第十三話 勝負
「それなら、ここに隠されているかもしれないね」
そう言って光君に学校構内のモニュメントの場所を言う。僕の経験則だが、それだけ探しても出てこないということは普段とは違う場所に隠されているのだろう。それならばいくつか当てがある。そのモニュメントこそがそのあての一つだ。それは木製でできた校長を模した銅像のようなものなのだが、実は発泡スチロールでできているため、見た目以上に軽い。そのモニュメントは階段近くの壁に沿わせるように置かれている。しかし、壁とモニュメントの間に少し隙間ができるのだ。
その隙間は、何かを隠すのにちょうどいい大きさをしていた。
僕も一度そこに隠されたことがあるが、見つけるのになかなか苦労した。ついに捨てられたのかと思ったぐらいだ。
ほかにも、似たような場所をいくつか教えると、光君は希望が見えてきたのかその顔を驚きと笑顔でいっぱいにしていた。そして僕が話し終えるや否や大きな声でお礼を言われた。
「ありがとうございます!何から何まで!!」
そう言ってニコニコと笑う彼に「まだ見つかってないから、お礼なんて」と言うが「それでもです!」と返される。どうやら、彼に靴を取り返せるかもしれない希望を与えたことにより、思った以上に懐かれていそうだ。
これは都合がいいと思いつつ、そろそろ話の本題に入ろうと思い、どう切り出すか迷っていると彼が話し始めた。
「実は下呂さんっていう先生が探すのを手伝ってくれたんですけど、それでも見つからなかったんですよ。二人がかりでも見つからないし、捨てられたのかもと思っていたので、希望が見えるだけうれしいんです!」
といった。まさか向こうからその名前が聞けるとは思わなかったので、しめたと思い、その話題に乗っかる。
「親切な人もいるんだね」
よくその人とは話すのかい?と自然に話を進める。光君は何の疑いもなくうなずき、下呂の話をし始めた。
曰く、一人になると話しかけてくれる。曰く、クラスメイトに囲まれていると助けてくれる。曰く、今回のように探し物を一緒に探してくれる。
嬉しそうに語る彼を横目に、内心眉をひそめながら話を聞いていた。
僕の時と、気持ちが悪いくらい似ているな。
関わり方もそうだが、吃音症の悩みを打ち明ける展開なども似ている。ただ、僕の時とは違い、放課後に勉強を教わるなど、個人的な時間を持つまでには至ってないようだ。だが、彼の話しぶりからすると、それも時間の問題のように感じる。
頭の中で何回か計算をする。
下呂と僕が会った時期とあの事件の日までの日数、彼と下呂がかかわりあった時期、彼の下呂への好感度、下呂の現状に対する不満。
そして答えを出す。
このまま彼を放置しておけば、遅くとも3か月以内にまた、あれと同じようなことが起きるだろう。
光君をもう一度よく見る。彼はまだ下呂の話を続けている。彼は下呂を間違いなく信用しているだろうし、下呂はそれを利用しようと動くであろう。他人がどうなろうと至極どうでもいいが、あいつが何の罪悪感もなく日常を過ごし、あまつさえ僕と同じようなことを目の前の少年に行い、快楽を得たら?はっきり言って不愉快この上ない。
僕は改めて復讐を完遂する覚悟を決めなおし、彼に話しかける。
「ごめんね。もうそろそろ帰らなくちゃいけないんだ」
時計は19時を回っていた。そろそろ帰らなければ門限に間に合わない。
その言葉を聞いた彼は残念そうな顔をし、「もうさよならなんて、寂しいですね」と言って笑った。僕はそれに同意しつつ、ある提案を行った。
「よかったら、連絡先交換しない?また、こうやって話したいんだ」
そう言って携帯を差し出す。
それを聞いた彼は驚いた顔をしたが、次第に表情は喜色満面といった風になり、彼の方もポケットからあわただしく携帯を出してきた。
「僕も話したいです!よろしくお願いします!」
そう言って連絡先を交換し始める。時折、「年上の友達」「初めての連絡先」とぶつぶつ言っていたので「僕たち、これで友達ってことでいいよね」と問いかけると、嬉しそうに何回もうなずいた。
ちょろくて助かる。そう思いながらメッセージアプリにテストメッセージを送ると、彼はそれをスタンプで返した。
そのまま僕たちは別れ、僕は自転車で寮へ急いだ。
とりあえず、一段階目はクリアした。あとは、信頼形成勝負だ。
それに、曙にも新たに調査してほしい人がいると伝えなければいけないと考えながらこぎ始める。
そう、今から行うのは下呂と僕の戦いだ。下呂が完全に彼の信頼を得る前に、僕は彼に信用されなければいけない。それも、とある作戦に協力しようと思ってくれる程度には。
頭の中で光君のプロファイルを進める。彼が欲しがる言葉は自然と思いつく。それは憎らしくも、過去の自分と重なるからだ。そして、その計画を盤石なものにするために、心理学かそれとも医療系の知識でも蓄える必要があるだろう。僕はそれを用いて人の心の中に入るすべを学び、試行錯誤するだけだ。
一度図書館にでも寄るか、それともいっそ曙にそれらしい図書をねだるか。あの人ならそういう本をいくつも持っていそうだと思いながら漕ぎ進める。
――――――
「なんでここに?」
駐輪場に自転車を止め終え、寮の入り口に向かっていった僕を迎えたのはここ最近見かけなかった曙の姿だった。彼女は今日は紺色の落ち着いたワンピースに黒いつばの広い麦わら帽子をかぶっていた。日も落ちてきているため、その姿はもう少しすれば闇夜に紛れるだろう。
「何、様子を見に来ただけだよ」
そう言いながら手に持っていた箱を僕に押し付けてきた。反射的に受け取ると中身は思ったよりぎっしり詰まっていたらしく、一瞬肩が外れるかと思った。
「なんなんです、これ」
そう僕が言うと「差し入れだ。これでも食べてその貧相な体に肉を付けろ」と言い、そのまま去って行ってしまった。
その言い草に内心腹を立てながら自室に戻り、箱を開けてみると中から出てきたのは大量の食糧だった。体積のほとんどはレンチンすればそのまま一食になるタイプのものであり、それの内容違いのものが2週間分ほど入っていた。ほかにも栄養の取れるゼリーだったり、プロテインだったり、彼女の言葉通り、僕に肉を付けさそうとするものが大量に入っていた。
正直、これ自体はありがたい。この寮には小さいながらも冷蔵庫はついているし、ほかは常温で保存できるので思った以上に場所はとらない。そこまで思うが、不意に彼女の言葉を思い出し、洗面台に向かう。
そこでカッターシャツを脱ぎ、上半身を鏡に映す。確かに、肩は骨の形が浮いているし、あばらも見える。うまくシャツで隠していたが、見る人が見ればこの惨状はわかるのかもしれない。
「鍛えよう」
最近、放課後壊れた自転車で走り回っているので足腰は鍛えられている自信はあるが、上半身は盲点だった。次に彼女に会うまでに及第点はもらえるようにしないと。
そう思いながらもう一度シャツを羽織り、もらったばかりのご飯を温め始めた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
主人公は鶏ガラです。
大きめに買ったカッターシャツで薄さがばれないようにしたり、冬場は重ね着したりしてごまかしていますが、仕事柄人を見ることが多い曙にはバレバレです。