第十七話 再会
「あはは!」
少年の笑い声が公園に響く、その正面には中年程度の男性が同じように顔を綻ばせながら少年との会話を楽しんでいる。僕はその様子を向こうから見えない場所から見守る。今日は木曜日であり、光君と合う日であったが、先客がいた。
「光君はいつも笑顔で癒されるよ」
そうデレデレと気持ちの悪い笑顔で言うのは憎きターゲットの下呂だ。そろそろ接触してくると思っていたが、今日だとは思わなかった。危うく僕の顔を見られてしまうところだった。公園に入る前に気が付けてよかったと胸をなでおろす。
僕は向こうからは見えないように公園の入り口のモニュメントに身を隠しながら様子を伺う。正直何を話しているのかはあまり聞こえないが、盛り上がっていることはわかる。
光君の笑い声と、それにこたえるような下呂の大げさな言葉だけが鼓膜に届いたが、それ以降の話は聞き取ることはできない。もっと詳細な内容が知りたかったが、遮蔽物の少ない、この小さな公園ではこれ以上近づくのは難しい。
このような状況を想定して集音器か盗聴器を仕掛ければよかったと後悔していると下呂が立ち上がり、こちらに向かってきた。
ばれたのかと思い、自販機の後ろに隠れるが、どうやらこの自販機自体に用があったらしい。ガコンっと音を立てた後に、立ち去る足音が聞こえた。
もう一度モニュメントの陰に身を隠し、様子を伺う。
そこには光君にジュースを手渡す下呂と、それを申し訳なさそうに受け取る光君がいた。
その光景に吐き気を覚えながら思う。
腹が立つほど変わっていない。
明らかにその行為は僕にしたように信頼と恩を売る行為だろう。その行動自体は言葉にすれば微笑ましいものだが、その裏のどす黒い思惑に僕は寒気がした。舌打ちを打ちたくなる気持ちを抑え、携帯を見る。
いくつかの操作の後、そこには公園にこの時間に待ち合わせをする光君と僕のメッセージのやり取りが映っていた。僕は携帯をマナーモードにした後に文字を打ち始めた。内容としては、今日は用事があって遅れる。もしかしたらいけないかもしれないから帰ってもいいよ。という内容だ。
文面を確認した後に送信する。そして二人の方に意識を向ける。
話していた光君は何かに気が付いたようにポケットに手を入れた。そして携帯を取り出す度画面をみて、ため息をつく。携帯を確認すると既読がついていた。
そして「了解!用事頑張ってね!」といったメッセージとスタンプが送られてきた。それに僕がスタンプで返すとネット上の会話は終わった。
携帯から目線をあげ、もう一度二人に目を向けると話を続けていた。今日はこれ以上の収穫はない気がしたが、一応下呂が何かやらかさないかを観察するために今日はどちらかが帰るまでこのまま隠れ続けることにした。
30分ほど経ったろうか、意外なことに下呂の方が公園の入り口に向かって歩いてきた。先ほどと同じように身を隠す場所を変え、公園を去る下呂を見送る。その後ろ姿に小さく舌打ちをする。
残された光君の方を見るが、携帯をいじっていた。
どうやらそのまま公園にいるつもりらしい。
下呂が戻ってこないことを確認した僕は、さも今着いたかのような所作で公園の中に入っていく。
「やあ、待たせたね」
そう僕が声を掛けると光君は目を輝かせて返事をした。そこから、待った、待ってないの話がいくつか続いた後、先ほどまでいた下呂の話に移った。どうやら最近読んでいた小説が主な話の内容だったらしい。不穏な気配は少なく、下呂がすぐにでも行動に移す気配はなく安堵する。
「下呂さんとは、ここでよく合うのかい?」
そう僕が聞くと光君は首を横に振り否定する。しかし、その代わりにどうやらお昼休みの間、中庭で話さないか聞かれたらしい。
「学校で話す人いないからちょっと楽しみなんだ」
