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なんだ……利用されてるだけじゃん。

『私たちの掲げる最終目標は、『XYXZ.』にアイドルユニットを送り込むこと。それが達成されれば、『Starlight』は日本一の事務所として周知されることになるでしょうからね』


なんて、昨日言われた勘解由小路さんの言葉を思い出す。


『XYXZ.』は、毎年大晦日にアメリカで放映されている、世界で一番有名な音楽番組らしい。要するに、紅白の凄いでっかい版ってことか。


過去にその番組に出演した、日本人音楽ユニットは1グループのみ。それが、『STARter』に所属していたグループということもあって、勘解由小路さんはその幻影を追いかけているんだ、というのは猪狩さんの弁だった。


確かに、そう語る勘解由小路さんの目は、どこか熱に浮かされていた気もする。でも、そんな勘解由小路さんに、私は魅了されたのだ。

私としても、どこまでもついていく所存である。


「それで? 桜、あんたまだ仮契約なんだ」

「うん。高校を卒業したら、仮がとれるんだって」


私自身18になり、立派に成人した身とは言え、まだまだ娘のことが心配なのか。母は、渡された契約書を隅から隅までしっかりと見ている。


その横で私は、『アイドルに必要な技能』という検索内容で検索して、動画やらなんやらでアイドルになるための準備を進めていた。


「でも大丈夫なの? 私も忘れてたけど、『Starlight』って言ったら、あのダブルブッキング騒動があった会社じゃなかった? お母さん、心配だわー……」

「もう、お母さん! それ以上言ったら怒るよ!」

「珍しいわねー。あんたがそこまで感情的になるなんて」

「……それだけ、私にとったら大事ってこと」


膨れた顔でそう言うと、母は少しだけ嬉しそうな顔を浮かべる。頑張れ、という短い言葉とともに、頭をくしゃくしゃとされた。



それから数週間、正式に契約が決まるまで私が『Starlight』に所属しているという事実は内密に伏せられる意向となった。


こっちにも無闇に口外しないでくださいというお願いの連絡はあったものの……既に結構な人に知れ渡ってるんだよね……。ただ、どこに所属するとまではバレてないのだからセーフかもしれない。


猪狩さんに聞くと、秘密にしている理由はサプライズの意味も込められているのだという。

『Starlight』のSNS上のアカウントにとんでみると、新たなデビューを匂わせる投稿がされてある。それに対する反応は……微々たる数だった。


わかっていたけど、それを見ると悲しくなってくる。


アイドルのいろはを学ぶついでに、『Starlight』についても調べてみたけど、勘解由小路さんの言った通りの内容で、『栄枯盛衰』や『リアル平家物語』など目を引くタイトルの記事や動画が多いこと。

サジェスト欄も、オワコンや倒産など、心ない単語が上の方に表示されていた。


それらの見解を見ていると、腹立たしくなってくると同時に、薄寒い思いも感じてしまう。悪意一つで、ここまで捻じ曲げられた事実を作れるなんて。

ここまで綺麗な凋落が陰謀によるものだなんて、誰に言ったって信じられないだろう。


あるところには、勘解由小路紗雪を疫病神と称している記事もあった。社長就任して一年でこれほどまでの事態を引き起こしてしまったのだから、仕方ないのかもしれない。

そんな批判に晒されながら、一人で戦い運営し続けたことを思うと、改めて勘解由小路さんの見た目にそぐわぬ、芯の強さが窺えてくる。


ただ最悪なことに、そのダブルブッキング事件が起きたのも今から10年ほど前ということで、それらの記事や動画は数年前に上げられたものが多い。最近じゃ、めっきり名前すら上げられなくなっていた。


間違いなく、『Starlight』は存続の危機にある。だからこそ、社運を賭けると言う言葉には、なんの偽りもないんだと思う。


閑話休題


それらの情報を集めている傍ら、興味が出てきたので今のアイドル情勢とやらについても調べた。


そっち方面には全く関心がなかったものの、アイドル戦国時代と言われているだけあって、様々なアイドルグループが日夜鎬を削っているのが現状らしい。


調べていると、アイドルグループごとの日本地図を基にした勢力図みたいなものまで出てくる始末。

流石に何かの冗談かと思ったけど、強ち間違いでもないらしく。ここ数年で、アイドルの形態は様変わりしていったみたいだった。


若年層のみならず、多くの世代のテレビ離れが激しくなった昨今。地上波という手段を失った今、アイドルの立場は物凄い苦境に立たされていたらしい。

そこで各芸能事務所が打ち立てたのが、パイを奪い合うのではなく、パイを分け合うという方針。


地域密着型とでも言うべきか、首都圏にひしめき合うように存在していた芸能事務所は、競い合うように地方へと拠点を移していったそう。

だからこんな感じで、地方によってアイドルの知名度はてんでばらばらになっているらしい。


そして、『Starlight』の本社がある神奈川や、首都東京、大阪といった人口の多い都市では、その内部で勢力図がぐちゃぐちゃになっているとかいないとか。

まさしく、混沌を極めているそう。


なんかこういうのは、高校バレーを思い出すから面白いな……。

かつてのプロ野球に並ぶほど、人気と人権を得た女子バレー。当然高校バレーにも注目は行くため、女子に限って言えばその競技人口は、他の競技をぐんと抜いて高くなっている。


