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第十六話 計算

下呂の二つ目の調査書が届いた。


前回と同様、行動範囲や一日の過ごし方などが書かれている。少し変化があるのが気がかりだが、今はそれよりも気になるものがある。


封筒の中に入った資料はクリップでいくつかの部類に分けられているが、前回届いたものより、その冊子の量は目に見えて増えていた。表紙を見ればそれが下呂の過去に関するものだということが分かった。前回は一週間の期間で集めてまとめ上げたものだから簡単な家族関係と学歴、勤務歴ぐらいしか書かれていなかったものが大幅に書き足されていた。


これは読むのにもそれなりの時間がかかりそうだ。先に宿題と予習を済ませておこうと机に向かう。


勉強は好きだ。新しい知識が増えるのも、それを使うのも。

それに勉強ができることは学生のうちはある程度のステータスとなる。僕が今の学力を維持し続けることでやっかみ自体は増えるかもしれないが、それよりも生徒の鎮静には役に立つ。僕も表立って言うことはないが、誰もが頭に刻まれている。僕がこの学校という箱庭の中で一番頭がいいと。僕に向かって暴言を吐いたり、陰口を言う人にも、この事実は変わらない。


その事実はこの自称進学校において、とても重要な意味を持つ。成績至上主義とまではいかないが、それに近い雰囲気が漂っているここでは、成績がいいやつが自習室を占拠できるし、花形の役を持たせてくれる可能性も高い。もちろん、容姿や腕力、芸術、コミュニケーション能力などほかの面でも評価されるのは事実だ。


それでも、毎月張り出される成績表のトップに居座る僕に対して何かを言うことは「お前あいつより頭悪い癖に何言ってんだ」と思う層がいるがいることも事実だ。この層がいることによって、厄介者である僕でもある程度の市民権はあるし、生徒会に入ったことに表向き文句を言われることもない。


なので、復讐はもちろん完遂するが、成績を落とすこともしない。


光君と話す時間は週に3時間あるかどうかであるが、それでも勉強時間が減っているのは変わりないため、自分に与えられた時間をいかに効率よく使うかが大事だ。僕は別に天才というわけではない。それなりに復習に時間を当てないと記憶は定着しないし、数式は日々解いてないと鈍る。


目標のためなら努力は惜しまない。

それが僕の矜持だ。



―――――――――――――――――――



次の週の予習を終え、伸びをする。

春に一度教科書を見ていたが、忘れているところも多かった。いくつかのキーワードをノートにメモし、記憶の想起を促せるようにする。


現在午後8時。高校生が寝るには逆に不健全な時間だ。報告書のつまみとしてプロテインを溶かし入れ、シェイカーで撹拌させる。健全な肉体にするためには食事内容を見直すべきだが、自分の胃腸と相談した結果、一度の食事量を増やすのは長期目標にしたほうがいいと判断した。そのため、しばらくの間は食事回数を増やす方向にシフトした。


自分がいつも食べている晩御飯に関して栄養評価を調べたところ、蛋白質と脂質が足りないことが判明したため、最近は勉強のお供にプロテインを飲むことにしている。


まだ体にあまり変化は出てきていないが、少し寝つきと目覚めはよくなったかもしれない。これを機に万年底辺の体力測定を何とかしたい。持久走はなんとかできるが、短距離走などの瞬発力が必要なものが割と壊滅的なのである。


プロテインを一口飲み、一息つき、報告書を開き始めた。



―――――――――――――――――――



下呂の過去を簡単にまとめると、人間関係に失敗しまくった人生。という感じだった。

ここに至るまでの過程で問題を起こしていない箇所を探す方が大変なほど、と言ったら伝わるであろうか。しかし、大学卒業後、教員免許を取得してから、その後非常勤講師として数年間勤務を続けている間は特に問題を起こしていないそうだ。


