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イツキとの出会い

 ————ガチャン。


 家の扉を開ける。

 あの出来事を否定するかのように、そこにあるのはいつもの地下室の光景。

 

 あの日から数日が経った。俺の日常に変化はない。

 今でも鮮明にあの日の記憶は残っている。だが同時に曖昧でもある。


「......学校行くか」


 俺はいつもの日常に戻っていた。

 

 他人より早く起きては妹に関する手がかりを調べ、

 いつものように何の手応えもなくひとり通学する。


 俺は今日もそんな日常を送っている。


 ————行ってきます。

 その一言に母は「行ってらっしゃい」と返してくれる。

 いつもの何気ないやり取り。


 ふと玄関の竹刀に目が行く。妹が部活で使っていたものだ


 懐かしいなあ......何て思いながら竹刀を手に取る。


 小学生の時に一緒に始めた剣道だが、

 俺は早々に辞め妹だけがずっと続けていた。


 まあ当時は俺の方が強かったけど......今は流石に勝てないかな?


 なんて......妹が生きているならいくらでも確かめようもある話なのだが。


「遅刻するわよー!」


 家の奥から母の急かす声が聞こえる。


 やべっ——そんな事をポツリと呟きながら、

 竹刀を手に持ったまま家の扉を開ける。


 今度こそ行ってきます———そう言いかけて俺の言葉が詰まる。


 あたりには涼しい風が吹き荒れていた。冬の凍えるような風とは違う。

 ひんやりとしてそれでいて暖かい風だ。


 あたりには閑静な住宅街が広がっているはずだった。

 なのに俺の目に広がっているのは見渡す限りの草原。

 

 見間違いようもないほどのそれはどこを見ても、

 どこから見てもやはり海のように広がっている。

 突然のことに俺は思考が追いつかず漠然と立ちすくむしかない。


 しかしながらこの状況——俺には心当たりがある。


「まさか......また来ちゃったのか?」


 草木の揺れる音に紛れ後ろでガチャンと扉の閉まる音がする。

 そしてその音を境に、俺はハッと我に返って状況を危惧した。


「や、やべえ!」


 咄嗟に後ろを振り返るが扉の類はない。

 意図せずして帰る手段を失ってしまった。

 どうやら俺はここに1人取り残されてしまったらしい。


「ど、どうすればいいんだ......?」 


 訳も分からず途方に暮れる。

 そんな俺に追い討ちをかけるかの如く獣の声が背後より耳をかすめた。


 グルルルル......ッ‼︎


 ——間違いなくこの唸りは俺に敵意を示している。


「......っ」


 生きた心地もしないまま息の飲む。

 全身から血の気が引いていくのを感じ、手に持っていた形見の竹刀もほっぽり出して

 確認するより前に俺は走り出していた。


「う、うわああああ!」


 俺の後ろには化け物がいる。

 ライオンのような猪のような——四足歩行の灰色は明らかに地球のものではない。


 何故こんなことになったかは分からないが、俺は必死に逃げる。


 だが紅くうずく黒光(くろびかり)の目は獲物を逃すまいと、

 立髪から生える大きな牙二つを向けこちらに突進してくる。




 ————殺される————




 到底逃げきれぬこの絶望に俺はそう直感した。


「うああああっ......ッ⁉︎」


 足に何かが引っかかる。

 それが小石なのか段差なのか、あるいは別の何かなのか——。

 そんなのはどうでもいい問題だった。


 大事なのは俺の死がこの瞬間確定してしまったという事だ。


「あぁ......終わったぁ」


 力なく倒れ込み化け物に腰を抜かす。


「グアアアアア‼︎」


 勝利の雄叫びをあげながら灰色の化物は俺に飛びかかる。


 全てを諦め目を瞑り思わず身構える————刹那のことだった。


 シュパンッと鋭い音が空を斬る。

 それは化け物の発した音ではないと容易に理解できるほど鋭利な音だった。


 血の雨が俺の身体に降り注ぐ。生臭く暖かい。

 

 助かった......?


 何が起きたか分からないが、血を浴びたこと以外で俺に害はない。

 生きた心地もないが......状況を確認しようとゆっくり目を開ける。


 先程の化け物は見るも無惨に真っ二つだった。

 

「————おい」


 化け物の割れた身体から女性の声がする。

 おい——という無作法な呼びかけは俺にだろうか。

 縮こまって、ハイッと返事をする。


「何で人間がここにいるんだ?」


 長く白い髪をなびかせながら長身の女が姿を表す。

 そんな彼女には「こっちが聞きたいわ」と思いっきり言ってやりたい。


「......お前、この世界の人間じゃないな?」


 見る者を惑わすような妖艶な見た目に沿ぐわない乱暴な言葉遣い。

 一部のマニアには刺さりそうだなぁなんて思いながら、俺は首を傾げる。


「まあいいさ。名前は?」


「か、楓です」


「カエデ? 見た目だけじゃなく名前も女みたいだねぇ」


 失礼なやつ。ほっとけよ。なんて言うことはできない。


「ここは......ヴァルム? ですか」


「何だ? この世界に来るのは初めてじゃないのか」


 俺はコクコクと首を縦に振った。


「酔狂な事もあるんだねぇ」


 そう言いながら彼女は俺に背を向けた。

 肩に担いでた槍のような武器が光に照らされる。


 それを見てもやっぱりここって異世界なんだなぁ——。

 なんて人並みの感想しか出てこなかった。


「着いてきな」


「え、あんたに?」


「あんた......?」


「いえ......あ、あなたに!」


 意外と口の利き方に厳しいようだ。

 俺が舐めすぎてるだけかもしれないが。


()()()って呼びな。アタシの名前さ」


「イツキ......さん」


「よしっ」


 満足げな様子を示して彼女は俺に手を伸ばす。


「どうせ帰れやぁしないんだ。アタシがしばらく面倒見てやるよ」


 え、何で? なんて言える立場では到底ない。

 俺は何も言わず彼女の手を握った。


 まさかこの出会いが俺の人生の大きな転換点となるなんて、

 今の俺に知るよしなどなかった。

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