そんな傾向もあってか、一番有名な大会である全日本バレーボール高等学校選手権大会(かつては春高とも呼ばれていた)は、女子甲子園と称されるようにさえなった。(男子の方は、完全に蔑ろにされている)


そして、その大会のトロフィーとともに、部員全員の入った記念写真は部屋に飾られているわけで……。

改めて凄いことをしたなーと、現実感が無さすぎて他人事のような感想をもらしてしまう。


大会が終わってから一週間はほんとに嵐のように過ぎ去っていったし。

他の大会で好成績は残していたが、やはり注目されるのは選手権大会。だからこそ無名校でいただけに、連日のようにメディアが訪れる始末となった。


それで結局メディアによって、他の黄金世代の方々たちと同様に、私にも恥ずかしい二つ名がつけられてしまったわけで……思い出すと恥ずかしくなってくるのでこの話はここでやめにしよう。


それも、昔のことだ。


「それで、アイドルの有名どころと言えば……」


東京、大阪、神奈川。それぞれの都市で代表格な、『chronicle』、『憂楽シティズン』、『マーブル』。九州の7県を席巻する『ZAN:cookeer』に、北海道の広大な土地を網羅する『Exotic』と、ページが一杯になるまで羅列されていた。


これだけでも有名どころのほんの一部で、木端にも満たないものを含めれば、その総数は1000に及ぶとさえ言われている。


パイを分け合うにしても、なぜここまでアイドルグループが乱立するのか、それは時勢も関係しているという。

アイドル解説チャンネルでそう言っていた。


事務所が地方に分かれてアイドル戦国時代とさえ称される今の現状。地域で活躍するアイドルは、その地域の代表という扱いになり、そのアイドルグループが活躍すればするほど、地域の名も同様に上がっていく。昔でいう、ご当地ゆるキャラみたいなものだろうか。


だからこそ、市町村もそのアイドルグループに対する支援を惜しまず、それを抱える事務所としては労せずして稼げる仕組みが作られることになる。

芸能事務所にとって、それほど美味しい話もない。


あまりにも魅力的なのだ、アイドルという産業は。


テレビ離れが激しいこの世の中、アイドル総選挙というアイドルのランクづけをする番組は、毎年視聴率、脅威の60%を叩き出しているし、世間全体がその流れを後押ししている。


卵が先か鶏が先か。アイドルが売れたからその流れが作られたのか、その流れが作られたからアイドルが売れるようになったのか。その真相はわからない。


ただ、そのどちらもが噛み合って、アイドルという市場は空前絶後の大ブームとなっている。調べれば調べるほど、今まで知らずにいたのが恥ずかしくなってくるほどに。


そんな世の中で、勘解由小路さんが掲げる理想はあまりに高いものだろう。『XYXZ.』に出演するため、日本一になることを前提としているのだから。

『Starlight』を復活させるためとは言え、15年前と今じゃ、アイドル市場の規模が違う。戦国時代というだけあって、日本一とは天下統一を指すのだから。


だからと言って、その意思が衰えることはない。


天下統一? 上等だと思う。『Starlight』がうけた仕打ちを考えると、それぐらいは望んだっていいはずだ。


というか、無性にワクワクしてしまう自分がいた。それだけ注目されている中で、日本一になったらどれだけの衆目を浴びるだろうか。

この前の大会なんて目じゃないほどの、観客、歓声。それを一身に浴びることを考えると、やる気が沸々と湧き上がってくる。


配信フォームに上げられたアイドルのライブ映像。アイドルと観客が一体なって作り上げるステージを見るたび、その思いは際限なく高まっていった。


◇◇◇


「まさかここまで上手く行くとは……」


目をつけていた6人全員と、仮とはいえ契約を取り付けられたという、上々も上々の結果に私は思わず声をもらしてしまう。


半分くらいは断らられると踏んでいたのだけれど……。


「筒路さんが『Starlight』と契約を決めてくださったのが大きいですね。最初に提案を持ちかけたのは正解でした」

「……それは、そこまで影響したと」

「はい。あまり良くない反応を示していた方々も、筒路さんの名前を出せば、目の色を変えていたので」


スカウトした本人がそう言うなら、そうなんでしょうね。猪狩に任せるのは不安だっただけに、ほっと一息をついてしまう。


スタートラインにすら立っていないというのに。


「それだけ、筒路さんが良くも悪くも人の心を掻き立てる存在、ということなんでしょうか」

「憶測でものを言ってはいけない……ただ、もしそうなら、アイドルとしても天性の才能があると言わざるを得ないでしょうね」


だからと言って、安心することはできませんが。容姿、知名度、サプライズ感、全て足りているとは言え、経験が圧倒的に不足している。


そういう人たちを集めて、化け物たちと勝負しようというんですから、自分でも正気の沙汰ではないと気後れしてしまいます。


ですがもはや、正気ではいられない。通常の考えでは太刀打ちできないのなら、尋常ならざる感性にかけるしかないでしょう。


その感性が囁く、あの子たちならやってくれると。


「成功……するでしょうか」

「成功させるしかありません。道はもはや、残されてないのですから」


力強い意志を込めて、そう断言する。


前方には底の見えない崖、後方には飢えた野獣。もう私には、崖に飛び込む以外の道は見えなかった。

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