言わせんなや……恥ずかしい。
「はい。それではその、受け答えの練習をしていきたいと思います」
その生放送が3日後に控えた今日。
猪狩さんをアナウンサーさんの代役においた何度目かのリハーサルが、レッスン場で行われていた。
「筒路さん、来海さん。キャラ作りの方は慣れてきましたか?」
「………はい」
「……一応」
二人して不服そうな声をもらす。
あれから一度、勘解由小路さん本人に掛け合って、小悪魔系はどうかと直談判したんだけど、ぼるべる、ひいては『Starlight』のためだと言われると納得するしかなかった。
そのせいで人気が落ちたらどうするんだろう。後、自分たちの取材歴は調べたって話はなんだったのか。
今の今まで、小悪魔系を演じてきた覚えはない。それでも勘解由小路さんに、Sっぽかったから大丈夫、的なことを言われてしまったけど……流石に妄言だと思う。
「しかし、なんでいきなり私らを取り上げるんやろな。普通こういうのって、そのグループが出しとる曲の宣伝も同時にするもんやろ」
「織部さん、私語は謹んでください」
「ええやん、ただの雑談やんけ。毎日同じようなことを繰り返しで、飽きとんの。わかりますか?」
「あー……性急ってのはうちも同意かな。正直紹介されたところで、何話すの? って感じだし……」
「それを練習するためのリハーサルなので」
かいた汗を拭きながら、こんこんと説明する猪狩さん。なんだか、子守りに疲れたシングルファーザーのように見えてきて、少し可哀想に思えてくる。
「その、リハーサルはちゃんとしません?」
「ちゃんとします! しっかりします!」
「……つつじーがそう言うなら、異論はないな」
率先して輪を乱していた二人から、やけに懐かれているような現状に、なんとも言えない気持ちになる。これ……私が手綱を握っとかなきゃいけないのかな。
「ありがとうございます。それではまず、最初の質問から……あなた方が、アイドルを志したきっかけはなんですか?」
「えー? そりゃもうノリですよー。憧れの人がアイドルになるって聞いたんでー、いっちょ、やってみっかって。ノリだけでデビューまで漕ぎ着けれたのは、親と自分に感謝! 的な?」
「つまらん問いやなー。どうせありきたりのテンプレートが構築されてんやから、もう聞かんでええんちゃう? なんなら理由なんて、そっちが勝手に決めてくれてもええよ。そっちの方がお互いに楽やろ」
「……お二人とも、よく喋れていますね。ですが織部さん、皮肉を効かせすぎです。視聴者には受けるかもしれませんが、テレビ局の方にいい顔されませんよ」
「あー、やりすぎたか。やっぱ、テレビに対する偏見が抜けきれてないってことやな」
絶対にわざとだと一目でわかる態度。口ではああ言っていたものの、心ばかりの反抗を仕掛ける織部さん。
けど猪狩さんは大人の余裕を見せて、恙無くインタビューを続けていく。
「それでは次に、あなた方のアイドルとしての目標をお聞かせください」
「えーっと……お腹いっぱい、美味しいものを食べれるようになったらいいなーって」
「別に、具体的なのはないが。やれるだけやって行き着く先が、目標ちゃうんか? 知らんけど」
「良いですね。キャラも立っていて、良い返答だと思います。本番も、その調子でお願いしますね」
そう褒める割には、あまりにも素っ気ない返答だとは思う。ただ、まともな返答を返せるようになっただけ成長してるんだよね。
……そして、その過程を見ていて考えたのは、如月さんへのインタビューはとても苦労したんだろうなってことだった。
おそらくあの裏で、何度も撮り直しをしていた。それでも、答えてくれるだけマシかもしれないけど。
「それでは最後に、これからなるだろうファンの方々に向けて一言」
「ふふふ……まだ、居もしない人たちに向けて一言というのも変な話ですね。それでは僭越ながら……これを見ている画面の向こうのあなた方がファン1号です。どうぞ末永く、応援してくださいね」
