いや、まずはデビュー曲だろ……JK(常識的に考えて)。
「……皆さん、随分とお疲れのようですね。やはり、新生活でいきなりのシェアハウスは過酷でしたか」
「そうですね。思わぬ伏兵がおりましたから」
「その様子では、グループ名云々の話もまだ決まってなさそうですね……」
「ああ、いえ。考えてくるように言われていたので、それは一応決めました」
この個性あふれる6人でアイドルのグループ活動をやっていくということで、それにはやっぱり活動名が必要なわけで。
会話すらまともにしたことがなかったのに、グループ名を6人で話し合って考えるとか、もうほんと……色々と無理だなと思ったので、苦肉の策を用意してきた。
「新橋さん、お願いします」
「はい! 不肖、新橋! 承りました!」
そう言うと新橋さんは、自分の鞄から、背中に穴の開けられた可愛い子豚を模された置物を取り出す。
「え……? 貯金箱ですか? なんというか、最近見ない感じの典型的なタイプの」
「どうぞ」
「ああいえ、どうぞと言われても」
なんて困惑した態度をとるも、またもや新橋さんから受け取ったトンカチで、粛々と貯金箱を砕き割る勘解由小路さん。
その貯金箱からは6枚の、二つに折り畳まれた紙きれが現れる。
「なるほど……匿名ということを考慮して、6人それぞれが案を出したんですね」
「はい。グループ名を決めたと言いながら申し訳ないんですけど……」
「いえ、6つも案が出たなら、もはや決まったみたいなものでから。それでは見ていきますね」
そう言って、折り畳まれた紙から適当に一枚を選ぶ。ごくりと固唾を飲んで見守る中、勘解由小路さんは淡々と読み上げた。
「えー……『ブルーグリフォン』」
「グリフォン……? それって、オリンピックの女子バレーチームの通称、グリフォンジャパンから取ってるんじゃない?」
「そこまで直接的になると……こちらとしても、あなた方にバレーボールチームを結成してもらう心算はないので、ファンの方々に誤解させてしまうおそれがありますね」
「ほならなしか。あーあ、関連性もわかりやすくて、いい案やと思ったんやけどなー」
匿名性を吐き捨てるような発言。私の方に寄りかかりながら、織部さんは残念そうに言う。
「それでは次を……『猫にコバンザメ』」
「はっ、くだらなっ」
「この無難に滑っとる感じは、新橋はんか」
「ちょ、ちょい待てし。それで特定されるの不服というかー、というか冤罪? 的な」
「……私は可愛いと思いましたけど」
「!? で、ですよね!? 今の私のなんです! センスのある筒路さんに、そう言ってもらって嬉しいです!!」
「おいなんやこら。冤罪ちゃうんかい」
ああそれ、新橋さんの案だったんだ。通りで……でも、アイドルのグループ名としては相応しくない気がしてくる。
「そうですね。キャッチーではありますが……それでは次を。『Poppin✳︎Candee』」
「おー、良いよー! 美味しそうな感じが特に良い」
「せやな、一番アイドルらしい名前やしな。ただ問題は誰が考えたんやってところやけど」
「……普通に如月じゃないの?」
「せやったらさっきの反応はおかしいやろ。というか、どっちかって言うと自分の方が怪しいで」
「……はー!? 私がこんなキャピキャピした名前、考えるわけないでしょ!」
「その反応が、黒やと言っとるようなもんやで」
まあ、確かに。私も含めて残った4人の中で言うと、一番あり得そうなのは来海ちゃんかも。見た目的に……とか言うと、怒られそうだけど。
「中々にいいですね。ただアイドルらしすぎるため、没個性的気味ですが……『High & Q』、こちらもまた良いですね。名前に排球というバレー要素も入れて、あなた方の特異性を暗に示していますし」
「これ、これだよこれ! 私が書いたやつ!」
「もうええって……しかし、流石唐沢はんやな。新橋はんとは違って、センスが溢れ出とる」
「え? なんでいま、貶された? しっきー?」
そんな称賛の声を浴びても、クールに決めている唐沢さん。その心情は窺い知れることもなく、澄ました顔で佇んでいる。
「最有力候補といったところでしょうか。それではお次は、『わたがし』ですね……」
「ああ……まあ、残っとったしな」
「えへへー。美味しそうで良いでしょ」
「ほんと、らぎらぎの判断基準ってそこだけなんだ……ますます、バレーやってたのが謎なんだけど」
確かに、なんでこの人バレーなんか始めたんだろ。他の人たちは、少なからずバレーに執着があるように感じられたのに、この人に関しては一切そういうのがない。
ただ、今を生きてるって感じがする。
「では、残るは一つですね」
「残っとる人も一人やな」
「……なんのための匿名だったのやら」
「来海はんは恥ずかしい案を晒されたしな」
「だから、私のじゃないって言ってるでしょ」
「うちは、可愛いいろなっちらしくて良いと思う!」
「あ? なんだよ、地味女。話しかけてくんな」
「ちょっと、そんな言い方」
見た目は一番派手派手しいのに……。やっぱり、一日やそこらで仲が深まることはないらしい。一緒に地獄(肉野菜炒め)(泣)を乗り越えたんだけどね。
「それでは発表します。『アヴォル・ベイル!!』」
「!!? もー、急に叫ばないでよ!」
「いえ、きちんとエクスクラメーションマークも記載されていたので。一応」
「だからって表現する必要はなかったな」
「でも、なに? さっきの。どこの言葉?」
「意外と小洒落とんなー、つつじー」
「きっとラテン語とかですよ! だって筒路さん。ラテン系っぽいですし!」
「……こいつの、どこがラテン系なんな」
「きっと褒め言葉やと勘違いしとるんやね。新橋はんは、センスだけでなく色々と残念な子なんかな」
色々と考察されているみたいだけど、発案した身としてはこの上なく恥ずかしい。そんなに対した意味はないんだけど、言っても怒られないかな……?
