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第九話 イメチェン

清潔感のある白いフロアに、オーガニックな装飾のされた店内。シャンプー台のはずなのに、このまま寝れるのではないのかというほど気持ちの良い椅子に座らされて、僕は頭をマッサージされていた。


何故か目隠しをされているため周りの様子はわからないが、ものすごくいい匂いのシャンプーをされていることもわかる。女性が「かゆいところはないですか」と聞いてくるが、緊張と気持ちよさの中にいる僕はどう答えればいいのか戸惑っていた。辛うじて「ないです」と小さい声で返すのが限界だった。


「彼の髪質に合うシャンプーとコンディショナーを包んでおいて頂戴」


そう話す曙の声だけが辛うじて水音越しに聞こえた。あまり曙の世話にならないようにしようと朝決めたはずなのに、その思いは早くも覆されていた。


話の流れはこうだ。


僕は朝、一日半ぶりに曙の家に訪ね、今回の復讐のことの顛末を伝えた。

彼女を喜ばせるために少し大げさに教師たちの反応を説明したのだが、それが彼女の何かに刺さったらしい。目を輝かせて僕の話を聞いていた。


僕の話を真面目に聞いてくれる人なんて母親以外にいなかったものだから、話している間も相槌を打ってこられるのは、かなり気恥ずかしかった。だが、なんとも楽しそうにこちらの話を聞く曙の様子を見ていると悪くないなと感じた。


そして報告にもひと段落付き、一度口を閉じたが、その時点で1時間ほど喋り続けたので喉が渇いていた。そこで僕は机の上に置いてあった紅茶の入ったマグカップを手に取り、一口飲む。たしか曙はこれをダージリンと呼んでいた。かなり複雑で重いにおいがする紅茶であったが、そこに不快感などはなく、豪華さを感じさせるような風味であった。なじみは全くないが、おいしいと感じた。


まぁ、そもそも僕はペットボトルに水道水を持ち運んで飲む派であり、味が付いているだけおいしいと感じるので、味の感想に関してはあまり自信ないが。


自嘲しながらマグカップを机の上に置き、曙の方に向き直ると、今度は向こうがマグカップを両手に持って飲んでいた。先ほど内容物を確認したが、やはりコーヒーだった。多分聞いたら豆の産地や炒り方などを教えてくれるんだろうと思ったが、そうすると話が止まらないであろうことが予測されたため、敢えて聞かないことにした。


「こんなところですかね。今回の復讐は」


報告も終わったのを機に、早々に切り上げて寮に戻ろうとした僕は置いていた学生かばんを持ち、帰り支度をし始めた。曙は金銭的にも、精神的にも大きな人だ。そこにいるだけで圧倒的な存在感と、陶酔に近い感情を沸かせる人だ。僕はこの人と取引はしているが、必要以上に頼りきりになるのは危険に感じられた。


無類の信頼を寄せれば、気まぐれにポイッと捨てるような気まぐれさがある。1年間は僕の親権者代わりになってくれるそうだが、その期間が過ぎれば他人だ。必要以上に依存しないように距離を見極めないといけない。


その思いから、今日は用を終えたら即帰ろうと僕はあらかじめ決めていた。


しかし、そんな僕の思いとは裏腹に、彼女は僕の制服の裾をつかんだ。

思わず彼女の方を振り向くと曙は「ちょっと付き合ってよ」と言い、ワクワクした表情でこちらに笑いかけた。


それで気が付けば物凄くおしゃれな美容院にいた。


僕は必要以上にお世話になるつもりはなかったので、断ろうとしたが「私の隣を歩く以上、最低限の身なりじゃないと許さないから」と言われ、強制的に座らされた。


まぁ、髪を切るだけであろうと思っていたが、長年石鹸で洗い続けた僕の髪は想像以上に痛んでいたらしく、髪を切る前にシャンプーとリンスをされ、髪を丁寧に乾かしてもらいそこからカットに入った。


「君は髪がある程度長い方が色男なんだがな」


と曙は言い「マッシュかウルフぐらい」と美容師の方と話していた。しかし、あまりにもダメージを受けている範囲が多いため、とりあえず痛んでいる毛先を全カットの方針になったらしい。僕は特に髪型にこだわりはない。伸ばしていたのは ”短髪は自分でカットするには難しい” という理由であったため、バッサリ切られることに頓着はない。