「えーっとー。私たちのこと、好きになってくれたら嬉しいですっ! もし好きになってくれたらー……こ、こっちも好きになっちゃ…う……かも?」
「来海さんは大分お淑やかによってますが、ところどころで口調の悪さが垣間見えてますね。筒路さんは……その、頑張ってください」
………そう慰められ、顔から火のでそうなほどの羞恥に襲われてしまう……。肌に触れただけで、体温の上昇を感じ取れるほどに。
すらすら言うのは恥ずかしいけど、詰まってしまうのはそれ以上に恥ずかしく……。なんか、最初から詰んでいる気がしてきた。
「ふん、情けない。こんな演技もできないようじゃ、こっちのライバル意識も削がれるんだけど」
「だから恥ずかしがらずに頑張れっていう激励やな。ほんま、素直やないね」
「つ、筒路さん。さっきのセリフをもう一度……もう一度だけお願いします。後生ですので……」
「恥ずかしがる必要もないやろ。他よりやっぽどまともな受け応えやし」
「それ、唐沢はんが言うんやな」
「お菓子食べる? 桜ちゃんなら良いよ」
私が弱っているのを見てか、次々とそんな風に優しい声をかけてくる皆んな。
その皆んなの心遣いがありがたい……。その皆んなのせいで、こんな役回りをやる羽目になったって面は、ないわけでもないけど。
「それではもう一度行きましょうか。各自、先ほどの反省点を踏まえてお願いしますね」
「えー……何回やるねん」
「何度でもです。あなた方、ぼるべるの最初の仕事であると同時に、お披露目の意味も込めているんですから。本番ではリハーサル通りの質問をされる以上、何十回やっても足りないぐらいですよ」
「逆に、足を掬われそうやけどな」
「? 何か?」
「いやなんでも」
何か意図がありそうな、意味深な言葉。けれどその言葉の真意には誰も気づかず、リハーサルは再度、行われる運びになる。
その予言じみた言葉が現実のものとなるまでには、それから三日の時間を要していた。
◇◇◇
「いやー、こっちには買い物できる場所がぎょうさんあって、嬉しい悲鳴をあげてまうなー」
「そうか? 普通やろ」
「なんやねん、東京の生活でかぶれてもうたか。岡山を思い出してみー……泣きたくなってくるやろ?」
「あんたの故郷も、大概都会だったでしょ」
「大阪は安けりゃ良い、みたいな場所ばっかやったからな。こういう金かけてこそ、みたいなところは新鮮なんよ」
「大阪、美味しいものいっぱいで楽しい!」
「せやろー。自分、良いこと言うやんけ」
「うちはあんまりかなー? 騒がしくて、好きになれなかった思い出がーー、」
「なんやねん自分。さっさと向こう行けや」
なんていつもの感じで、お洒落な店が並んだ大通りを少女たちは姦しく歩いていく。こうなったのも流れの中でだけど、交流を深める目的で、オフになった午後から全員でショッピングに来ていた。
あまりに騒がしいけど、それでも全員一応の変装は施されていた……でも、する意味もあんまり無いかも。
一時、メディアで祭り上げられていたとは言え、私たちは普通の高校生でしかない。その知名度もしれているだろうし。
そしてこれは、ナンパ対策という面もある。(都会には、そういう輩が多いということも、さよちゃんから言い聞かされていた)
黄金世代と呼ばれメディアの的になっていただけに、私たちの世代は実力だけでなくその容姿も伴って、高水準の人が多かった。
この集団も如月さんを筆頭に、もれなく顔面レベルの高い人たちで構成されている。そのため、迂闊に顔を晒すことはできるだけ避けたかった。
……だからって、私まで変装する必要は、なかったかもだけど。
「つつじーは、ナンパとかされたことないんか?」
「い、いきなりなに!?」
「いやだって、さっきからずっと黙っとるし。あれやろ? 容姿を見比べて落ちこんどりしとったんやろ」
