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【閲覧注意】第十話 天使

【閲覧注意】

性的に襲われる描写があります。未遂ですが、気持ち悪く書いたので、読む際は注意です。

その言葉に思わず硬直する。なんで、その言葉が口の端から漏れ出した。目の前の曙は真剣な表情で僕を見つめたままだ。頭から血が下りていくような感覚と背中に汗が伝う感覚がした。からん、と音が鳴る。どうやらスプーンを手放してしまったようだ。皿の上に落ちたスプーンを拾おうとするが、手がうまく動かない。どうやら手が震えているようだった。頭の中でどこか冷静な自分が平静さを保とうとするが、頭に流れ出す記憶がその声を押し流していく。


「なあ」


そう声を掛けられ、うつむいていた顔をあげる。そこには急に取り乱した僕を心配そうに見る曙の顔があった。


「まずは息をゆっくりと吸うんだ」


そう言って曙は呼吸のタイミングを僕に伝える。それに対して僕は素直に従い、息を吸って、吐いてを繰り返した。まるで沈んでいく中で藁を掴むような行動だと思ったが、どうやら実際に呼吸も乱れていたようで、だんだんと気持ちが落ち着いていく。


「急に悪かったな」


そう謝罪を口にした曙の顔はどんな感情を持っているのかわからない表情をしていた。その顔をじっとただ見ていると曙は言葉をつづけた。


「無理に話さなくていい。ただ、私の考察を聞いてくれないか」


そう言って話をつづけた。


「君は無意識かもしれないが、壮年くらいの男性を避けている傾向があった」


例えば、フランス料理の時、あの時のウエイターは30代くらいの男性だったが、その男性にカバンを預けるときに僕は一瞬、カバンで自分の身を守ろうとした仕草をしたそうだ。ほかにも、今日の美容室では女性に施術してもらおうと体が動いていたらしい。それを見た曙がわざと男性の店員か女性の店員か迷った後に女性を選んだ際、僕はほっとしたような表情をしたらしい。


「あと、無意識かもしれないが、教師たちの様子を話しているとき、担任とそして男性教員への当たりがやけに強かったぞ」


そこまで言うと、手に持っていたお冷を飲み、目を伏せた。


「すまない、そこまで取り乱すとは思っていなかった」


そうこぼす彼女に僕は何も言えなかった。ただ、心に残っていたのは苛立ちだった。

歯を食いしばり、彼女をもう一度見る。そして僕は言った。


「次の復讐相手が決まりました」



―――――――――――



僕は中学生のころに明確にいじめられていた。

上履きをゴミ箱に入れられる。教室の展示物を飾るための画鋲がなぜか僕の靴箱にある。教室の花瓶が僕の机に移動していた。


それに対して僕は陰鬱な表情で、一人で一つずつ片付けていくのが日課だった。そのころはうまく立ち回るという考えがなかったため、ただ一人で耐えていた。その時の担任は気の弱い若い女性で、到底僕のことをかばえるような状態ではなかった。


そんな中、気にかけてくれる人がいた。それは非常勤の先生だった。その人は少し僕に似ていて、あまり自己主張はしない、おとなしい男性だった。クラスメイトはその人のことを気持ち悪い、汚いと言っていたが、そのころの僕に言わせてみればいじめに加担したり、無視するにしても陰で笑っているような人間性で人の容姿や中身をどうこう言える器ではないと思っていた。


その人は僕が隠された上履きを探していると「な、何か、さが、探し物かい?」と声を掛けて時間が許す限り探してくれたし、外に運ばれた机を一緒に教室の中に運び込んでくれた。壁際に追いやられている僕を見つけることがあれば「な、な、なにを、して、しているんだ!」とどもりながらクラスメイトを追い払ってくれた。


頼りがいのある人とは言えなかったが、少なくともこの人の近くにいる間は直接的ないじめを受けることもなかったし、公園で勉強をしていた僕を見かけた時はジュースをおごってくれた。ジュースをおいしそうに飲む僕を見て「い、いい飲みっぷり」と言って嬉しそうにしてくれた。この人もあまり金銭的な余裕はなく、そのジュースも本来は彼のコーヒーだったのだ。それに気が付き、断ろうとしても「君の方がおいしそうに飲んでくれるから」と言って、僕に手渡した。僕には何も返せるものがないのに、それでも与えてくれる存在は久しぶりで、とてもうれしかった。


