第十八話 来園
「ぼ、僕こんなにいい車乗ったことないです」
そう言った僕に先輩は軽く笑った。「そんなに緊張しなくていいよ」汚しても誰も怒らないから。そう言って車内でくつろぐ先輩は少し大人っぽく見えた。
今朝、家族に見送られながら外に出たら見慣れない黒塗りの高級車が僕の家の玄関先に停められていた。間違って傷を付けたら怖い人が下りてきそうなので少し離れたところで先輩を待とうと玄関から出ると、その車の窓が下りた。そしてそこから僕の名前が呼ばれ、反射的に目を向けると、そこには先輩がいた。
やぁ、と窓越しに声を掛けた先輩はそのまま扉を開け、僕の方に向かってきた。当たり前だが、いつもとは違い私服であった先輩は、いつもより輝いて見えた。先輩の制服は先輩の体格よりも大きく作られているため、少しゆったりしているのだが、今着ている服のように白いシャツに細いデニムパンツを合わせたシルエットの出るものを着ていると先輩のスタイルの良さが際立つのだ。
しかも最近鍛えているらしく、ますますスタイルが良くなっている。そんな先輩に僕は憧れを抱いているのだが、果たして僕のような人間が先輩の隣に立ってもいいのかたまに不安になってくるのだ。
先輩は頭もいいし、話していると楽しいし、髪も顔もきれいだし、スタイルもいい。僕が先輩に勝っている部分なんて一つもない。もちろん対等な部分すらもない。本当に、なんでこんな僕がこんなすごい人に気にかけてもらえているのかわからない。わからない僕は今受け取れる幸せを享受するだけだ。
そう思いながら僕も先輩に駆け寄る。
「先輩おはようございます!」
おはよう、と返してくれる先輩の笑顔がまぶしい。思わず目がくらむ。スタイルもそうだが、先輩は顔がいい。しかも最初に会った時から顔はよかったが、最近はますますよくなっている。最近肌艶もいいし、目のクマなどもなくなり先輩の大き目な瞳がよく目立つ。年上の男性の顔の感想にはそぐわないかもしれないがとてもかわいい。顔だけ見せられてた美少女だと言われても違和感はない。
僕が心の中で拝んでいると先輩が「じゃあ行こうか」と言って僕を車に乗せようとする。こんな高級車に乗ってもいいんですか⁉なんて思っているとその思いを見透かされたのか、先輩は僕の方に振り返り、こう言う。
「僕らを招待した人がこれを用意したんだ」
だから乗ってほしいな。と言う先輩のセリフに僕はキツツキのように首を振り、そのまま車の中に入っていった。
―――――――――――――――――――
付いた場所は遊園地のエントランスだった。大きなゲートがかわいらしく飾り付けられ、楽し気な曲が流れていた。僕がその風景に圧倒されていると、向こうから手を振りながらやってくる人がいた。
「遅いぞー」
そう言いながらやってきたのは真っ赤なワンピースを着た女の人だった。とてもきれいな人だが、誰かの知り合いなんだろうかと周りをきょろきょろしていると、隣にいた先輩が前に出ていった。
「別に時間どおりですよ」
やれやれ、といった風に先輩はその人と話し始める。どうやらこの人が先輩にチケットをくれた知り合いの人らしい。僕よりも高い身長のその目立つ女の人は先輩よりも年上に見えるけど、親子ほど年は離れていないように見える。お姉さんだとしても先輩と顔の系統とは違う美人だ。どんな関係なのだろうと僕が思っていると話が終わったのか女の人がこちらを向く。
「君が聞いていた光君だね。今日は楽しんでいって」
そう言ってほほ笑みかけてくる。うっ、美人の笑顔眩しい。
やはりこの顔面の強さ、先輩と血のつながりがあるのかもしれない。僕は挨拶もほどほどに「先輩との関係は?」と質問する。
すると曙と名乗った女の人は少し考えるような仕草をした後、
「ママかな」
「違う」
そう言って先輩は曙さんを軽く小突いた。そのあと先輩が軽く説明してくれたが、どうやら遠い親戚の人らしい。先輩のお父さんが今海外出張をしているらしく、その間の親代わりに名乗り出てくれたのが曙さんらしい。
僕がその話を咀嚼している間に先輩と曙さんはコントのような会話をしていた。主にママかママじゃないかについて話している。二人の舌戦は激しくも面白く、遠い親戚と言いながらもどこか血を感じた。頭のいい人たちの会話って見てる方も楽しいんだな、という感想を抱く。
親戚同士の二人がこんなに美形ぞろいなら親戚の人が集まった時は圧巻だろうな、と見たこともない美形の人たちが集まる正月やお盆などを想像していると話が落ち着いてきたらしい。いや、振り切ったといったほうがいいのかもしれない。先輩が僕の手を掴んで遊園地の入り口に向かって歩き始めた。先輩曰く「キリがないから行こう」らしい。
入口に早足で向かう先輩についていきながら僕はつながれた手を見た。
なんだかとても友達ぽい。
そう思い、思わず笑顔になる。
入園する前からこんなに楽しいのに、遊園地に入ってしまったらどれだけ楽しいのだろう。そう胸を躍らせながら僕はゲートをくぐった。
―――――――――――――――――――
「それで、本当にできるんですか、そんなこと」
いや、できるんだろうなと思う。この人はいつも僕の想像もできない世界に生きている。できると言えばできるんであろうと彼女の口から出された計画を反芻する。
「ああ、そのぐらい楽にできるさ」
そう自信たっぷりに言う彼女はきっと電話の向こうで愉快そうに笑っているのだろうと思う。
彼女の計画は数自体は少ないが、万が一忘れないようにメモでも取ろうかと手元にノートと鉛筆を手繰り寄せるが、その間に彼女が「でも」と話をつづけた。
「この計画で一番重要なことはほかにある」
そう言われ、僕はピクリと指を動かす。重要なこと?一体なんだ?