「おそらく、バレーボールのアナグラムでしょうね」
「えっ」
勘解由小路さんの言葉に、思わず絶句してしまう。そんな私をよそに、考察は更に洗練されていく。
「あなぐら……グラム? なにそれー、造語?」
「やっぱり、知らないんだ。アナグラムってのは、単語の文字を並び替えて新たな言葉を作ること」
「? アヴォルベイルっしょ? バレーボールのどこをどう並び替えたらそうなるん?」
「ほんま残念な子なんやね。悲しくなってくるわ……。バレーボールを英語の綴りで書くと、volleyball。それを並び替えて、『avol・beyl』ってことやろ」
「そして残ったL二つを、似ているエクスクラメーションマークで表現する……素晴らしいセンスだと思います」
え、褒められてる?
幼稚なのでは、と自分でも思っていただけに、手放して賞賛されると、なんだかむずむずしてしまう……。落ち着かないなー……。
「ええやん、ぼるべる。いい感じの略称にもできて……ただ、その文字列を見ただけでなんのことか理解できた紗雪はんが、ひたすらに怖いんやけど」
「特徴的でしたからね」
「どこがやねん」
どこがだろう……? こっちとしては、わかりにくいかなーって不安だったんだけど。
「皆様方の反応を見る限り……どうやら、これで決まったみたいですね。それでは、『アヴォル・ベイル!!』もとい、ぼるべるとして活動していくということで」
勘解由小路さんがそう宣言すると、自然と拍手が湧き起こる。
こう見ると、意外なことに……といったらあれなんだけど、全員がアイドル活動に乗り気みたいだった。
まあ、スカウトされてこんなところにいるくらいなんだし、当然の話ではあるんだろうけど。
「でも、アイドル活動を始めるって言われても、アイドル活動って具体的に何すれば良いの?」
「そりゃ、歌や踊りの練習ちゃう?」
「デビュー曲のリリース……とかじゃん?」
「先に宣材写真やないん?」
「親睦会だよ。私、良いお店を知ってるから」
三者三様、てんでばらばらの答えを出す。それを受けて勘解由小路さんの出した答えは、全くの意外すぎるものだった。
「ぼるべるの皆様には、とある朝の情報番組に出演してもらいます」
「は? なんでやねん?」
織部さんに続く、疑問符の大合唱。そんな混乱している私たちの様子がいやに面白かったのか、勘解由小路さんは澄ました顔を崩して見せた。
「情報番組って……いきなりすぎんか」
「まさか、地上波じゃないですよね」
「いえ、地上波ですよ。まあ出演と言っても、番組の中のワンコーナーの出演ではありますが」
「い、いやいや。充分でしょ。むしろ過剰なくらいじゃないですか。どこをどうしたら、まだデビューもしていない私らに、そんな仕事が回ってくるような事態になるんやって話でしょ」
「その番組の制作者の方々とは、偶々懇意にしていましたので。持つべきものは人脈ですね」
身も蓋もないことを、笑いながら言ってみせる織部さん。
……気のせいかもしれない。
けど、そう言う勘解由小路さんの顔には、若干暗いものが見えたような気がした。
「しゅ、出演ってことは。いきなりカメラの前で、歌ったり踊ったりとか……しなきゃいけないってことですか?」
「いえ、今回は本当に紹介だけですので。アナウンサーとの簡単な受け答えをするだけの時間ですね。ただ……当然のことですが、生放送だということをお忘れなく」
な、生放送か。中々にヘビーな単語だ。
生放送は文字通り、生で撮った映像をお茶の間に流すため、カットや編集といった諸々の作業をすることができない。失言や失態も、そのまま地上波に流れてしまうということは、それ相応にリスクも高まってしまう。
テレビで流された経験なんて、バレー部に来た取材や、勝利者インタビューくらいしかない私たちにとって、中々にハードルの高い仕事と言えた。
「それに伴って、大事なことも決めておきましょう」
「大事なこと……ですか?」
「はい。それはずばり、キャラ作りです」
ズガガーン、と衝撃を受けるような思いをした。
アイドルになって、何を置いてもまず最初にやることがキャラ作りって……。
「キャ、キャラ作りか……テレビに出るからには当然なんかな」
「アイドルって、偽る仕事とも言いますもんね」
そういう肯定的な意見は出しつつも、私と同じように困惑しているのは明白で。その額には、冷や汗すら見て取れた。