彼は吃音症というものらしく、緊張したりするとどうしても言葉が詰まってしまうらしい。そのため、授業をしていても生徒に揶揄われてしまい、うまく授業が進まないことも多いらしい。


「ひ、人としゃべるの、あん、あんまり慣れてなくて」


そう言ってぎこちない笑い方をする彼に僕は親近感を覚えた。


それから、いつしか僕たちは公園で話をするようになった。僕は彼にワンツーマンで勉強を教えてもらい、彼は僕と喋ることで吃音症の克服を頑張っていた。僕の予想の限り、ただの吃音症というより、コミュニケーション不足による対人関係の不安があると思っていたが、その予想は当たっていたのか、僕との会話を重ねていくと自信をつけていったのか、吃音は少しずつ減っていった。


「先生、あんまり詰まらなくなりましたね」


教科書を指で追いながら彼に話しかける。彼は「そ、そうかな」と気恥ずかしそうに返す。僕は会話に飢えていたこともあり、先生と話す時間はとても楽しいものだった。


「君が、僕と、か、会話してくれたおかげだよ」


ありがとう、といい、彼はまた笑顔をこちらに向けた。


「き、君は僕の天使みたいなものだ」


そう大げさに言う。「なんですか、それ」と返すと「君のおかげで、なんだか最近、う、上手くいっているんだ」そう言って僕がどれだけ先生の役に立っているかを話し始めた。さすがにずっと褒められ続けられると恥ずかしさが勝ち、先生の言葉を止める。そこからまた、二人で勉強をした。学校と家に帰るまでのわずかな間の穏やかな時間が、その時の僕の唯一の心安らぐ時間だった。


ある日、先生に学校にいるときに引き留められた。教室にある荷物を運んでくれないかということらしかった。


普段使われない4階の準備室に先生と一緒に行く。そこに至るまでも軽く会話をしていたが、その際、先生の目がいつもとどこか違う気がした。少しぎらついたような、これから楽しいことが起こるような、そんなことを期待するような目をしていた。


教室につき、そのまま足を踏み入れるが、中には使われなくなった椅子と机が教室の後ろに積まれてあるだけで、特に何か運ぶ必要があるものがあるように見えなかった。


「すみません。どれを運ぶんですか」


そう言いながら扉の方に向き直るが、先生は扉の前で何か作業をしていた。

先生?と話しかけるのと同時に、カチャン!と音がした。


そして先生はゆっくりとこちらを振り返り、その顔を見せた。その顔は欲望でゆがんでおり、瞳はぎらつき、まるで舌なめずりするかのように口をくちゃくちゃと動かした。


鍵を掛けられた!


そう気が付いた僕は逃げ出そうと教室の後ろの扉を目指したが、椅子や机が邪魔でたどり着けなかった。そこでほかの脱出経路を探し、窓に目を付けた。そのまま一か八かで窓から降りて、その下にある外部通路に引っ掛かればいける。そこまで思考を伸ばしているとシャツを後ろから掴まれる。


走る勢いを落とせず、そのまま躓いてしまい顔から倒れる。


「痛っ!」


顔から倒れた痛みもあるが、口のどこかを切ってしまったらしい、口の中に鉄の味がした。


口と鼻を抑え、窓から飛び降りようとする僕を引き留めたであろう人物に向き直る。


その人物はのそのそと動き、僕にマウントを取るような形で馬乗りになった。


「あ、危ないじゃないか、飛び降りようとするなんて」


言葉だけは優しかったが、責めるような言い方と、こちらを下卑た目で見降ろす様に優しさなどは一切感じなかった。そこにあったのはただ、僕を支配しようとする欲望だけだった。