だが、普通に考えるとわかるのだ。人間、何の理由もなく急に変わることはない。ここには乗っていない事実である、あの事件のように。


彼の家から出てきたゴミに関しての詳細が出てくる。おおよそ関係ないであろうごみの情報の中から書籍の発注書を見つける。海外から取り寄せた物も混じっていたが、総じてイラストなどに用いるポーズ集や子供向けのファッション雑誌という感じだった。だが妙に気になりネットで書籍を調べる。そして出てきたのは、なんというか当たり前かもしれないが、少年少女と言えるような人間の写真だった。


普通に流通しているものであるため、性的な描写などはされていないだろうが、それでもピンポイントに抜き出された情報に鳥肌が立つ。しかも割合的には少年の方が多いのがとても気持ちが悪い。


もともと光君に話しかけている時点で警戒はしていたが、今回のこの本の購入日時を見る限り、そういう性的趣向が継続的にあることを認識する。


また、1か月間の調査で今のところ3度ほど確認されている行動があった。それは隣の市に移動して、そこで公園で何をするでもなくベンチに座ったり、住宅街を徘徊するというものである。その際に学生に話しかける様子もあったが、逃げられていたらしい。


僕はその市を含め、近くの市の名前と不審者情報を探した。

下呂の見た目に近い特徴を入れて検索する。すると不思議なことに約2週間周期で似たような人物が市を変えて現れていることに気が付く。通報内容としては登下校中の学生に話しかけたり、局部を露出したり、追いかけてきたりと通報理由は様々だが、共通点がある。


それは対象が中学生男子であることだった。


僕は頭が痛くなる。本当に何をしているんだあのクソ野郎は。

そう思いながら数年前の不審者情報までたどって調べる。比べる情報は僕と奴が出会う直前と、出会ってからの不審者情報だ。ノートに日時と比率、グラフを作成して図式化する。


すると見えてきたのは下呂の行動の変化だ。帰納法でデータ数は1であるため信用性は薄いが、それでもそのデータは合っているような気がした。


まず、平常時の下呂は約2週間というスパンで男子中学生に対して付きまとい行為や嫌がらせを行っている。その習慣は下呂が現在の地域に引っ越してきてから続いている。だが、そのスパンが崩れた時期が一度だけあった。それが僕と出会った時だ。


正確に言うと、僕が下呂と公園で話し始めた時、その時を境に下呂の目撃情報は不自然に増えていた。話し始めてから3か月間の間に下呂が目撃された回数は13回だ。今までの習性から考えるとその回数は異常値だ。普通に考えたら、僕と合うために時間に割いていたのだから、低下するはずだが、そうではなかった。


考えたくないが、僕にぶつけたかった欲望をほかの所で発散していたのだろう。


そう考えると、この一か月間に3回という数値は異常の前触れのように感じた。単に通報されていないだけで、本当は月に3回以上変態行為を行うことを常としているのかもしれないが、光君に接触している以上可能性はぬぐえない。


というか、このまま通報してしまえばいいのではないのか、と疲れた頭で思うが、それでは足りないと頭の中で僕がささやく。ただの露出犯として捕まったとしてもその罪は軽い。到底、僕が感じた恥辱に値しない。できるなら、できるだけ重い罪で、世間に明らかになるような、相手が社会的に復帰できないような状態にしたい。


後々の証拠としては使えるであろうが、重さが足りない情報たちを見つめる。


やはり、彼に手伝ってもらって、ことを大きくするのが一番いいように感じた。


改めて数値化したそれを計算しなおす。

僕の予測だと、この数値であればそろそろ新しい接触がありそうだ。探偵からの報告は遅くなる。彼から適宜情報を抜き出し、状態を把握しつつ、信用勝負に勝たなくてはならない。


彼がどの程度僕を信用しているのかはわからないが、現在は立場的にも、関わり合った時間的にも下呂の方が優勢だろう。


下呂の邪魔をしつつ、彼が僕を選ぶようにする。


その方法を考え、僕は鉛筆でノートを突く。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


主人公と一緒に悩んでいただければと思います。

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