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まさか……ここまでとは。

「そう言えば、『金糸雀』はどこにいるの?」

「いや、ここにはおらんやろ。楽屋は分けとるやろうし、こんなところに押し込めるわけないやんけ」


来海ちゃんの純粋な疑問を、当然の理屈で返す織部さん。続けて、子どもに叱るように来海ちゃんを注意する。


「後、その呼び方もここまでにしとき。呼び捨てにしとるのを聞かれたら、比喩抜きでボコボコにされるかもしれへんしな」

「わかってるし……人前で呼び捨てなんかしない」

「せやったな。お淑やか系やもんな」


これは不思議なことだけど、来海ちゃんはそういう揶揄われ方をされたとき、あまり噛みついたりしない。

キットした目つきや、寄せた眉根で表面上怒りを表しはするものの、結局それまで。


わかりやすく、怒号をぶつけたりはしなかった。



そう来海ちゃんを分析していると、不意に視界が歪み、体勢がぐらつきそうになる。

そのすんでのところで、後ろからギュッと抱きつくように如月さんが支えて来た。


「え? 何? 急にイチャイチャして。え?」

「自分ら、TPOは弁えといた方がええで。見てみぃ、不躾な視線が飛んできよる」


そんな風に口頭で注意を受けた如月さんは平謝りしながら、私からパッと離れる。


今の行動、私から倒れそうなのを察知してのものなんだろうけど、あまりに自然すぎて流石の一言に尽きる。

……そして、それにお礼を言えない今の自分の状況がとてももどかしかった。


だから如月さん……そんな泣きそうな顔をしないで欲しい。罪悪感が、ひしひしと湧いて来てしまう。

……このイベントが終わったら、絶対に如月さんに謝る。絶対にだ。


「しかし凄い人の入り様やな。キャパ2万人やろ? 全て埋まると壮観やな」

「……? でもおかしくない? 『金糸雀』の出番は午後からなんでしょ。『金糸雀』目当てなら、今ここにいる必要はないじゃん」

「お、いいところに気づくやん。……せやな、その理由はおそらくーー、」


と、控え室に設置されたモニター(ステージの様子を観客席からの画角で、映し出している)を見ながら、そう話していると、不意にその会場が暗転した。


それに伴い、さっきまで話していた織部そんたちも黙り込む。その瞬間を、今か今かと見届けているようだった。



そしてたっぷり5分ほど経った後、パッと付けられたステージライトが一人の女性の姿を映し出す。


『皆さん、長らくお待たせしました! 過去最高の盛り上がりを見せるだろう、『スプリングフェスタ20xx』! 前半ではフレッシュな新人から場数を踏んだベテランまで目白押しの2時間半! そして、後半では……あのスペシャルなアイドルたちが、満を持して仙台に参上!! そんなより取りみどりな楽しい宴、桜の咲く季節の音楽の祭典! 今ここに、開会を、宣言します!!』


そんなスッキリとした前口上に、観客席からは多大な拍手と歓声が送られる。

それを満足そうに受け取ると、その人は流れるような口調で自己紹介を始めた。


『今日の司会進行を務めます、青木(あおき)優奈(ゆうな)と申します。今日はアーティストの皆さんに負けず、精一杯会場を盛り上げるつもりなので皆さん、覚悟してくださいねー』


その言葉と同時に、観客席では同色のペンライトが振られていた。もしかしたら、こっちでは名物のキャスターさんなのかもしれない。


『と言いつつ……私一人では場が持ちそうにないので、早速ですがゲストをお呼びしたいと思います! どうぞ!!』


その漫談で笑いを取りつつ、ステージの後方の不自然な窪みへ手を向けると、カメラもそっちに寄っていく。

そしてその窪みがパカっと開いたかと思うと、せりと言うのか、数人の女性を乗せたステージが下から迫り上がってくる。


そこに立っているメンバーに向けられる万雷の歓声。そこに来て、さっきの来海ちゃんの答えが向こうから現れた。


『オープニングトークを務めてくださる、『金糸雀』の皆様でーす!! はい、拍手!!』


その声に従うように、バチバチバチという爆竹のような一体となった拍手の音が、会場全体に響き渡る。


『金糸雀』からしてみれば、ホームの中のホーム。彼らからすれば、偶像(アイドル)の中の偶像(アイドル)