そう思い、彼女の言葉を聞き逃さないようにし、すぐにメモできるように姿勢を整える。
「それはだな」
「君が心の底から楽しむことだよ」
添う彼女はいうと満足そうに笑った。
それに対して僕はなんとも曖昧な返事を返す。心の底から楽しむ必要がわからなかったからだ。別にそんなことをしなくてもいくらでも表面上で取り繕える。それに感情が介入してしまえばどこかで計画が崩れるかもしれない。添う彼女に言い返すが、彼女もあいまいに返す。
「計算外でもいいってことを学ぶいい機会になるはずだ」
そういう彼女はやはり楽しげだ。いつも通り自由で意味の分からない、彼女の行動に訝しげに思うが、その言葉をメモする。僕はどうしても計算してから動くきらいがある。今後どうなるかわからないが、その計算する一瞬に出遅れることがあるかもしれない。そう考えると適切に計算外で動けるような習慣を付けなければならないかもしれない。
そこまで思考を伸ばすが、やはり彼女の言葉に納得はできないまま夜は更けていった。
―――――――――――――――――――
遊園地に入り、あたりを見渡す。入り口付近には親子が二組ほどいるぐらいで人は少ない。まず目当てのジェットコースターへの道を探していると、光君が声をあげた。
「めっちゃ空いてますね!」
ラッキー!と言う彼を横目に地図を見る。そうか、初めて遊園地というものに入るが、これはやはり空いている状態なのか。そう思いながら光君に「あっちに目玉のジェットコースターがあるみたいだよ」と声を掛ける。
その声に合わせて光君は目を輝かせて僕が指さした方向に走り出した。僕も彼を追いかけるように走り出す。空いているなら走らなくてもいいのでは、とは思うが口には出さない。
思い出すのは曙の計画の一つだ。遊園地が空いているのは偶然ではない。こちらが手配したことだ。仕組みは簡単だ。曙がその有り余る資金で、買えるだけのチケットを購入した。曙が購入する前に事前に支払っていた客は問題なく入れるが、新しく入ろうとする人は入れないという仕組みだ。
どうやら曙自体は遊園地自体を買い取ろうとしたが、流石に一週間前では難しく、この疑似的な貸し切り状態を作ることになったらしい。
ちなみに、遊園地自体の買取は決定事項らしい。それにその際にそこそこ献金したらしく、今日一日の園内での売り上げ損失を埋めて有り余るほど金が経営者には舞い込んだらしい。そのため、遺恨なく曙を含め、僕たちはVIP待遇というものになっている。
なので本当はジェットコースターに並ぶ必要も何もないが、流石にそれをするとひかれてしまう可能性があるため、近くにほかのお客さんがいる間は一般客として扱うように指示がされている。
ジェットコースターの並び時間を見ながら「前代未聞の待ち時間の少なさ!」と驚いている彼を横目に僕たちは列に並ぶ。15分ほど待つらしい。長いな。
そう思っていると、遊園地の係の人が列に並ぼうとする僕たちを引き留める
「あの、優先入場券をお持ちの方ですよね。列はこちらの方になります」
そう言われてお客さんが数人並んでいる方とは別の待機列に案内される。そういえば曙が乗り物に早く乗れるパスにしといたとかなんとか言っていたな。それのことだろうと見当をつけて係の人の案内に従う。光君は驚いていたがすぐに「VIP待遇だ!」と喜び始めた。まさか本当にVIP扱いだとは思っていないだろうが、その言葉に僕は少し笑う。
ジェットコースター、初めて乗るがどんなものなのであろう。
目玉と紹介されていたそれに想像しながら僕は初めての遊園地に挑むこととなった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。評価やブックマーク、感想などあればうれしいです。
初めてのジェットコースター、どうなるか勘のいいひとはわかるかもしれませんね。
ちなみに作者の私は初めてのジェットコースターで股間を強打して血を出しました。