「うん、いいんじゃないか」


頭が軽く、視界が良くなった僕を鏡越しに見つめる。

ここまで短い髪の毛だったことはなかったかもしれない。曙は「意外と似合うな」とのんきに言っている。女性の美容師の方が後ろの方も見せてくれるが、かなりさっぱりしていた。髪を切られた感想としては清潔感が前よりも出たかもしれない、と思うくらいだったが、途中のヘッドスパはよかった。バイトできるようになったらそれ目的で行ってみたいと思うくらいにはよかった。


そしてその後は髪質改善のトリートメントの塗布だったり、もう一度洗われたりして美容院を出るころには僕の髪はかなりサラサラになっていた。自分の頭をなでる感触がいつもとだいぶ違うことに違和感はあるが、その感触は気持ちのいいものであるため、不快感は全くない。むしろ楽しいかもしれない。


内心気持ちを上げていると隣を歩いている曙から「これからは最低月一で通うからな」と告げられる。それに対して慌てて断ろうとするが「これも先行投資だ」と言い切られてそこで話は終わらせてしまった。僕に決定権などは存在しないらしい。


その後、僕たちは個室のあるお店で食事をすることになった。本当はこれも断ろうとしたのだが、僕のお腹が鳴ってしまったのを聞いた曙に無理やりお店に連行された。この女、見た目以上に力があるため、身長が5センチも変わらない僕は引きずられるしかなかった。


メニューを見るが、どうやら洋食屋らしい。いくつか見慣れた名前の料理が並んでおり、それにほっとする。曙はカルボナーラ、僕はオムライスを頼み料理を待つことにした。


「君、栄養失調気味だろう。気にせずにもっと頼めばいいのに」


「サイドとかに唐揚げとかあるぞ」そう言って曙は口を尖らせた。

冬場は着こむのであまりばれないが、暑い季節である今はそんなことはできない。指摘通り栄養失調気味で薄い僕の体は、曙の目には可哀そうに映るのだろう。


「まだあまり胃が広がっていないんですよ。食べられないんです」


省エネに生きてきた僕の体は急に与えられた栄養にまだ慣れていない。現にフランス料理を食べた数時間後、軽く腹を壊した。悪いものを食べた、毒を盛られたなんて思わないが、まず間違いなくフランス料理の重さに僕の胃腸が耐えられなかったのが原因だろう。そういうわけで、慣れるまではしばらく節制生活は続行だ。


「難儀だな」


食費もこちらで持とうか?なんて軽く曙はお冷のグラスを手の中でもてあそんでいた。その申し出に対して僕は断った。断ったことに関して曙はまた口をとがらせるが、今まで養父に毎月持っていかれた金があれば最低限健康な生活を送ることができるからと言うと、納得したのか、それ以上の申し出はなかった。


しばらくの間雑談を続けていると料理も届き、お互い舌鼓を打った。フランス料理ほどの感動はなかったが、ふわふわの卵が絶品で僕はとてもうれしくなった。


しばらく無言で食べ勧めていると曙が口を開けた。


「さて、次はどうする?」


曙と目線が絡む。


言わなくてもわかるであろうと言外に仄めかされたのは、間違いなく復讐のことであった。


そう言われても僕は次のターゲットを思い浮かべることができなかった。昨日、一昨日と復讐を連続して行ったこともあるが、今が満たされていることもあった。目の前に置かれたオムライスを一口大に掬い、そのまま動きを止める。


そんな僕の様子を見た曙は突如言い放った。


「君、男の人に何かされた過去があるだろう」

ここまで読んでいただきありがとうございます。評価や感想、ブックマークをしてくださると創作の糧になります!次回は閲覧注意になりますので気を付けてください!

今回は日常回兼不穏回です。ここから主人公の新しい過去が見えてくるようになります。

次回の復讐はかなり綿密に計画するのでカタルシスまで長いですが、工夫するので飽きずについてくれると嬉しいです。

名前はいまだに決まりません。

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