その事実を目に見えた形で、表してきた。


完全に気のせいだろうけど、今控え室でモニターを見ている全員を、挑発しているようにさえ思えてくる。



『どうもー! 『金糸雀』の八戸(はちのへ)(けい)でーす!』

『同じく『金糸雀』の、上代(わんだい)夢翔(ゆめか)です』

『同じく、(いわお)夏凛(かりん)でーす』

『で、こっちのぶすっとしたアイドルらして機嫌の悪そうなのは火守(ひのもり)(あおい)。知ってるって人も、多いかなー?』


そう言って客席にマイクを向けると、割れんばかりの大歓声で返ってくる。これがマイクパフォーマンスってやつか……勉強になる。


『ま、茶番はそこら辺にしといて』

『茶番って』

『今日は私たちのために来てくれてありがとー!』

『いや、駄目でしょ! 今日の音楽ライブの趣旨わかってんの!?』


その磐さんの軽快なツッコミに、結構な笑いが起きる。その光景にこれがMC力か……と、深く感心させられた。


今どきのアイドルは歌って踊れるだけでなく、こういったトークパートを繋げれるトーク力も求められている。

今の流れでもわかる通り、短い時間には最適な、わかりやすいボケと的確なツッコミという、笑いどころのハッキリとしたお笑いで観客の心をがっちり掴んでいた。


これがトーク力。

そして何より凄いのは、どちらも自然体であったということ。台本を読んでいるような芝居くささはなく、即興で組み立てられた漫才のようだった。


実際、ここで話すこととかの打ち合わせはしていないのかもしれない。ただただ踏んだ場数が、そのような流れるトークを生み出していた。


『葵はどう? 今日なんか、やらかしたりした?』

『…………別に』


………勿論、一人を除いてだけど。


さっきからちょくちょくこんな風に話題を振られてはいるけれど、今みたいに返事もおざなりなもので。ハナからトークする気なんてないと、目で語っている。



ただ、それで良い。その塩対応な感じかとても良い。


才能があるだけに、周りには決して媚びないというその気難しさが、変な話だけど親しみやすいアイドル像を作り上げている。

向こうからこっちに決して介入してこないという安心感があるため、遠くからただ眺める存在というファンとの関係性が、確立されていた。


まさにカリスマ。その立ち姿だけでも、痺れるほどにカッコいい。


「あー……あかんな。またつつじーが、トリドール相手にメロメロになっとるわ」

「……は? メロメロ? トリドールって誰?」

「おるやろ、あそこに。何もせんと突っ立っとるやつが。でも、あれが火守はんの仕事やねん。不思議な話やろ」

「雰囲気、唐沢ちゃんに似てなーい?」

「似てへんやろ、節穴」


と言っても、唐沢さんの目指す路線は勘解由小路さんのプランニング的に、火守さんのようなアイドルということになる。言うならば、一つの形の完成系ってところか。


この控え室にも、わかりやすく火守さんのファンは多い。同業者をも魅了させるなんて、トリドールの名は伊達じゃない。



なんて感じで和気藹々と進んでいたオープニングトークも、終わりの雰囲気を迎える。火守さんがチラチラと、ステージ裏の方に視線を飛ばし始めた。


ファンの間ではそれが、お決まりの合図みたいになっている。


『……それじゃ名残惜しいけど、オープニングトークはここまで。皆んな、一時的にバイバーイ……と言いたいところなんだけど、その前に一つ……良いかな?』


さよなら……と見せかけたサプライズ。その粋な演出に観客席の反応も、『えーー……』という大合唱から、『おーーー!』という歓声に変わる。


『今日は紹介しておきたい子たちがいまーす。それでは、先ほど私たちが出てきた辺りにご注目ー!』

『……お前、鬼畜だな』

『? 何が?』


予想だにしない言葉にどよめきながら、ドームを埋め尽くすほどの観客の視線が、一斉にその付近に集まる。

ここ控え室も、『金糸雀』のその突然のサプライズに、ザワザワと波紋が広がっていた。


その言葉に、皆一様に頭に浮かんだのは『新メンバー』の文字。普通はそんな大事なこと、『金糸雀』のワンマンライブでもないここで、ましてやそのオープニングトーク中に気軽に発表して良いものじゃない。


けどその破天荒具合が逆に、『金糸雀』ならあり得るんじゃないかと思わせてしまう。破天荒なだけに。


そんなわずかな期待も込められた好奇の視線が集まる中、『金糸雀』の登場時と同じように、パカっとその箇所だけ開いてみせる。

そしてたっぷりと時間をとって現れた少女たちに、私は思わず驚きの声を漏らしてしまった。



ーー、しかして。そこに立っていたのは、ここに入ってきてすぐの私たちに声をかけてきた、あの『エイトビート!』の人たち。

出て行ったっきり姿を見ていないと思ったら、思いもよらぬところにいる。



そして私は、ただただ困惑していた。


さっきの言葉の文脈では、『金糸雀』の人たちは『エイトビート!』の子たちを大々的に紹介しようとしている……ということになる。



それはつまり……つまり?