男はまだ息が荒く、呼吸するたびに鼻から音を出していた。僕は横になった状態で男に馬乗りになられていることもあり、うまく足を動かせなかった。ただ、何とか逃げ出そうと、這って男の下から逃げ出そうとしたが、その抵抗すら気に食わないというように、男がもたれかかってきた。肺が変な方向に押されていることもあって、うまく呼吸ができず、焦る気持ちと同時に息が上がっていく。


気持ちが悪い、気持ちが悪い、早くここから、逃げ出さないと、


頭が高速に回る。この状況を何とか打破しようと脳みそが悲鳴を上げていた。

信じていたのに、なんでこんなことを、気持ちが悪い。

そんな感情が逃げ出そうとする理性とないまぜになっていく。


耳元に男の吐息がかかる。


「君が、僕を誘うから」


ああ、天使。かわいい天使。君が僕に笑いかけてくれた時から気付いていたよ。その笑顔、その顔、その髪、その仕草、そのどれもが僕を狂わせるんだ。

狂ったように男はつぶやき、カッターシャツの上から僕の背中、特に肩甲骨を愛おしそうに撫でまわす。鳥肌が立ち、意識しなくても男の手から逃げようと体が動く。それに対して男は「また、誘ってる」と言い、言葉と手の動きを続けた。


「大丈夫、大丈夫、気持ちぃ、気持ちいいから」


そう言いながらズボンとシャツの間に手を差し入れてくる。僕が暴れた衝撃でシャツはズボンから出ており、男の手の侵入を許していた。


「いやだ!やめて!!」


恐怖で冷え切った僕の肌に尋常じゃないほど熱くなり、汗ばんだ掌がこすられる。まるで何かを練りつけるように擦られるそれは僕をひどく汚していくような感覚がした。喉奥からせりあがった来るものを抑えるために反射的に手を口にかざし、抵抗するように男の方に視線を向けた。


男は顔を紅潮させ、息をあげながら、まるで赤ん坊のようにふにゃふにゃと笑っていた。成人男性が欲をちらつかせた瞳をさせながら、あどけないように笑うその姿は生物への冒涜を感じさせるような不快感を沸かせた。


目線を下にやると、何やら男は動いているようだった。回らない頭でその目的を考える。そして、僕は、僕の太ももに何かを、擦り付けるような動きをしていたことに気が付く。


それに気が付いた僕はその場で嘔吐した。


ろくに食べ物も入っていないそれは胃液だけを出し、教室の床を濡らした。一度出せば止まらないそれは苦みよりも喉の奥の不快感がつらく、胃の痙攣が止まるまで続く。胃酸と一緒に涙も出てくる。あとからあとから出てくる水滴に歯止めはなく、嗚咽の音に混じる床に跳ねる水の音もどこか異世界のようで、呼吸もまともにできない僕は酸欠状態に陥った。


パニックになる僕に熱が冷めたのか、男はあわてて僕から退き、何かをわめきながら教室を出ていった。裏切られた、天使らしくない、なんて言っていたかもしれない。


男に放置された状態で僕はその場にいた。


顔を横にしたまま、いまだにうまく呼吸ができない僕は「どっちが裏切り者だ」と思いながら、その場に倒れ伏していた。


しばらくして、立つ元気が出た僕は自分の身なりを確認した。シャツはしわまみれで、ズボンは半分脱ぎ掛け、髪はゲロで濡れている。

最悪な状態だが、これを誰かに見られてしまったら、その時こそ、もっと最悪になってしまう。


僕は近くのトイレに行き、身なりを整えてから教室の僕の吐いたものを処理した。

床に水を撒き、雑巾で嘔吐物をぬぐい、手洗い場で絞る。


処理をしながら僕は思った。


大人は、何も信用できない。信用してはいけない。隙を見せてはいけない。

目の前が涙でかすむ。

バケツにたまった水を見つめながらその日、誓った。誰も信用しないと。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

かなり気持ちが悪い人を出したので、途中で離脱した人も多かったのではないでしょうか。

本当にここまでついてきてくれてありがとうございます。

もし、表現をもっとマイルドにした方がいい、何かタグ付けをした方がいいとのことであれば教えてほしいです。何分、初心者なもので勝手がわからないので。

もし気分を悪くされた方がいれば申し訳ないです。

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