫だけを愛しなさい」「他の殿方に特別な感情を持ってはいけません」と言われ続けた。多分、男性側も同じことを叩きこまれているはずだ。

 なのに、模範となるべき、上級貴族の、しかも大臣クラスの人間が毎日、とっかえひっかえ誰かと情事を重ねているなんて……。

 情けなくて、悔しくて、意味が分からなくて、涙が止まらなかった。


「ユルテ。探した」


 背後から私を呼ぶ声。

 先ほど、私の名前を呼んだ声と同じだ。


「ルシアン様」

「大丈夫か? 途中で飛び出したので驚いた」

「……」


 私を探しに来てくれた?

 自然と笑みがこぼれる。

 正直、すごく嬉しかった。


「大丈夫です。すいません」

「うむ」


 ルシアン様は簡単に相槌を打った。

 ふと、彼の頭上に浮かんでいる数字が視界に入る。


「あ」


 1。


「……」


 先ほどの数字がとんでもなかったせいか、心の底から安堵してしまった。

 1。

 わかる。

 これなら、わかる。

 奇妙な感動すら覚えて、私は思わずルシアン様のジャケットの袖にしがみついてしまった。


「ユルテ?」

「良かった……。私の婚約者様が、一万人を相手にするスケベじゃなくて……」

「は?」


 口元を引きつらせながら、ルシアン様は首を傾げた。

 その直後。

 彼の顔が赤くなった。

 え? どうしたの?


「だ、大丈夫そうなら、講堂に戻ろう! お前はとんでもない誤解をしている!」


 何かを誤魔化すように、ルシアン様は慌てていた。


「実は、お前が講堂を去った後、お前のスキルは間違いだと分かったんだ」

「間違い?」


 私は制服のスカートを握りしめた。

 ショックだからと言って、逃げ出すのではなかった。

 私が学校を立ち去った後、何かあったのだ。


「お前の本当のスキルは「今まで、イチャイチャ……」

「ユルテ様、こんなところにいたのですか!?」


 教会の奥から高齢男性が出てきた。

 スキルの啓示を行っていた祭司様だ。

 だいぶ足腰が弱っているのだろう。私達の方へゆっくりと向かってきている。

 講堂からここまで歩いて来てくれた事を考えると、本当に申し訳なく思った。


「出て行ってしまったので、驚きましたよ」

「申し訳ございません。お騒がせしました」


 頭を下げようとしたところで、私は息を呑んだ。

 祭司様の頭上に、数字が浮かんでいる。

 その数、なんと。

 64,241,969!!

 な、な、何、これ!!?

 一、十、百、千、万、十万、百万……。

 桁を数えているうちに、吐き気を覚える。

 いくら、年を召しているからって、この数字は酷すぎる。

 なに、このジジイ! 

 さっきの同情を返せ!

 あんた、ただの動くチン……。


「ユルテ!!」


 はっ!

 ルシアン様の声に、私は我に返った。

 危ない、危ない。

 心の中とはいえ、不適切な発言をしてしまうところだったわ。


「何が見えたかは知らないが、よく聞いて欲しい。君のスキルは「今までイチャイチャした人の数がわかる」ものではない。「今までイチャイチャしたい人の数がわかる」ものなのだ!」


 ……。

 イ、イチャイチャした「い」数?

 じゃあ、実際、イチャイチャしたわけではない?

 願望。夢。妄想。

 そういうこと?


「すいません、ユルテ様。私の目が悪くて、よく読めなかったのです……。どちらにしても珍しいスキルなもので」

「……」


 祭司様の言葉に、全身の力が抜けていくのが分かる。

 床に倒れる寸前で、ルシアン様が後ろから支えてくれた。


「大臣達もおっしゃっていたが、「イチャイチャ」の定義がよくわかっていない。「仲良くしたい」「絆を深めたい」。そう思っただけで、カウントされる可能性だってあるようだ」

「……」


 それを聞いて、腑に落ちた。

 祭司様の元には、よく悩みを抱えた人達がたくさん訪れる。教会だけは、一般市民にも開放しているからだ。一人一人親身になって、相談を受けているのであれば……。

 この数字の大きさは、祭司様の「懐の深さ」を表わしていることになる。

 いやだ。

 ヘビみたいに締め上げるところだったじゃない。


「では……」


 私はよろよろと立ち上がりながら、寂しく笑った。

 人の不貞行為の数など知りたくもない。でも、武器にはなったはずだ。

 それが泡と化した。


「私のスキルは、国の為にも、家の為にも、役に立たないというわけですね」

「ユルテ。それを言ったら、俺のスキルも何の役に立たない」


 ルシアン様は私から目を反らし、小声で呟いた。


「俺のスキルは……「相手がどれだけ自分を好きか分かる」というものなんだ」

「んまあ」


 私は息を呑んだ。

 なんと生きづらいスキルだろう。人の好意・敵意なんて知らない方が、無駄に傷つかずに済むだろうに。


「君は、ずっと俺を嫌っていた。だから、声をかけられなかった」


 あ、そうか。

 私は、求婚をルシアン様からの嫌がらせだと思っていた。当然、ルシアン様に対して好意はない。それに気付いた彼は、距離をとっていたのか……。


「でも、今は違う。さっき、はっきり分かった」

「……っ」


 思わず、うつむいた。

 そりゃ、そうだ。ルシアン様のスキルによって、私の気持ちはバレているのだ!


「ユルテ。改めて言わせてくれ」


 ルシアン様は手を取り、じっと私を見つめた。

 それは今までになく優しい眼差しだった。


「俺をヘビから守ってくれた。その時のお前の雄姿が、心に焼きつき、離れない。共に支え合い、生きたいと思ったのは、お前だけだ。どうか、結婚を前提に付き合って欲しい」

「……」


 ルシアン様の頭上に浮かぶ「1」。

 それは、誰よりも誠実な数字だった。


「もちろん、いくらでも守ってあげるわ」


 悪戯っぽく笑いながら、私は彼の胸に頭を預けた。




 この「1」が、ずっと変わらなければいい。

 例え、変わったとしても。

 私のそばにいてくれる人が、常にあなたでありますように。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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面白かったです!!!これからのお二人の生活を思うと、照れくさくって、正直、赤面ものです。めっちゃ初々しさが出てて、最高に素敵なカップルですね!!思わず、ニヤニヤしちゃいました。おじさまの方々、いい仕事…
こんばんは。めちゃくちゃ面白かったです! 妄想力豊かなおじさんたちですね…… ルシアン様の数字に一瞬ひやひやしましたが、最高の結末でした。素敵なお話ありがとうございました☆
とても面白かったです! 最初は「こんなスキルあるの!?」と笑っていましたが、途中からどんどん引き込まれました。 主人公ユルテの素直でかわいらしい性格が本当に魅力的で、ルシアンとのやり取りも最高でした。…
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