わかりきった答えが出てこない。そんな私をほっといて、勝手に向こうから答えを教えてくる。


『この子たち、『エイトビート!』ってアイドルグループなんだけど、結構いけててさ。良い機会だから、皆んなに紹介しようと思ってね』

『ご紹介に預かりました、『エイトビート!』です。初めましての方が多いと思いますけど、名前だけでも覚えてもらえたら幸いです』

『ちょっと堅くない?』

『私たちも、最初はこんなだったでしょ』

『今はこんな感じだけどステージ上では凄いから』

『今もステージ上ではあるけどな』

『茶々入れんな!! ……コホン。ま、この子たちも前半の方に出演するから、楽しみにしててねー!』


その煽りに乗せられてか、観客席の方では多大歓声の中に『エイトビート!』と、彼女たちを応援するような声も混じることになる。



私たちはただただ唖然とした顔で、その光景を狭い控え室から、呆然と眺めていた。


◇◇◇


「……やられたな」


控え室を出て、ステージの方からも離れた通路の奥の方……つまり、人気の無い場所で、織部さんはそう切り出した。


「『金糸雀』さんら、本気で私らを潰すつもりらしいで。向こうから仕掛けてきよった」

「あれって、つまり……ってこと? ズルくない?」

「絡め手ではあるわな。自然と『エイトビート!』に投票が集まるように演出しとる。勝負は既に、向こうの先手で始められとった」


あんなことを『金糸雀』の口から大々的に言われて、『エイトビート!』に投票しないなんてことはまずあり得ない。『金糸雀』のファンであるから余計に。


そうなると当然、私たちがファン投票で一位を取ることも難しくなるので、『金糸雀』の皆さんは意外にも真摯に賭けに勝ちに来た……ということになる。

そのことに、織部さんは心底悔しがっていた。


「『金糸雀』の方も、そこまで乗り気だったことを読めれんかった私のミスやわ、。スポンサー様の力は絶対っちゅうことか」

「言ってる場合? どうすんの」

「勿論、その上で勝つだけや。乗り越えるハードルがちょっと高くなっただけに過ぎんからな」



その時ーー、本当に唐突に、先程から彫刻のような微笑を湛えていた如月さんが、後ろ向きに倒れる。

力の抜けたその倒れ方はまるで気絶のようで、そのままいけば受け身も取れず、後頭部を強打することは必至だった。


ただ私はその光景を見送ってしまう。頭がぼーっとしていたせいか、その助ける判断も遅れてしまった……なんて言い訳は通じない。


如月さんの体調を知っていたのは私だけで、その状態でこんな場所にいることを黙認してしまっていた。つまり何があっても、一から十まで余すことなく私の責任である。


その責任も果たさない無責任な私の代わりに、如月さんを助けたのは唐沢さん。

まるでそうなるのがわかっていたみたいに、さっと後ろに回り込んで倒れ込む如月さんを両手で支えた。


「ど、どないしたんや!? 如月はん!」

「さっきから、ずっと具合が悪そうやったろ」

「ほ、ほんまなんか? 普段通り、のほほんとお気楽な態度ではおったで?」

「……こいつ、ココアシガレットに食いつかんかったやろ。普段ならありえんことにな」


それだけで察せれる、洞察力や。それに比べたら、知った上で何もできなかった私なんて、ゴミ同然じゃないか。


「で……唐沢はん。それを知った上で、如月はんを止めんかったんやな」

「止めたら、こっちが殺されそうやったからな」

「それで、つつじー……つつじーは、このことを知っとったんやろ」

「………うん、ごめん」



謝って済む問題じゃない。倒れるまで体調が悪化していた人をそのままにしておいた人でなしなんだから。


そんなこちらの気持ちを読み取ったのか、織部さんは即座に訂正してくる。



「いや、責めとるわけやあらへんよ。そんな状態を知った上で、ここにおるのを許しとったってことは、つつじーも体調が悪いんやろ。それも劇的に」

「ご、ごめんなさい……っ!」

「だから、謝らんでええよ。だって、それは私らもおんなじなんやから」



えーー、?


その言葉に元からあまり回っていなかった思考が、ピタリと止まる。

そんな私に対して、織部さんは弱々しく笑った。



「実は朝から体調が優れんねん………ついでに、こっちのちっこいのもな」

「ちっこい言うな……」

「お互いバレんように、共謀して黙っとこうって決めたんやけど……まさか、それが裏目に出るなんてな」


そう言うと織部さんは、如月さんを支えている唐沢さんに目を向ける。



「自分も、体調が悪いんやろ」

「………」

「隠さんでええよ。だから、如月はんを止めれんかったんやな。その思いが痛いほどわかるから」

「そんなわけないやろ」

「そして新橋はんもやろ。というか、自分は朝からわかりやすかったな」

「あははー……、面目ない」



次々と発覚していく事実にわけがわからなくなる。私と如月さんだけでなく、全員同時に体調悪化? 偶然にしては



「できすぎとるよな。で、おそらくこれは偶然ちゃうねん……。どうやら、全員揃って変なものを盛られてもうたらしい」

「も、盛られたって」

「『金糸雀』はそこまで私らに対して本気ってことや。薄汚い、犯罪にまで手を染めてな」

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