人格の消失、というのは大袈裟だけど、人目の前では自分の素がだせなくなるってのは結構なストレスだろうし、尻込んでしまうのも当然の反応である。
「でも、私たちって有名だよ?」
そんな中で否定的な意見を出すのが、一人。いきなり自慢とか、如月さんは何を言い出すのかと思ってたけど、意図を的確に読み取った織部さんが補足する。
「せやな。多かれ少なかれ、雑誌やテレビの取材を受けてもうとる。その上でキャラを変えるとなると、あからさますぎて顰蹙を買うかもな」
「その点はご心配いりません。皆様方のメディアへの露出歴はしっかりと調べさせてもらいましたから」
そう言うと、丁寧に作られた資料を取り出す勘解由小路さん。私たちの経歴をしっかりと調べた上で、そんなのまで作っているなんて、失礼ながら、暇なのかなと勘繰ってしまう。
「露出度で言うと、多いのは織部さんと如月さん。その次に、筒路さんと新橋さん。唐沢さんと来海さんは、ゼロと言っていいほどに少なかったですね」
「ふん、あんな選手を商売道具にしようとしてるやつらが気に食わなかっただけ。悪い?」
「相変わらず、歪んどるなー」
「いえ、むしろ重畳です。キャラ作りはその分楽になりますから」
「え?」
「織部さんはざっくばらん系、如月さんは天然系、新橋さんはギャル系、唐沢さんはクール系とキャラは立っていますが、お二人はそのようなものを確立していないように見受けられるので」
な、なにかとても失礼なことを言われたような……? キャラも何も、そんなの意識して生活なんてしてないから当然だと思うけど……。
「訂正してください! 筒路さんは既に、天使系という路線を確立しています!」
「もう、わけわからんね。というか、そういう自分がギャル系ってのはどうなん? そりゃ、見た目はギャルやけど、学生時代は見るからに地味子やったで」
「そこは高校デビューみたいな感じで行きましょう。世間は問題なく受け入れてくれると思います」
「な、なんですか、その言い草は! それじゃ、生き恥を晒し続けるみたいなもんじゃないですか!」
「おう……よう、わかっとるやん」
若干の受け入れ気味の新橋さんと織部さんに対して、無表情を貫いていたりお菓子を食べ始めたりと、キャラ通りの行動をとる唐沢さんと如月さん。そして、不服そうな来海ちゃんと私という、まさしく三者三様の様相を呈していた。
「……素の私じゃダメってこと?」
「お、案外騒がんのな。まあ、ダメやろね……噛みつき系は流石に。ぼるべるの評判が悪くなるわ」
「わかった……キャラを作る」
織部さんじゃないけど、案外素直に来海ちゃんが受け入れたことに少々驚く。そんな私に、織部さんは耳打ちで補足してきた。
「前に言ったやろ、ツンデレやって。本人も別に、好きでああいう言動をとっとるわけやないんよ。まあ、それを矯正するにはいい機会やってことちゃうん?」
なるほど……と、その説明に納得してしまった。
昨日から思ってたけど、織部さんは相当な来海ちゃんマイスターだった。
「それではドジっ子系、ダウナー系、お淑やか系、可愛い系、どれにいたしますか?」
「……よりどりみどりか」
「それだけ足りてないということです」
「やっぱ可愛い系っしょ。ろなっち可愛いし」
「黙ってろ」
「安直やな。こういうのはギャップを意識して、お淑やか系とかどうや? つつじー?」
「え、私に聞く……? えーっと……素とあまりに正反対だし、お淑やか路線はやめた方がいいんじゃ……」
「わかった。お淑やか系で」
えーーー? 演技するのも疲れるだろうから、ダウナー系を進めようと思っていた矢先に、そんな配慮を真っ向から打ち砕かれてしまう……どうして?
「流石やな、つつじー。来海のライバル意識を巧みに利用するなんて」
「そんなんじゃないから」
「順調に決まったようで何よりです。それでは筒路さんはーー、」
「……あ! え、えーっと、えーっと……」
「小悪魔系でお願いします」
は、はい! ……あれ? 聞き間違いだった? 今勝手に、変な系統を決められたような……?
「あー、ぴったりやな」
「小悪魔……素敵です!」
「確かに、小悪魔だねー。ぴったりだ」
いきなりのことに宙ぶらりんになった私を無視して、その提案に賛同を寄せるように、思い思いのコメントを残していく織部さんたち。
あれ……? 私の意見は……?