そう言ってほほ笑む光君の呑気さに少し呆れるが、脳裏で頭を動かす。どうやら下呂は次の段階に入ったようである。僕の経験と昨夜の計算を合わせれば、2か月以内に最終段階であるあの事件の再来が起こるだろう。それに学内であれば今回のように様子を伺うのも難しいし、盗聴器を仕掛けるにしても回収などのリスクを考えると学校への侵入は最低限にしたい。それに学内で事が起こる可能性が高いことを考えるといつ次の段階に行くかもわからない。これは情報戦だ。ただわからないことだけがわかる状況が続くのはこちらにとって分が悪いとしかいえない。
少し頭を痛めているとふとした疑問がわいてきた。
光君の僕への信頼はどのくらいだろうか。
二か月以内にことがあると予測したが、それはあくまでも遅くともの話だ。二人の関係値に従っていくらでも変化はする。そう考えるとあと一か月で光君の信用を勝ち取り、下呂への仕掛けに協力してくれる段階に移行しなければならない。
2週間で関係値を限界まで構築、残り2週間で説得がペースとしていいだろうか。
そうなれば来週の遊園地は重要なイベントになりそうだ。そこで関係を強固なものにし、中間評価を行おう。
そこまで計画した僕は更なる情報を得ようと光君と話を続ける。光君は学校での様子や最近の不満なんかも話してくれるようになった。だが、今日の議題は主に下呂のことであった。下呂は趣味として絵を描いているらしく、その絵を見せてくれたり、自分を描いたりしてくれるそうだ。
ずっと続く下呂話は僕が調査書を経由して得た情報も多く、退屈になってくる。
中間評価は遊園地の時にしようかと思ったが、今の信頼値を確認するためにも少し仕掛けてもいいかもしれない。そう思い、僕は光君に話しかけた。
「光君って下呂さんのことすごく慕っているよね」
「うん!だってこんな僕でも話しかけてくれるの下呂さんくらいしかいないし」
そういう彼に僕は首を傾げて尋ねる。
「僕はどうなのかな」
その言葉に光君は驚きの表情と声をあげる。
「僕も光君ともっと仲良くしたいんだ」
「そんなに下呂さんの話をされると少し妬いちゃうかも」
なんて、冗談だと仄めかす言い方をしながら言葉を吐く。さて、どのように食いつくのだろう。
そんなことを思いながら光君を観察していると、光君はあわてたような仕草をした後に「先輩のことも勿論大好きです!」「僕の話面白そうに聞いてくれるし、先輩の話も面白いし」そう言って言い訳するかのように言葉を重ねる。
好感度は上々だが、信頼関係というには浅いか。なんて評価しながら口を開く。
「ごめん、ごめん。光君を困らせたいわけじゃなかったんだ」
僕も光君のこと好きだよ。なんて言いながら話を進める。
僕の合流が遅かったこともあり、30分ほどしゃべった後に僕たちは別れた。
効率のいい信頼関係の構築方法。信用してもらう方法。頭の中で考えるが、圧倒的に知識が足りないと思い、家に帰るや否や本を開く。曙にお願いしてそろえてもらった人の心理に関係するものやカウンセラーや看護師が患者に対して信頼関係を築く際の実践方法などだ。大量に渡されたはいいが、量が多く読むのを後回しにしていた物だったが、現状を考えるとすぐにでも読んだ方がいいだろう。
本に書かれていた内容として、心を開く方法など時間をかけて行うこと方法などは僕が行っている共感や受容、分析に近い。実際にこれを行うことで効率よく好感度は稼げているが、絶対の信頼には遠い。人間関係は積み上げていくものだと改めて認識するが、それだと遅い。
こうなれば、少し演出を取り入れるか。
僕は携帯のカレンダーを見る。遊園地までの日付は一週間を切っている。ここから自分一人の力で何かを準備するのは無謀だろう。ここはもう大げさでもいい、何かとてつもない規模でやらかしてくれる人を頼ることにする。
僕は曙に連絡を入れた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回久しぶりに曙が登場します。