その深い洞察力に舌を巻いてしまう。
でもそれと同時に、わかったなら黙ってて欲しかったと不満の気持ちも湧いてしまった。
「それ、本気で言っとんの?」
「本気なんでしょ。だからいけすかないんだよ」
「ははは……流石にフォローできませんよ」
新橋さんにまで冷たい目で見られてしまった。今の話の流れ的に、皆んなが呆れてるのは、自分の美醜に対する発言に関してのそれだとは思う。
その手の話題は、今まで散々さよちゃんに言い聞かされてきた。それでも意見を変えてこなかっただけに、この話題に関しては頑固だったりする。
不細工であるとまでは言わないが、どうしても自分の容姿に魅力を感じれないんだ。
「メイクでもしたら変わるんちゃう?」
「このご尊顔の、これ以上どこをいじると?」
「そんなものに、お金を使う気は無いけど……」
「化粧は似合わんな。ナチュラルでいい」
「うん。桜ちゃんは、そのままが一番可愛いよ」
「あんたら……人にあれこれ言う前に自分がしたら? 新橋以外、全員すっぴんでしょ」
その来海ちゃんの言葉は、的確に全員に効いていた。
全員もれなく、バレーに身を置いていただけに、高校生が通るべきあれこれを通ってない節がある。
それに対する後悔は、誰も持ってないみたいだけど。
「ま、せやからショッピングなんやろ。メイクだけでなく、オシャレにも無縁やったからな。可愛い服の一着や二着欲しくなってくるのが、人情ってものや」
「人情ではないと思うけど……でも、そんなことでお金使ってたら、大事な貯金が……」
「確かにね。いくら家賃が安いって言っても、生活費を考えると限度があるでしょ」
「大丈夫だよー。大食いチャレンジで食いつなげば、食費も浮いて、賞金も手に入って一石二鳥だし」
「現実でそれを実践しようとする人、いるんだ」
「現実的ではないわな。昨今の事情を考えると、大食いチャレンジはともかく、賞金まで出す店はほぼないやろし。それに、そんなことを続けたったら飲食店のブラックリストに乗りそうやしな。……金稼ぐなら、普通にバイトする以外ないんちゃう?」
「それって下積みってやつっしょ? 芸人じゃよく聞くけど、アイドルも似たようなことしてるの?」
「アイドルも芸人も売れないうちは似たようなもんやろ。同じ人間や」
「売れたところで、人であることには変わらんけどな」
路端で立ち止まってそうこう話していると、その横を少し太めの男性が通り過ぎていく。その向かう先には、特徴的な名前を冠した、独特なコンセプトの喫茶店が構えられていた。
「やっぱ、シンプルにメイド喫茶とか」
「あかんあかん。こいつらに接客ができるわけないやろ。尻とか触られたら、手が出るで」
「キャバクラじゃないんだから、出しても問題ないでしょ」
「思考の根底がこれなんやから。着ぐるみに入って、風船配りが限界やろうな」
「着ぐるみの中でも、蹴りぐらいなら出せるわ」
「……それボケなんか? ツッコんで欲しいんか?」
今の会話の流れでも、店で働くことに向いてないのがわかってしまう。バレーだけが取り柄と言ってしまいたくなるくらい、中々に社会不適合だ。
自分のことも棚に上げて、少女たちに呆れた目を向けていると、どこからともなく歌が聞こえてくる。ポップでキャッチーな歌詞に加えて、その重なった歌声もどこか明るい。
見ると、ビルに張り出された街頭ビジョンに歌って踊るアイドルの姿が。
不勉強なため、それがどのグループかはわからなかったが、それでも目線を釘付けにされてしまう。キラキラと輝くようなエフェクトが、いやに幻想的に見えてしまった。
「……ま、ごちゃごちゃ考えんでもええか。あそこで歌って踊れるようになったら、そんな心配も無用になるんやし」
「それって、何年後の話してんの」
「さてな。私はキリギリス的な生き方しかできへんから。先のことなんて、なんもわからんわ」